「存在自体が特別だと思います。打撃もそうですけど、野球に対する取り組みもそう。雰囲気が引き締まる」

 そう筒香の存在感を表現したのは、DeNA・三浦大輔監督(50)だ。日米通算230本塁打、1115安打、710打点。圧巻の数字だけでなく、米国で思うような結果が出なくともマイナーリーグや独立リーグで地道にプレーし、「毎日が生きるか死ぬか、勝負の勝負々だった」と筒香自身も述懐するほどの苦しみの中で夢に描いていたメジャーでの成功を追い続けた、その強靭なメンタルと野球への真摯な取り組みを続けてきた姿勢は、全てが生きた教材として若手の中心選手が多いチームに好影響を与えると、指揮官は考えている。もちろん、筒香がいたか、いないかだけで、試合の勝敗は決まるものではない。ただ、単なるイメージだけでなく、勝敗という明確な数字にも、存在の大きさが表れているのは事実だ。

 DeNAは4月16日、筒香との契約合意を発表。4月18日には横浜スタジアムの客席を無料開放する異例の形で公開入団会見を実施した。背番号はかつてと同じ「25」に決まり、ベイスターズの象徴ともいうべきスラッガーが5年ぶりに横浜へ戻ってきた。

 2軍での調整を経て、5月6日に1軍に昇格。3万3284人が詰めかけた横浜スタジアムでのヤクルト戦に「6番・左翼」で先発出場すると、衝撃の復帰戦を演じる。まず七回に左中間フェンスを直撃する二塁打を放ち、復帰後初安打をマーク。2点を追う八回二死一、二塁の第4打席では、エスパーダの初球を捉え、右中間席へ劇的な逆転3ランを放った。この日は世界スーパーバンタム級王座統一戦で井上尚弥がルイス・ネリを倒し、日本選手初の4団体防衛に成功した日。それでも、サンケイスポーツが翌日の朝刊1面で筒香を扱ったほど、インパクト十分の活躍だった。

 開幕から筒香が登録される前日の5月5日までのチーム成績は14勝15敗1分けと、乗り切れていなかったDeNA。しかし、ここから筒香は5月だけで4本塁打を放ち、チームはその全試合で勝利。まさに“筒香ブースト”が発動した形だった。5月6日の登録から7月4日まで、筒香が1軍にいた期間のチーム成績は23勝19敗。シーズンの貯金を3とし、首位広島に2ゲーム差の2位につけ、勢いに乗り始めた。しかし、ここでアクシデントが起こる。7月4日の練習で左脇腹に違和感を生じ、左肋骨の疲労骨折が判明。1軍登録を抹消されたのだ。

 これに呼応するように、チームは低迷期に入る。筒香が復帰する8月17日の前日までの成績は12勝19敗1分け。7月20日から8月2日には泥沼の9連敗を喫し、借金4で首位広島に8.5ゲーム差の4位に転落した。

 では、筒香が1軍に復帰した8月17日からここまでの成績はどうなったか。これが、面白いことに17勝11敗1分けと、明らかに復調を果たしているのだ。8月25日から9月5日には6連勝も記録した。まだ脇腹の状態が万全ではないのか、桑原将志(31)、梶原昂希(25)ら外野陣の好調も重なり、復帰後のスタメンは2試合だけ。6本塁打を放った5、6月と比較しても試合での存在感は薄く、8月は8試合の出場で打率.200(5打数1安打)、0本塁打、2打点、9月は打率.100(10打数1安打)、1本塁打、2打点にとどまり、その打棒でチームを牽引しているとは言い難い。

 日本復帰時に激しい争奪戦を繰り広げた巨人のある球団幹部は「あの時、筒香を獲得できなくて良かったかもしれない」ともらす。筒香獲りに“失敗”した巨人は、エリエ・ヘルナンデス外野手(29)を緊急補強。ヘルナンデスは8月に左手首を骨折して離脱するまでに56試合に出場し、打率.294(221打数65安打)、8本塁打、30打点と好成績を残した。負傷離脱後は、7月に補強したココ・モンテス外野手(27)もリーグ優勝に向けてチームに貢献。ともに、筒香を獲得できていれば居なかったかもしれない助っ人だけに、確かに“怪我の功名”があったのは否定できない。

