文=藤江直人

高校生年代の「天井」にも到達しつつある状態

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 サッカーの育成年代では「天井効果」という言葉がよく使われる。周囲と比較して突出した才能を持つと思われる中学生の選手を、中学生年代のジュニアユースチームでプレーさせていては刺激が少なくなり、マンネリ感を覚え、やがては伸び悩んでしまう。あるいは、いわゆる「お山の大将」になることもあるだろう。

 要は「天井」に背が届いてしまっている子どもの才能を、可能な限り早く開放させるにはどうしたらいいのか。答えは単純明快。天井の高さをより上げればいい。中学生だからという固定概念にとらわれることなく、高校生年代のユースチームへ「飛び級」で昇格させてプレーさせる。

 いわゆる「天井効果を排除する」作業を、スペインの名門FCバルセロナの下部組織を退団・帰国する道を選び、2015年5月に傘下の育成組織に加入した逸材・久保建英に対して、FC東京は状況を見極め、周到な計画を練りながら推し進めてきた。

 帰国当時は中学2年生だった久保はFC東京U−15むさしに加入したが、翌春には中学3年生にして高校生年代のFC東京U−18へ「飛び級」で昇格している。周囲が中学生のチームのなかで、2年生にしてあっさりと「天井」に到達したと容易に察することができる。

 高校生のなかで才能がさらに開放された跡は、FC東京U−18が8年ぶり3度目の優勝を果たした、昨年夏の日本クラブユースサッカー選手権大会が如実に物語っている。決勝戦を含めた全7試合でピッチに立った久保は、すべて途中出場ながら5ゴールを挙げて大会得点王を獲得した。

 半年足らずで、今度は高校生年代の「天井」に到達しつつあると判断されたのだろう。FC東京は9月に入り、FC東京U−18に所属しながらトップチームの公式戦に出場できる「2種登録選手」の一人として、久保をJリーグに登録する。

 これが一部メディアで「トップチームへ昇格」と報じられ、ちょっとした騒ぎとなったことに、FC東京の立石敬之ゼネラルマネージャー(GM)は苦笑いしながらこう語っていた。

「Jリーグに登録しただけなんですけど、マスコミの方々はやや加熱しているところがあるので。ただ、そういうタレントをもってはいますよね。日本サッカーの将来を、背負って立つという」

時間を限定してプロの激しさとスピードを体感

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 ここで見逃せないのが、FC東京が昨シーズンから、23歳以下の若手で構成されるFC東京U−23をJ3に参戦させていたことだ。立石GMは早い段階からいわゆるセカンドチームを発足させる構想を抱き、Jリーグ内で状況が整えば、すぐにでも手を挙げると明言していた。

 ここで言う状況の一つに、「2種登録選手」が出場できる対象として、トップチームが臨むリーグ戦やカップ戦に加えて、セカンドチームの試合が含まれることとなる。この点がクリアとなったことを受けて、ガンバ大阪、セレッソ大阪とともに昨シーズンからU−23を発足させた。

 もっとも、ガンバとセレッソがトップチームとは別に活動させたのに対して、FC東京は原則として全員が同じメニューの練習を消化。週末の公式戦を前に、J1組とJ3組とに分かれる。メンバー編成は前者を優先させるため、けが人などの関係で、後者は既存の選手だけではメンバーを組むのが難しくなる。

 そこで重用されるのが「2種登録選手」となる。学校が休みとなる試合前日の土曜日の練習で合流させ、まさにぶっつけ本番状態で昨シーズンのJ3を戦わせてきたなかで、15シーズンまでと比べて、FC東京U−18の選手たちの成長スピードが加速されたと、立石GMは昨年9月の段階で振り返っている。

「実質6カ月か7カ月ですけど、その間でも僕たちが驚くほど伸びた。このJ3という舞台は、若い選手たちにとってすごく大きいと思います」

 他のJ1クラブならば、「2種登録選手」が出場できるのはJ1とルヴァンカップとなる。翻ってFC東京はJ3でも起用できるため、段階を踏みながら「天井」の高さを上げることができる。昨シーズンのFC東京は「2種登録選手」が実に17人を数え、そのうち16人がJ3の舞台でプレーした。

