正気の沙汰とは思えない

解任の理由の是非については、ここでは論じない。2018年4月14日現在、真相を知る手段はないからだ。やれスポンサーや広告代理店の圧力だ、選手が直訴しただ、コミュニケーションがうまく取れなかっただ、JFA田嶋幸三会長の独断だ、酷いものではハリルが選手の海外移籍においてキックバックを受け取っていたからだ、云々……何が本当なのか皆目わからない。
 
だから、表に出ている情報のみの話をしたい。サッカー的な常識でいえば、W杯開幕まで約2ヶ月、親善試合・テストマッチが3試合残されるのみの段階で、3年間チームを率いたハリルホジッチ監督を解任すること、その後任に過去1試合たりとも国際Aマッチで指揮をとっていない西野朗・技術委員長がつくことを説明することは不可能だ。
 
ハリルホジッチ監督は、2014年W杯でアルジェリアを率いてベスト16になった実績を持つ。だが西野氏はフル代表を率いた経験すらない。アトランタ五輪「マイアミの奇跡」で持ち上げる向きは、同五輪はGL敗退し、当時のJFAは西野氏に「C評価」を下したことを思い出してほしい。客観的な材料だけみれば、国際Aマッチを戦った実績において、西野氏がハリルホジッチ氏に勝る部分はない。
 
ハリルホジッチより圧倒的に優れている監督のアサインに成功したなら、百万歩譲って納得することもできた。だが、ハリルホジッチを支えるはずだった技術委員長がスライドしてくる人事には「正当性」も「勝算」もない。

われわれは突然、「ワールドカップの実績を持たない監督が、十分なテストマッチも合宿期間もなく、ほとんどぶっつけ本番で臨む日本代表」でロシアW杯を戦うはめになった。
 
正直、形容する言葉が見つからない。サッカーファン以外の方に「なぜ」と問われても、説明することができない。意味不明・摩訶不思議・正気の沙汰とは思えない、悪い意味で日本の組織マネジメントの問題点が凝縮されたような決断だ。
 
ただ、この決断についてはこれ以上論じない。賛成できる余地がないということは、他サイトでもさんざん論じられている。ここでは今回、JFAが「何を」裏切ったのかということを記しておきたい。

飛び交う「萎えた」「さめた」の声

ネット上で多く見られるのは、今回のJFAによるハリルホジッチ解任に対し「さめた」「萎えた」という趣旨の意見だ。端的なのは、作家・中村慎太郎氏のこのツイートだ。

こうしたケースは、珍しくない。Twitterで「解任 萎えた」「解任 さめた」など適当にフレーズを打ち込めば、4月14日現在では幾らでも見つかる。以下に例を抜き出す。

ランダムに抜き出しても、これぐらい「さめた」「萎えた」という意見が飛び交っているのが今回の特徴だ。
 
twitterなりSNS上で、サッカー日本代表に対して何らかの発言を行なう時点で「コアファン」に近いとみていい。試合中など爆発的にツイート数が増えるケースと違い、ハリルホジッチ解任のニュースに対するリアクションをわざわざ言語化する時点で、エンゲージメントが高いファン層だとみなせる。

つまり、この決断は「コアファン目線においても下策」である可能性が高い。

自分がこれまで注いできた熱量は、なんだったのか

端的にいうと、本件は「皆が見ていた映画を、クライマックスを待たずして上映打ち切りにした」ようなものだ。
 
映画の内容には賛否両論あったものの、様々な人がその映画監督・キャスト・スタッフによるクライマックスを期待していた。
 
「うまくいってほしい」「失敗する」「通用する」「しない」様々な意見があった。だが、ハリルホジッチという映画監督がつくった作品のクライマックスはこれから。JFAは3月のテストマッチ終了後にも解任を否定しており、どうあれ「顛末を見届けよう」という観客が大半だった。
 
JFAがやったのは、「映画を途中で打ち切り、監督・スタッフを挿げ替えた」こと。どうやら、キャストも入れ替えるようだ。これ以降、同じ映画を見た気になれるだろうか。完全に別の映画を撮るのなら、エンドロールが流れきったあとではなぜいけなかったのだろうか。
 
確かに、クライマックスまでは盛り上がっていなかった。だが、それはハリル監督による演出か、単に演技指導が下手だったからか、脚本が失敗していたか、大根役者ぞろいだったからか、対戦国に対し三味線を引いていたからか、判断はつかなかった。すべてはクライマックスで説明される予定だったからだ。
 
