©松岡健三郎

■ドーピング違反になったのに、世界水泳に出場する選手がいる

――今回、塩浦選手に取材申請させていただいたのは、塩浦選手がTwitterにてネリ選手のドーピングの件についてかなり強い口調で憤りを表明しておられたことがきっかけです。水泳の世界でも、ドーピングは多いのでしょうか?
 
塩浦慎理(以下、塩浦) 多いですね。同じ種目だけでも。そしておかしなことに、かなりの人数がドーピング違反で摘発されているのに、そのまま世界水泳といった大大会に出場しているケースがザラにあることです。
 
――えっ、出場停止になったりせず?
 
塩浦 なったりせず。それどころか、同じ選手には処分を受けたかどうかハッキリしない選手もいたり。あるいは、あえて「そんな時期に処分を受けても影響は少ないよね」という時期に出場停止を受ける選手もいたり。で、前述のように世界水泳の前に発覚したのに、本番に出てくる選手もいるんです。グレーな部分が多いように思いますね。
 
――なるほど……。少し前に話題になった、ボクシング・山中慎介選手の対戦相手ネリ選手から検出された『ジルパテロール』という薬物。塩浦選手は、twitterで「クレンブテロールに似た物質だ」という発言をされていますね。
 
塩浦 減量しやすくなる物質みたいですね。減量を行なうときは、必然的に脂肪だけでなく筋肉も落ちていきます。筋肉が分解されることを「カタボリック」というのですが、クレンブテロールはこのカタボリックを抑制し、筋肉を残して脂肪だけを落とすことができるようです。

なぜこの物質を知っているかというと、僕の種目である100メートル自由形でこの物質を使って2年間出場停止になった中国の選手がいるからです。日本では、結構簡単に手に入るようで、個人輸入もできるみたいです。筋肉が分解されるどころか、減量しているのに少し増える。ボクシングのような階級スポーツにとっては夢のような物質でしょう。

――ツイートされていましたが、一般的にはドーピングと聞くと無意識に「止めれば身体から抜けていく」と考える人も多いのではと思います。実際のところは、どうなのでしょう。

塩浦 例えばステロイドは、マウスの実験ではかなり長期間身体に残ることがわかっています。かつ、トレーニングを再開したときにパフォーマンスの戻りが早いんです。一度(ドーピングで)押し上げておけば、薬を止めたあともパフォーマンスが戻りやすい。人間では、個人差ありますが10年くらい身体に影響が残るという説もあります。今はステロイドを使う人はあまりいないみたいですが。
 
ドーピングの制裁期間は、一番長くて4年です。でも、その4年間トレーニングはできるわけですし、パフォーマンスの戻りも早い。なので、国際大会に出る前のジュニア時代にドーピングをやるケースが結構あるようなのです。
 
――ジュニア時代に!
 
塩浦 ロシアや中国では13歳、14歳の子どもが検査に引っかかったり。若い頃に使わせて(パフォーマンスの)ベースを引き上げていく、そういうことをやっているケースがあるようです。

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■ガトリンが使った「テストステロン」とは

――陸上や水泳のようにタイムを競う競技において、ドーピングの影響はすごく大きいですね。でも、お聞きする限りかなり穴がありそうですね、非常に厳密にやっているイメージがありました。
 
塩浦 厳密にはやっているんです。今年だけで僕は10回ほど、抜き打ちでも4,5回は検査を受けました。検査をすり抜ける方法があるのか僕はわからないですし、これはあくまで憶測ですけど、もっと検査の精度が上がってドーピングの研究が進むといいと思います。変な話、それで日本のメダル数はもっと増えるかもしれないですし。

――中国の選手は確かに、世界水泳でも上位に来ており、欧米の選手ほどではないにせよ体格もいいですね。
 
塩浦 中国の選手は、日本の選手よりデカいですね。女子でも180センチを超える選手もいます。そもそも、身長が大きな選手しか競技を続けられないよう選抜しているとも聞いています。

――そんな選手たちが、さらに若い頃からステロイドを打ったりすると……。

塩浦 例えばガトリンが捕まったテストステロン、あれは身体の中にある男性ホルモンなのですけど、テストステロンが高まると競技力も上がるんです。僕らも、オリンピックの前には「テストステロンをどうやって高めるか」という話を代表チームでしていたり。

それこそ単純に筋トレとか、鏡の前でポージングするとか、あとはきれいな女性と5分間話すとかも有効みたいです(笑)。たまたま去年、ロシアの女性選手がテストステロンのドーピングで4年の出場停止を受けていましたが、あれをみて「やっぱりすごく効果があるものなんだな」と。身体の中にある物質なので、ガトリンにしても肌から塗ってみたりとか、ぎりぎりの比率・ラインを攻めているんです。

