高梨沙羅について

名前高梨沙羅
生年月日1996年10月8日
日本
出身北海道上川郡
プロフィール父も兄もスキージャンプ選手というアスリート一家に生まれ、8歳になるとアルペン用スキーで早くも練習開始。

09年に行われたスキージャンプ・コンチネンタルカップに出場したのを皮切りに翌10年の蔵王大会で初めて3位入賞。その後オーストリア・ラムサウで行われたコンチネンタルカップを13歳にして優勝。国際スキー連盟公認記録での女子最年少優勝記録を更新した。11年からはその才能に磨きがかかり、13年世界選手権混合団体金メダル、個人銀メダルなど数々のタイトルを獲得。

14年のソチオリンピックでも金メダルが期待されたものの、まさかの4位に終わる。しかし、その後も活躍は続き、現在までにスキージャンプ・ワールドカップ歴代最多タイの53勝を記録している。

13年よりクラレと所属選手契約を結ぶ。152センチ、45キロ。

父も兄もスキージャンプ選手。アスリート一家の英才教育

高梨沙羅は1996年、雪国として知られる北海道で生まれました。父は元ジャンプ選手の高梨寛也で、4つ上の兄、寛大も何とスキージャンプの選手。2015年にはユニバーシアード代表という経歴を持っています。

そんなアスリート一家の娘として生まれた高梨は当然のようにスキージャンプの練習に小さいころから打ち込むように。最初はアルペン用のスキー板でジャンプを始めて、飛ぶことを覚えていったと言います。しかし、高梨が本格的にやろうと思い立つようになったのは地元にあるジャンプ少年団に入ってからということです。

そんな高梨が当時、スキージャンプに打ち込むキッカケになったのはテレビに映る山田いずみの姿を見てから。圧倒的な強さを見せ「女王」と呼ばれたレジェンド選手を見て憧れを抱いたと言います。

ちなみに山田いずみは現在、ジャンプ女子日本代表コーチであるとともに高梨のパーソナルコーチを務めています。どうやら高梨とは不思議な縁で結ばれていたようです。

史上最年少で国際大会優勝!

12歳になった高梨沙羅が初めて出場した大会は3月に山形県・蔵王で行われたスキージャンプ・コンチネンタルカップ。ここでは19位に終わった高梨でしたが、1年後に行われた同じ大会で3位入賞。これが初の入賞となりました。

ジャンプ団に所属してわずか1年程度で入賞したというのは高梨にとっても大きな自信となりました。そして、その名が世界に知れ渡ったのは2011年の2月。オーストリアのラムサウで行われたコンチネンタルカップをわずか13歳で優勝。自身初の優勝は国際スキー連盟公認大会でも女子選手史上最年少の優勝記録となり、一躍世界を驚かせます。

これだけでも十分にすごいことですが、翌日の大会でも高梨は優勝し、早くも2勝目をマーク。この勢いに乗ってノルウェーのオスロで開催された世界選手権に初出場。残念ながら優勝は逃しましたが、それでも6位に入賞。ジャンプ界の新たなスターとして注目されるようになりました。

続く2011/12シーズン、高梨にとって最大のトピックとなったのはスキージャンプ・ワールドカップ。第3戦目で2位に入り、早くも初の表彰台を経験すると、第11戦目では日本人女子選手としては史上初の優勝を飾りました。これらの素晴らしい成績からシーズン通算でも個人総合で3位入賞という大記録を成し遂げました。

まさかのメダル逸。初のオリンピックで予想外の苦戦

弱冠15歳にしてワールドカップ総合3位に入賞し、注目を集める存在となった高梨沙羅。高校進学時にどんな進路を選択するかも注目を集めましたが、「海外遠征時に英語を喋れた方が精神的に余裕ができる」という理由から北海道旭川市にあるグレースマウンテンインターナショナルスクールへ進学。自身の競技人生にプラスになる選択をしました。

そんな心境の変化もあったためか、2012/13シーズンの高梨は絶好調。ワールドカップでは11月のリレハンメル大会で優勝したのを皮切りに連戦連勝。シリーズ14戦目の時点で8勝を挙げて、残り2戦を残したところで個人総合優勝を決めるという圧倒的な強さを見せました。

ちなみに日本人選手のスキージャンプ・ワールドカップ個人総合優勝は史上初のことで、さらに当時16歳4ヵ月で達成したのはFISワールドカップ史上最年少記録というおまけつきでした。また、この直後に行われた世界選手権の個人ノーマルヒルで日本人初となる銀メダルを獲得し、混合団体では金メダルを受賞しています。

翌2013/14シーズンはソチオリンピックの開催もあり、高梨にますます注目が集まりました。13年の初頭に高梨もクラレと所属選手契約を結び、このシーズンから彼女はクラレの選手として競技会に出場するようになりました。

オリンピックを目前に控えたこのシーズンも高梨は絶好調で、スキージャンプ・ワールドカップでは第1戦~4戦目まで4連勝を飾り、女子ジャンプ歴代最多勝タイに付けると、第6戦目を優勝してあっさりと更新。さらに日本人勝利記録も9戦目で更新とその勢いには手が付けられなくなっていました。

これらの成績もあって、ソチオリンピックでは金メダルの大本命と目されていましたが、女子ノーマルヒルで彼女はまさかの4位に。金メダルどころか表彰台まで逃すというまさかの事態に追い込まれました。

これだけ強かった高梨が突如崩れた最大の理由として挙げられるのが風。スキージャンプは追い風が吹いた時は記録が伸びづらいのですが、高梨が飛んだジャンプの時はいずれも追い風が吹いていて不利なコンディション。そんな不運にもめげず17歳の高梨は「実力が足りなかった」とコメントし、精神面の強さを見せました。

歴代最多勝記録を樹立。華麗なるキャリアはまだまだ続く

©Getty Images

ソチオリンピックは残念な結果に終わった高梨沙羅ですが、その敗戦をバネにしてさらに飛躍していきます。オリンピック直後にはスキージャンプ・ワールドカップ二度目の総合優勝を飾り、さらに翌シーズンも総合2位にランクイン。2014/15シーズンは総合2位に終わり、惜しくも3連覇はなりませんでしたが、次のシーズンには再び総合優勝を果たし、覇権をすぐに奪い返します。

2016/17シーズンは高梨に大記録が迫っていました。それはスキージャンプ・ワールドカップ歴代最多勝記録。この時点で通算44勝を挙げ、このシーズンの成績次第では更新するのではと噂されていましたが、高梨の実力は当初の期待をはるかに上回るペースで優勝回数を重ね、第18戦目の韓国・平昌大会で歴代最多タイの53勝目に並びました。もちろん、このシーズンもスキージャンプ・ワールドカップ総合優勝を飾っています。

2017/18シーズンは記録更新が期待される高梨、今後の飛躍に注目しましょう。

VictorySportsNews編集部

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