 ただ、筒香の存在価値は個人成績だけではないのは冒頭の三浦監督の言葉通り。9月20日の阪神戦(横浜)では99日ぶりの本塁打となる2ランを放ってチームを57日ぶりの3位浮上に導き、最終版まで続く広島との激しいクライマックスシリーズ進出に向けた争いで大きな1勝をもたらした。鮮烈な日本復帰1号からここまで今季7本の本塁打を放った全7試合でチームは勝利を飾った。

 確かに筒香が、2019年までのようなかつての輝きを見せれば、優勝が見える位置にいたかもしれない。しかし、ここぞの場面で価値ある勝利をチームにもたらしているだけでなく、その存在がチームを活気づけているのは事実。8月17日の巨人戦(横浜)では筒香が右肘付近に死球を受けると、タイラー・オースティン内野手(33)が激高。「筒香がチームメート。彼のことはサポートする」とベンチを飛び出し、乱闘未遂の騒ぎも起こった。外国人選手を含めて、誰からもリスペクトされていることが、こんなワンシーンにも伺える。

 今季もDeNAは“野球の質”で上位の巨人、阪神との差が明確になる場面が多かった。9月26日の巨人戦(横浜)では、一回1死満塁からの坂本の投ゴロで本塁封殺後に捕手の伊藤が一塁悪送球で併殺を取れずに、続く岸田に2点打を許した。二回2死一、三塁では岡本和と長野に重盗を許して追加点を奪われ、結局4-12で完敗。優勝の可能性が完全に消滅し、現在の12球団で最長となる26年連続V逸が決まった。勝利を引き寄せるのはプレーの細部。こうした意識の高さは、キャンプに始まり、何年もかけて培っていく必要がある。

 球団としても、今季は楽天で走塁コーチを務めた佐竹学氏を1軍走塁アナリストとしてチームに加え、昨季最少だった盗塁数をリーグ2位(61)にまで引き上げるなど、改革に乗り出している。筒香の加入も、まさにその一環で、選手としての能力だけでなく、貪欲に勝利を追求し、独自の感性でプレーの細部にもこだわる姿勢を高く評価し、チームへの好影響に期待するからこそ、3年契約で年俸3億円(3年目は変動制)という大型契約を結んだ。シーズン最初から筒香がチームにいる来季は、そうした意識の高さがさらにチームに浸透することが期待される。

 2月のキャンプスタートから参加できる来季は成績面での向上も期待できる。今季は52試合に出場し、打率.199(141打数28安打)、7本塁打、22打点、OPS(出塁率+長打率)は.722。確かに復帰1年目の数字は物足りないものに終わり、年俸3億円分の働きはしていないといえるだろう。ただ、長打率.433は50試合以上に出場した選手ではオースティンの.599、牧秀悟内野手(25)の.500、宮崎敏郎内野手(35)の.440に次ぐチーム4位の数字で、打席数に対する本塁打率もオースティン(18打席に1本)には及ばないものの、牧とほぼ同率の23打席に1本。能力の片鱗は示している。

 プロで頭角を現すまで時間がかかり、米国の野球にアジャストしきれないなど元来器用ではない筒香にとって、シーズン途中の日本復帰には難しい面もあったはずで、5月の好調時にも「状態は最悪」と口にしていたほどだ。実際に159打席で三振が49と3分の1を占め、日本の投手の「間」に苦しんだ様子もうかがえる。骨折による離脱も痛かった。とはいえ、まだ32歳と老け込む年齢ではない。来季以降、グラウンド上での存在感が確実に高まるといえるだけのバックグラウンドはある。

 一過性の助っ人戦略とは違う次元で、筒香の加入はDeNAにとって大きな価値を持ち得るもの。その一端が、冒頭で触れた筒香がベンチ入りした際の高勝率に他ならない。「逃した魚は大きかった」。そうライバル球団が悔しがるだけの活躍を筒香は求められており、それが現実になった時、DeNAの悲願達成も現実味を帯びる。



【2024/10/1訂正】記事初出時、冒頭の勝敗の数字情報において誤りがございました。お詫びして訂正いたします。

筒香選手の価値を紐解く(ベイスターズ公式HPより)

VictorySportsNews編集部