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■メディアには、もっとドーピング問題を掘り下げてほしい

――いま伺ったようなことは、選手間では当然共有されていることだと思いますが、一般にはあまり知られていないですね。

塩浦 そうですね。なので、メディアの方々にはもっとドーピングの問題を(詳しく)取り上げてほしいです。海外の水泳サイトだと、どの選手がドーピングで捕まったという情報はすぐに出るんです。そういう情報は、海外のほうが割と敏感で。でも、日本語のニュースになることは少ないです。水泳のメディアも、日本には水泳誌が1~2誌あるぐらいですから。

――人手が足りないということもあるのでしょうか。

塩浦 それどころか、ケースによってはドーピングで捕まった選手を持ち上げたりということすらあって(苦笑)。だから、結果皆さんドーピングのことを(知りたくとも)知らないんですよね。ガトリンがこの間、なぜブーイングをされたか、知らない人は多いと思うんです。水泳についていえば、水泳の競技自体に加えてドーピングについての情報ももっと必要だと思うんです。特に日本人は、そこをクリーンにやっていることが世界的に評価されていますから。

まだまだ、捉えられ方が楽観的すぎるなと思います。そりゃ、ドーピングで捕まった選手が「故意にやりました」なんて言わないわけです。だけど、意外と真に受ける人が多い。例えばガトリンは2001年と2006年の2回ドーピング違反していますが、1回目が出たあとに2回目が出るなんてありえないんですよ。特にテストステロンなんて、絶対アウト。

――普通に考えると一度お手つきしているわけだから、本来もっともっと気を使うはずですよね。

塩浦 一度でもやったら永久追放でもいいと思うので、2回目があるなんて考えられないんです。どれぐらい悪質なのか、どれぐらい選手の運命を狂わせるか、皆さんにちょっと考えてほしいです。

僕たちからすると、競技人生そのものが左右されかねないんです。例えば室伏広治選手が、アテネ五輪で2位だったものの、優勝者のドーピング違反で金メダルになったということがありました。でも、たとえそれで繰り上がってメダルが後日取れたとしても、本来そこで選手が経験するはずだった賞賛、表彰台に立って君が代を聞く経験は失われたわけです。日本では、そういう認識が薄いと思うんです。ドーピングは、もっともっと悪質なものであることを認識してもらいたいです。

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■なぜ武井壮さんは、感情むき出しで怒ったのか

――例えばベン・ジョンソンのように、ドーピングで失格になったあと、ある種の「みそぎ」を終えたのか日本のバラエティ番組にたくさん露出する元選手もいます。

塩浦 ああいうのは、わからないですね、本当に。処罰を受けて、その時期が終わった。ルールには則っている。でも、だからそれでいいのかという。その空気が問題ですよね。同じことを日本人がやったら、絶対にボロカスに叩かれるはずですし、その後にバラエティに出るとかも考えられないと思うんです。その辺の感覚は、本当によくわからないです。

――この記事1回で、そうした空気がすぐ変わることはないでしょうが、継続してアラートを出し続けることが大事ですね。

塩浦 ちょっとずつでも、何らかの影響を与えられるといいですね。東京五輪までにドーピングが根絶することは絶対ないので、そうなるとやっぱり本来日本人が優勝するはずだったり、メダルを獲るはずだった機会が奪われることは起こるはずです。そういうときに、皆さんどう思うか考えてほしい。本当は表彰台に立って、みんなで「君が代」を聞くはずだったのが、一生できなくなったんです。すごく大きな損失だと思います。武井壮さんもおっしゃってましたけど、影響はめちゃくちゃ大きいですよね。

――冷静な武井壮さんがあれだけ感情むき出しで怒るのは珍しかったですね、それほどドーピングというのは許しがたい行為だということ。

塩浦 特に僕たちのように人生をかけて競技をやらせてもらっているアスリートであれば、ドーピングの話はすごく怒るんです。ドーピング自体を無くすのは難しいと思いますが、一般の皆さんとの認識のずれは少しでも無くしていきたいです。

――今回の記事が、その一助になれば幸いです。

<了>

塩浦慎理(しおうら・しんり)
1991年11月26日、神奈川県生まれ。イトマン東進所属の競泳選手、自由形スプリンター。高校3年時には高校生として初めて100メートル自由形にて50秒を切り、当時の高校生日本記録を更新。2013年世界水泳では男子4×100メートルメドレーリレー決勝で入江陵介、北島康介、藤井拓郎の後を受けアンカーで出場し3位。2014年には日本選手権の50メートル自由形にて日本人初の21秒台となる21秒88のアジア新記録を樹立。リオ五輪メンバーにも選ばれ、男子4×100メートルリレーで8位入賞に貢献した。


VictorySportsNews編集部