われわれは、映画の結末を知る機会を唐突に奪われ、「より信用できる」とも「より魅力的」とも言いがたい別の映画を「続きはこちら」と提示された。映画好きだろうとなんだろうと、これまでの時間を返せと言いたくなるだろう。自分がこれまで注いできた熱量は、なんだったのかと言いたくなるだろう。前掲したツイート群が示すのは、そういうことだと思われる。 

コアなファンを失うことは、取り返しがつかない

サッカー日本代表は「ドーハの悲劇」以後、急速にメディア価値を高めてきた。日韓W杯のロシア戦における66.1%を筆頭に、恐るべき高視聴率を叩き出している。
 
ハリルホジッチ監督の最高傑作と目される2017年8月31日のオーストラリア戦でも、瞬間最高視聴率35%を記録した。現在はドラマでも10%を超えればヒット、20%を記録するのはNHK朝の連続テレビ小説を除けばほとんどない。そんな中での35%は、いまなおサッカー日本代表がキラーコンテンツの可能性を持つことを示している。
 
ただ、その人気を下支えしているのはコアなサッカーファンであることも忘れてはならない。熱狂とは、少数のコアファンが大騒ぎすることで徐々に伝播していく。マスメディアがファンをコントロールできなくなりつつある現代では、彼ら彼女らのようなコア層にまず届ける施策が「熱狂を生む」ためには不可欠だ。
 
今回の施策は、その「熱狂」を奪った。大小の差はあるが、上記のように実際にファンの声としてそれは現れている。サッカーライター・清水英斗氏は

生まれて初めて、日本代表を応援できない気持ちになっている。この10年で日本と世界の差はずいぶん広がったが、まだ序章に過ぎないのかもしれない。
ハリルホジッチの解任は“戦略なき戦術”。広がり続ける、日本と世界の差

と書いた。彼自身もキャリアが長く現場取材を多く重ねているサッカーライターであり、ある意味ではファン以上にコアなサッカーファンだ。その彼が、「生まれて初めて日本代表を応援できない」と書いた意味は重い。 
 
「JFAは、こうした反応を重く受け止めよ」などのおためごかしで済ませることはできない。一度失われた熱狂を取り戻すのは、「例え戻ったとしても」長い年月がかかる。一度さめたものに再び熱狂するのは、よほどの物語が必要だ。それこそ「初のW杯出場」「初のW杯自国開催」といったような。
 
そうした物語を用意するのは、もはや不可能だ。そんな中で今回のような愚策が投じられたことは、サッカー日本代表のブランドに取り返しがつかないダメージとなる可能性が高い。仮に現チームでロシアW杯が奇跡的に好成績を収められても、そこに正当性をもはや見いだせない以上「さめた心」が熱くなることは難しいだろう。
 
「オールジャパン」がロシアW杯で好成績を収めたとしても、彼ら彼女らが戻ってくるかはわからない。JFAが失ったものは、途方もなく大きく、取り返しがつかない。

<了>

結局、ハリルホジッチへの理解は深まらなかった。五百蔵容×結城康平対談

ロシアW杯本戦まで残すところわずか。しかし、ハリルホジッチへの理解は、結局どこまで進んだのでしょうか? 監督が変わるたび「リセット」を繰り返してきた日本サッカー界は、また同じ轍を踏むことになるのでしょうか。五百蔵容さん、結城康平さんに語っていただきました。

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難敵オーストラリアを抑え、アジア最終予選を1位で通過しロシアW杯への出場権を得たハリルホジッチ。にも関わらず、メディアには厳しい声があふれている。アルジェリア代表時代も厳しい批判に晒されながら、ブラジルW杯ではドイツを追い詰めた。そんな指揮官を解任したいなら、最低でも以下の事柄を踏まえてほしい。(文:結城康平)

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【全文】緊急会見のハリル監督が日本への愛情を語る「私から辞めることはない」

サッカー日本代表は31日に行われたワールドカップ・アジア最終予選のオーストラリア戦に2-0で勝利し、6大会連続のワールドカップ出場を決めた。その試合後の公式会見で、「プライベートで大きな問題があった」と明かしながらも、質疑応答を避けたヴァイド・ハリルホジッチ監督が、1日にあらためて会見を行った。そこで語られたこととは――。(文:VICTORY SPORTS編集部)

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VictorySportsNews編集部