「日本が強いのはもちろんわかっていたんです。ただ、その強さというのは最初にダルビッシュ(有、パドレス)投手が(宮崎キャンプに)入ってきて、率先して選手同士のコミュニケーションを取ったりとか、何か新しいものを伝えたりとかっていうところから始まっているんです。そういったことがドンドン大きくなって、チームが勝ち進むにつれて結束力や団結力が強くなっていったというのが、優勝という結果になったんですよね」

 そう語るのは投手として日米球界で23年間にわたってプレーし、現在は解説者、コメンテーターとしてさまざまなメディアに登場している五十嵐亮太氏である。台湾で行われたプールAをはじめ、今回のWBCを精力的に取材し、連日TVでの解説でも引っ張りだこだった五十嵐氏が日本の「強さ」を痛感したのは、現役時代はメジャーリーグ史上に残る強打の捕手であったマイク・ピアッツァ監督(元ドジャースほか)率いる、イタリアとの準々決勝でのことだったという。

「プールAの試合をずっと見ていて、イタリアもすごく良い野球をやっていたんです。だから日本が強いのはわかってたんですけど、そんなに簡単には勝てないだろうっていうふうに思っていたんですね。ところが(準々決勝で)イタリアはセットアッパーで投げるピッチャー(1次ラウンドで2ホールドのジョー・ラソーラ)を早い段階で(0対0の3回裏から)出してきたんですよ。そこまでしないと日本には勝てないっていうところで、そんなに力の差があるんだなというのを実感しました。終わってみれば日本の圧勝(9対3)で、あの試合を見た時にやっぱり日本はスゴいなと感じたんですね」

 米国・マイアミに舞台を移しての準決勝ではメキシコを相手に苦戦を強いられながらも、最後はそこまで不振にあえいでいた村上宗隆(ヤクルト)のサヨナラ打で勝利。決勝でもアメリカに先制を許しながら、村上と岡本和真(巨人)のアーチなどで主導権を握ると、前述のとおり最後は大谷がマウンドに上がってアメリカをねじ伏せた。

「日本はホームランが9本出てるんですけど、そのうち決勝で2本。最後は大谷選手が(ピッチャーとして)力で押したっていうことで、今回は“力”を使って勝てるというところを見ることができましたよね。もともと日本は『スモール・ベースボール』と言われていて、それはそれで日本の良さを生かした野球だったと思うんですけど、やっぱりダルビッシュ投手や大谷選手を見て、参考にして、変わろうっていうところが絶対にあると思うんですよ。それがこうやって広がりつつあるというのは、今後の日本の野球に大きな影響を与えますね」

 前回、2017年の大会では7試合で9を数えた犠打は、今回は同じ7試合で3。お家芸とも言われたスモール・ベースボールから脱却しての優勝は、日本の野球にとって新たな夜明けと言えるのかもしれない。もっともその優勝も栗山英樹監督だったからできたことと、五十嵐氏は指摘する。

「栗山さんじゃなかったらできなかったですよ。今回のジャパンはダルビッシュ投手と大谷選手、この2人が中心になっていたことは間違いないです。大谷選手はもともと(日本ハムで)一緒にやっていたから、栗山監督がどういう人なのかっていうところを理解しているじゃないですか。栗山さんはダルビッシュ投手にはそんなに細かいことは言っていないといいつつも、ある程度はチームの方向性を委ねていたと考えると、ある程度思い描いてた、もしくはそれ以上のものができ上がったのかなって思うんですよね」

 メジャーでは投手として実働4年で、登板した63試合すべて先発という大谷を決勝戦で9回のマウンドに送り込んだのも、栗山監督ならでは。日本ハム監督時代の2016年にも、クライマックスシリーズ・ファイナルステージ最終戦で大谷を抑えに使ったことがあるとはいえ、この起用は五十嵐氏にとってサプライズだったという。

「驚きましたね。思い描いててもできないこともあるし、僕には描けなかったですね。DHと抑えをどうやってやるんだろうって思うじゃないですか。(バッターとして)打ちながら、打順を気にしてブルペンに行って(肩を)つくってとか…。どうしても大人になると現実的になってくるので、そういう発想ってできないんですよ。だから何か、子供の頃にこうだったらいいなとか、楽しいだろうなって考えてたこと。それがこの大舞台で実現されるっていうのは、夢がありますよね。スゴい試合をやっているんだけれども、見ていて子供の頃の気持ちに戻れるような感じがありました」

 プロの世界で20年以上にわたって第一線で活躍した五十嵐氏をも童心に返したWBCも終わり、本日30日には日本ハムが新球場のエスコンフィールドHOKKAIDOに楽天を迎え、プロ野球の2023年シーズンが幕を開ける。それぞれのチームに戻ってペナントレースに挑むWBC戦士たちに、五十嵐氏が期待することとは─。

「大谷選手が『チームの勝利より優先する自分のプライドはなかった』と言っていたぐらいだから、勝負事は勝たないとダメっていうのは大前提なんですけど、それ以上に何かメッセージ性のある侍ジャパンだったのかなと思いますね。大谷選手のプレーであったり、ベンチでのあの感じをすごくポジティブに受け止める人が多かったじゃないですか。岡本選手も『野球ってこんなに楽しかったんだなと思いました』と言っていましたけど、普通にプロ野球選手としてやっていたら、あんまりそこに気付けないんですよね。でも今回、そういった野球の根本にある楽しさっていうところを伝えられることが証明されたので、WBCに出場した人たちには(所属チームに)戻った時にそういったところもプレーで見せてほしいと思いますね」

 平日の午前中に始まった決勝戦を含め、今回のWBCでは日本戦全7試合で関東での平均世帯視聴率が40%を超えたと伝えられている。これまであまり野球を見なかった層、あるいはしばらく野球から離れていた層も、テレビ中継にくぎ付けになっていたとも聞く。この空前の盛り上がりを、これから始まるペナントレースに繋げていけるか─。「WBCロス」の声も聞かれる中で迎えるプロ野球開幕後も、「村神様」をはじめとするWBC戦士たちには大きな注目が集まりそうだ。


菊田康彦

1966年、静岡県生まれ。地方公務員、英会話講師などを経てメジャーリーグ日本語公式サイトの編集に携わった後、ライターとして独立。雑誌、ウェブなどさまざまな媒体に寄稿し、2004~08年は「スカパー!MLBライブ」、2016〜17年は「スポナビライブMLB」でコメンテイターも務めた。プロ野球は2010年から東京ヤクルトスワローズを取材。著書に『燕軍戦記 スワローズ、14年ぶり優勝への軌跡』、編集協力に『東京ヤクルトスワローズ語録集 燕之書』などがある。