 そのなかに、もちろん久保も含まれている。11月5日のAC長野パルセイロ戦で、後半から投入された久保は15歳5カ月1日。カテゴリーこそ異なるものの、04年のJ1で森本貴幸(当時東京ヴェルディ/現川崎フロンターレ)がマークした、15歳10カ月6日のJリーグ最年少出場記録を上回った。

 ピッチ上の一挙手一投足や記録面ばかりが注目された久保だが、昨シーズンのJ3では、最終的に3試合すべてで途中出場。プレー時間も104分間にとどまらせた。一気に「天井」の高さは上げずに、限られた時間のなかでプロの激しさとスピードを体感させて刺激を与えた。

 間もなく迎えるオフのトレーニングで、より高い目的意識をもたせる狙いがそこにはあったはずだ。果たして、今シーズンに臨んだ久保はJ3で常時先発出場ができるレベルに達していた。前身の東京ガス時代に選手としてプレーした経験をもつ、FC東京の大金直樹代表取締役はこんな言葉を残している。

「(久保)建英に限らず、今シーズンの2種登録した選手の優先順位として、基本的にはU−23の舞台に軸足を置いて、時間と経験を積んでいってほしいと考えています」

「失速せずにこのままどんどん上に行きたい」(久保)

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 FC東京U−18の公式戦と重複した場合はJ3を優先させる。今シーズンのFC東京U−23の試合を振り返れば、ベンチ入りした選手の平均年齢が20歳を大きく下回ったケースが珍しくない。

 一方でFC東京U−18の人数が揃わない事態も生じるが、その場合はU−15むさしやU−15深川から有望な中学生を「飛び級」で起用する。これまでは「6−3−3」の学校制度に則って編成していた育成組織を、FC東京U−23のJ3参戦を契機に、ヨーロッパに倣った実力主義に変えたわけだ。

 クラブ全体の育成のスピードを一気にあげたなかで、久保は4月15日のセレッソ大阪U−23戦で通算7試合目にして待望の初ゴールを決める。体格はまだ成長途上ながら、技術と個人戦術、メンタルはJ3のレベルを超えつつあると判断されたのだろう。

 次なるステップとなるルヴァンカップでデビューを果たしたのは、5月3日の北海道コンサドーレ札幌とのグループリーグ第4節。後半21分からピッチに立って味の素スタジアムを沸かせ、対峙した元祖天才、小野伸二のトラップに「何かに吸い寄せられているみたいでした」と目を輝かせた。

 さかのぼること約1カ月前。チーム事情から、元日本代表で得点王を2度獲得した経験をもつ前田遼一、「10番」を背負う梶山陽平らのベテラン勢と共演した、4月2日の鹿児島ユナイテッドとのJ3第4節。息の合ったプレーを見せた久保に対して、大金社長はこう語っていた。

「トップチームでも遜色なくプレーできると思うし、プレーさせてみたい」

 おそらくはこのときからルヴァンカップで起用し、「天井」の高さをさらに上げるタイミングが計られていたはずだ。学校が休みとなり、原則として午前中に行われるトップチームの練習に合流できるゴールデンウイークは、まさに絶好の機会でもあった。

 そしていま、16歳になる直前の久保は「天井」を未知の高さにあげてくれる可能性をもつ、U−20ワールドカップに挑もうとしている。11日からは静岡県内で直前合宿がスタート。テストマッチを2つ終えた後、決戦の地・韓国へ乗り込んで20日の開幕を待つ。

「いまの時点で、自分は他の同年代の選手たちより半歩くらい前にいるのかなとは思っている。スタートが早いだけじゃなくて、失速せずにこのままどんどん上に行きたいなと思っています」

 こう語る久保が世界と対峙し、初体験の刺激を受け、ルヴァンカップで感じた「天井」にも届いてしまえば――。舞台はいよいよJ1へと移る。韓国の地での結果次第では、再び学校が休みとなり、トップチームの練習に参加できる夏休みに行われる5試合のいずれかが、歴史的なXデーになるかもしれない。


藤江直人

1964年生まれ。サンケイスポーツの記者として、日本リーグ時代からサッカーを取材。1993年10月28日の「ドーハの悲劇」を、現地で目の当たりにする。角川書店との共同編集『SPORTS Yeah!』を経て2007年に独立。フリーランスのノンフィクションライターとして、サッカーを中心に幅広くスポーツを追う。