今だけ、金だけ、自分だけ

 ヘイニーはそれまで31戦全勝(15KO)。華やかさにかけるもののジャブを中心に組み立て、ライト級で世界主要4団体の王座統一に成功した。全階級を通じた最強ランキング「パウンド・フォー・パウンド(PFP)」でもトップ10に入っていた。ガルシアはスピードとパワーが武器。端正な顔立ちに派手な言動で話題を提供してきた。昨年4月にジャーボンテイ・デービス(米国)に敗れて初黒星。再び世界トップクラスの存在感を手に入れる途上にあった。

 試合が近づくと、ヘイニーは相手が体を絞れていないと指摘。事前にガルシアは、規定を1㍀上回るごとに50万㌦(約7900万円)をヘイニーに支払うと約束した。騒ぎが沸騰したのが前日計量。スーパーライト級のリミット140㍀に対し、ガルシアは3・2㍀(約1・45㌔)も超えた。しかも公開の場でボトルに入った飲料をがぶ飲みし、ほえ立てるパフォーマンス。常軌を逸した行動にも映った。関係者によると、ガルシア側が60万㌦を払うなどして試合実施が決定。もちろん、ガルシアが勝っても王座に就けない取り決めだった。

 ヘイニー有利の下馬評とは裏腹に、予想外の試合展開だった。1回、ガルシアが左フックで相手をぐらつかせ、7回に最初のダウンを奪った。10、11回にも倒した。ガルシアは「1回でかなりふらつかせた。そのとき勝てると思ったね。簡単だった」と言い放った。パワーの差が目立ち、ガルシアは終盤でも動きに衰えが少なかった。制限体重まで絞る必要がなかったことは、コンディションの面で有利に働いたと捉えられる。

 勝利の後日、ガルシアはドナルド・トランプ前大統領の元を訪れた場面を投稿するなど、各地で祝勝ツアーを断行していることを自身のX(旧ツイッター)で報告。公平性や安全性に由来する階級制の重要性を脇に追いやり、お祭り騒ぎの状態だ。近年、日本の刹那的な社会風潮を表す言葉として有名になった「今だけ、金だけ、自分だけ」をも想起させる。

お得な先行投資

 見逃せないのが、25歳のガルシアが確信犯的にリミットを守らなかったことだ。試合を前にして、自身のXに「体調も良くて、自分には3㍀分のアドバンテージがある」「ベルト(を持っていることだけ)で家族を食わせていくことはできない」などと次々に投稿。勝っても王者にはなれないことを承知の上で勝利を優先させ、体格的に優位に立とうとした狙いがみえみえ。勝つことにより、チャンピオンベルト以上の評判や金銭的恩恵を受けることを見越しているかのような言動だった。

 実際、会場となった米ニューヨークのブルックリンにあるバークレイズ・センターは熱狂に包まれ、ガルシアへの声援も大きかった。試合直後、SNSには祝福や感服の投稿が続出。現地メディアによると、海外で盛んなベッティング(賭け)でガルシアは自身の勝利に200万㌦を賭け、1200万㌦を儲けた。さらに、ファイトマネーなどを含め、今回の一戦でトータル5000万㌦(約79億円)以上を稼いだと自身のインスタグラムに記した。今後、ドーピング問題の推移次第ではこれらの収益がどうなるか不透明だが、3㍀オーバーでヘイニーに支払ったとされる150万㌦も、巨額の収益に比べればお得な先行投資となった。

 インスタグラムのフォロワー数も右肩上がりで、4月末時点で1200万を上回った。米国はよく契約社会と称される。ドーピング問題発覚前のガルシアへの評価上昇を目の当たりにすると、両陣営が試合開催で合意したことが全てで、リング上で相対すれば体重オーバーの失態は二の次との風潮を感じ取ることができる。

ルール順守で一流の好勝負を

 ボクシングの原則論に立つと、体重超過は試合をする資格喪失に匹敵するほど重い。日本選手関連で印象深いのが2018年。WBCバンタム級タイトルマッチで、王座復帰を目指す山中慎介の対戦相手、ルイス・ネリ(メキシコ)が前日計量で大幅に体重を超過し、チャンピオンの座を剥奪された。大きな批判が渦巻く中、試合はネリが2回TKOで圧勝。世界タイトル12連続防衛の実績を持つ山中はそのまま引退した。事態を重く見た日本ボクシングコミッションはネリに対して日本での活動停止処分を科した。

 くしくもネリは、5月6日に世界スーパーバンタム級4団体統一王者の井上尚弥(大橋)に挑戦した。ジムの大橋秀行会長はカード決定後、ネリが少しでも体重をオーバーした場合の対応を問われ「やりません、絶対に」と試合を行わないことを断言した。くぎを刺すことを忘れなかったのは、ネリの過去を考慮すると当然の措置だろう。制限体重内でフェアに実施された今回は井上が6回TKOで勝ち、実力を見せつけた。

 井上尚―ネリ戦の他にも今年は注目カードが続く。体重制限のないヘビー級を除くと、例えば6月15日に昨年ガルシアを圧倒したデービス、8月3日には史上初めて2階級で世界4団体統一王者となったテレンス・クロフォード(米国)がリングに立つ。他の選手がガルシアのように勝利至上で体重をオーバーさせるとは考えにくいが、一流選手としてルール順守での好勝負が期待される。

 ガルシアは今後についてスーパーライト級より1階級重い、リミット147㍀のウエルター級へ転向する意向を示唆していた。スピードや左フックなど秀でた才能を持っているものの、ドーピング問題の行方次第では競技人生が大きく左右される可能性が出てきた。


VictorySportsNews編集部