田口誠社長らが5日に開いた浦和の会見による主張はこうだ。敗戦後に、一部サポーターと土田尚史スポーツダイレクター、西野努テクニカルダイレクターとの間で「冷静な」話し合いがされていたという。その最中に反対側バックスタンドの名古屋サポーターからの言葉を「挑発」と受け取ったことが、事の発端となった。最初に約20人がピッチ内に乱入。その後も警備員の制止を振り切るなどして、約50人が相手側のバックスタンドに侵入。最終的には、その数は約100人にも及んだ。乱入騒動は、試合直後にSNSで一気に拡散。その映像には、緩衝帯を破壊しようとしたり、警備員と思われる人物を突き飛ばしたり、名古屋側の横断幕を強奪したりする様子が鮮明に記録されていた。これまでも「J2柏」など心ないコールで散々傷つけてきたことも忘れ、相手の挑発には「暴力」で対抗する。こんな集団に軽蔑のまなざしが向けられるのは、当然と言えるだろう。

重なったまずい対応

 事態の早い収拾を図ったのか、浦和は試合翌日の3日、「浦和レッズサポーターによる違反について」と題する声明を発表。関与した計77人に対し、クラブ独自で以下の処分を下した。
(1)立ち入り禁止エリアへの侵入を主導したサポーター31人→浦和出場の9試合入場禁止
(2)サポーターを統括するリーダー1人→同16試合入場禁止
(3)立ち入り禁止エリアへ侵入したサポーター45人→厳重注意

 この「激甘」処分に非難が相次いだ。
「これではいつもと変わらない」
「無期限入場禁止じゃないのか」
「暴行行為があったのではないか?刑事事件に該当するはずだ」
「クラブは全く分かっていない」
「子どもたちに与えた恐怖は計り知れないのに」 

 まずかったのは、処分の甘さだけではない。タイミングも中途半端だった。なぜなら、日本サッカー協会(JFA)による調査が継続している段階で、全ての事実関係を把握できていないうちに一部の処分を決めたからだ。浦和側は暴力問題を差し置いて、「ピッチ内の侵入」という違反行為のみについて処分を決定。非難ごうごうの対応について、須藤伸樹マーケティング本部長は「JFA、Jリーグのガイドラインがある。それに則って処分を決定した。われわれが恣意的に処分を軽くしているということは一切ない」と説明した。

 最悪だったのは、5日の会見で須藤本部長が、「暴力行為はなかった」とする見解を示したことだ。これは、騒動が収まった直後にスタジアム内でJFA、Jリーグ、愛知県協会、名古屋、浦和、両チームサポーター代表者によって「双方暴力は振るっていない」とする事実確認に基づいた発言だったという。しかし、5日時点では既に浦和サポーターによる暴力行為などが映り込んだ映像がSNS等で拡散していた。9日の各紙で報道されたように、JFAの田嶋幸三会長はこの件について、「映像を見た中では、それ(暴力)に相当するものがあるとは報告が上がってきている」ときっぱり言い切ったのだ。浦和の立場をさらに悪くする結果となったのは言うまでもない。浦和は16日に第二報という形で、調査結果を発表。警備員を押し倒したり、相手サポーターの胸ぐらをつかんだりする暴力行為が12件もあり、緩衝帯を破壊する行為も12件、ペットボトルを投げ込むなどの危険行為も8件あったことが確認されたのだ。

 一体、浦和はいつまで同じ過ちを繰り返すのか。クラブは、サポーター対策にもっと真剣に取り組まなくてはならないのではないか。昨夏には、Jリーグの新型コロナウイルス感染症ガイドラインで禁止されていた声出し応援をしたとして制裁金2000万円のなどの処分を受けたばかりだ。Jリーグからは「看過できない」と非難され、無観客試合の開催や勝ち点剥奪の可能性も示唆されたことを忘れたのか。「Jリーグに関わる全ての皆さまのこれまでの努力と気持ちを裏切る行為だと認識している」。公式サイトで発表したコメントがむなしく映る。

