文=池田敏明

平均最高気温40度超のドーハでは夏場のW杯開催を断念

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 サッカーは世界中のあらゆる地域で行われ、基本的には雨や雪が降っていても試合が実施される。雪中の試合と言えば1997年度の第76回全国高等学校サッカー選手権大会における“雪の決勝”を思い浮かべる人も多いだろうし、13年にはブラジル・ワールドカップの北中米カリブ海予選でアメリカ対コスタリカの試合が猛吹雪の中で行われ、敗れたコスタリカが「試合の中立性が保たれない」として抗議する一幕もあった。

コロラド州コマースシティーで22日に行われた試合は、前半に米国が1点を先制したが、激しい雪のため、後半初めにいったん中断。その後試合は再開され、米国が前半の1点を守りきって勝利した。 コスタリカ・サッカー協会は、試合中に雪でコートのラインやマークが覆われたり、ボールの動きが妨げられたりしたと主張。エドゥアルド・リ会長は「試合の最中に除雪用の機材や作業員がコートに入っている有り様だった」「責任者に抗議したがはねつけられた。受け入れがたい恥辱だ」と、不満をあらわにしていた。
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 “雪の決勝”やアメリカ対コスタリカ戦は、偶然、試合当日に降雪したために雪中試合となったが、世界中を見渡すと、一定期間中、過酷な条件下での試合を強いられるスタジアムが存在する。

 選手や観客が過酷さを感じる条件としては、暑さと寒さが挙げられるだろう。暑さに関しては、日本でも夏場はどこのスタジアムも高温多湿となり、厳しい環境での戦いを強いられる。Jリーグの試合は5月までは日中の開催も多いが、6月から夏の間はほとんどの試合が夜間の開催となる。

 暑さに苦しめられるスタジアムは海外にも数多く存在する。たとえば2016年のリオデジャネイロ五輪で日本がナイジェリア、コロンビアと対戦したマナウスのアレーナ・ダ・アマゾニアは、アマゾンの熱帯地方に位置しており、夜でも気温30度以上、湿度は70パーセントから90パーセントとかなりの蒸し暑さ。おまけに照明に誘われて大量の蛾が集まる。タイやインドネシア、シンガポールといったアジアの熱帯地方も、蒸し暑い中で試合をしなければならない。

 熱帯地方が蒸し暑さなら、砂漠地方は高温に悩まされる。22年にワールドカップが開催されるカタールのドーハは、6月から8月にかけては平均最高気温が40度超という灼熱の環境だ。そんな場所でW杯を開催できるのか、という議論が開催地決定当初から噴出し、当初、FIFAは冷房完備のスタジアムを建設することで乗り切ろうとしたが、スタジアム外では酷暑の中を移動しなければならない。結局、大会は気温が低くなる11月から12月にかけて開催されることになった。

 高温の環境では体内の水分が急激に失われるので、脱水症状や熱中症になりやすい。45度を超える環境では脳に届く血液が冷えなくなり、最悪の場合、死に至る可能性もある。

富士山頂と同じ標高でプレーするチームも

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 一方、寒い環境としては18年W杯開催地のロシアが挙げられる。ロシアリーグは冬の時期にあたる11月から12月にかけても開催されるが、この時期は首都モスクワを始め各地の日中平均気温が氷点下になり、ピッチが雪で真っ白になることも珍しくはない。かつて松井大輔(現ジュビロ磐田)が所属したトム・トムスクの本拠地トムスクは、11月の日中平均気温がマイナス8.3度、12月はマイナス15.1度にもなる極寒の地だ。

 マイナス15度の環境では防寒対策をしないと凍傷になりやすく、凍り付いたピッチで滑ったり、余計な負荷がかかったりしてケガもしやすくなるだろう。サポーターですら分厚いダウンジャケットを着込み、帽子や手袋で完全武装して観戦しているぐらいだから、選手たちが薄着でプレーするのは少し無理がある環境と言えるかもしれない。

 暑さ、寒さとともに過酷な環境を演出するもう一つの要素が標高だ。標高が高い場所は平地に比べて空気中の酸素濃度が薄いため、少し動いただけで酸欠になり、平地に比べてパフォーマンスが大幅に低下する。日本代表がW杯予選などでイランの首都テヘランに乗り込んで試合をする際、「標高1200メートルの高地」と紹介されるが、世界を見渡せばさらなる高地が存在する。

 W杯予選など国際大会の会場として使用されるのは、エクアドルの首都キト(標高2780メートル)にあるエスタディオ・オリンピコ・アタワルパと、ボリビアの首都ラパス(標高3577メートル)にあるエスタディオ・エルナンド・シレスだ。空気中の酸素濃度は、キトでは平地の約75パーセント、ラパスでは約64パーセントにまで低下する。平地と同じ感覚で歩いただけで脈が速くなり、息切れするような環境でサッカーをしなければならないのだから、アウェイの選手にとってはまさに“地獄”だ。実際、エクアドル代表は14年ブラジルW杯の南米予選ではホームゲーム無敗を記録し、ボリビアは南米最弱の部類に入る国ながら、ブラジルやアルゼンチンからホームで勝利を収めたことがある。

 ブラジルやアルゼンチンがキトやラパスで試合をする場合、現地入りするのはキックオフの数時間前。試合が始まり、ハーフタイムに突入すると急いでロッカールームに戻り、酸素ボンベのお世話になる。テレビなどで試合を見る機会があれば注目してほしいのだが、後半開始の時刻が迫っても、選手たちはなかなか姿を現さない。ギリギリまで酸素を補充しているのだ。そして試合が終わると、すぐに荷物をまとめて平地へと戻るのである。

 なお、南米にはキトやラパス以外にも、ペルーのクスコ(標高3400メートル)やワンカヨ(標高3350メートル)、ボリビアのオルロ(標高3700メートル)など、3000メートルを超える街に1部リーグのクラブがあり、トップディビジョンの試合が行われている。ナシオナル・ポトシ(ボリビア)の本拠地であるポトシのエスタディオ・ビクトル・アグスティン・ウガルテにいたっては、標高3960メートル。富士山に登ったことがある方は、山頂での試合をイメージしていただければ、その過酷さが分かるはずだ。

 これらの環境を考えれば、蒸し暑さや寒さはあっても、死の危険を感じることなくプレーや観戦ができる日本の環境は、かなり恵まれていると言えるのかもしれない。


池田敏明

大学院でインカ帝国史を専攻していたが、”師匠” の敷いたレールに果てしない魅力を感じ転身。専門誌で編集を務めた後にフリーランスとなり、ライター、エディター、スベイ ン語の通訳&翻訳家、カメラマンと幅広くこなす。