4月にも名古屋戦で「暴行」

 実は今年4月のJ1第7節の名古屋戦(豊田スタジアム)でも、浦和サポーターが騒ぎを起こしていた。立ち入り禁止エリアへの侵入や横断幕の掲出に対応した警備員に頭突きや胸ぐらをつかむ暴行をし、名古屋サポーターへ威嚇も行っていた。名古屋によれば、横断幕撤去を行おうとしたスタッフや警備員に「横断幕を撤去すれば乱闘も辞さない」などとする脅迫とも取れる発言もあった。半年も経たないうちに2度も犯した同様の暴挙。名古屋の心中こそ穏やかではないはずだが、それでも極めて冷静な対応を見せていることを、浦和側はどう感じているだろうか。

 浦和の田口社長は5日の会見で「これまで先人たちが築いてきた日本サッカーに泥を塗る愚行、絶対見せてはいけない姿、絶対に感じさせてはいけない恐怖を感じさせてしまったことは痛恨の極み。心より謝罪を申し上げる。誠に申し訳ありませんでした」と頭を下げた。同じような謝罪がこれだけ続けば、響くものも響かない。そもそも謝罪会見なのに、オンラインで実施したというのもいかがなものか。後にホームページで「Jリーグ公式戦の開催日であることや、ご案内が会見実施前日の夕方になったことなどを踏まえ、メディアのみなさまが最も参加しやすい実施形態となるオンラインでの会見実施にした」と明かしたが、「本事案の影響範囲や反響の大きさ」を自認していたのなら、なおさら記者会見を開くべきだったのではないか。名古屋サポーター、純粋にチームを応援する浦和サポーター、日本のサッカーファンへ、それで誠意は伝わると思ったのか。今回は、名古屋の横断幕を無理矢理引きはがす強奪行為もあった。サポーターが丹精を込めてつくり、毎試合会場でどんな思いを持って掲げているか、それは浦和サポーターも分かるはずだろう。大切な物を「強奪」するという暴挙で、名古屋サポーターの心も踏みにじり、精神面でも傷を負わせたことを忘れてはならない。

安全なスタジアムは日本が誇る財産

 サッカーでは、応援する人を「ファン」ではなく「サポーター」という。スタジアムから送る熱い声援で選手を後押しし、ともに目標に向かって闘うサッカー独自の素晴らしい文化があるからだ。だが、今回のように問題を起こす一部の人たちは、「サポーター」と言えるのだろうか。結果として被害を被るのは、クラブや選手で、違反者は匿名での処分が発表されるだけ。これだけ不祥事が続けば「前科」も疑われるが、それすらも分からない。このままでは、いずれ「フーリガン」と化す可能性も否定できない状況に来ている。

 ビリャレアル(スペイン)での指導を持つJリーグ前理事の佐伯夕利子さんが、昨年3月の退任会見で涙ながらに訴えた言葉を思い出してほしい。

「欧州にいるとスタジアムに行くのが嫌だし、怖いし、恐ろしいし、子供を連れて行けません。女性は男性に守られながらスタジアムの周りを歩かなければなりません。それがJリーグのスタジアム周りは圧倒的に優しい、温かい、安心、安全、平和。あの空気を絶対に壊してはならないと思いました。欧州においてゴール裏の過激なグループというのは、やんちゃな子たちが大声を張り上げているというレベルではなく、本当に過激で危険で危ない、深い、深い、深い、解決できない思想が絡んでいます。ですので、それを曲げることなく、そういった思想や過激グループが走るようなリーグであってはならないと思います。人権、世界という舞台に立つという思いを持って、Jリーグが前に進んでいけば、今目指す世界観に近づいていくと思いました」

 安心、安全なスタジアム。これこそが、Jリーグとファン、サポーターが一緒になって30年間で作り上げてきた誇るべき財産なのではないか。ほんの一部の心なき人たちによる行動によって、簡単に壊されてはならないのだ。浦和、そして今回違反を犯したサポーターに、この言葉は果たして響くだろうか。いずれにしても、もう後がない立場であることを深刻に受け止める必要がある。

画像:浦和レッズ公式サイトより引用

VictorySportsNews編集部