際立つ重大性に危機感

 北青鵬を巡っては、初場所の途中休場が不可解との臆測が出て、一部週刊誌が暴行などの問題を取り上げた。事態が大きく動いたのが2月21日。相撲協会のコンプライアンス委員会が開かれ、師弟が両国国技館に呼び出された。2日後の協会理事会で協議し、宮城野親方は問題を知りながら協会に報告しなかったなどとして委員から年寄への2階級降格と3カ月の20%報酬減額の処分が決まった。加えて、師匠としての素養、自覚が著しく欠如しているとの裁定で、差し当たって春場所は伊勢ケ浜一門で宮城野部屋の師匠代行を任命することを決定した。

 そして、春場所後の対応について珍しい文言が目についた。4月以降は部屋を伊勢ケ浜一門の預かりとして宮城野親方には親方としての教育を施すことを検討する方針になったが、その主体が「伊勢ケ浜一門と協会執行部」となった。従来の相撲界では、不祥事などで部屋の扱いを議論する際には一義的に、一門へ任せるパターンでよく行われてきた。

 宮城野親方は現役時代、史上最多の優勝45回を樹立した傍ら、優勝インタビューの最後に観客とともに三本締めをするなどの問題行動で3度の処分を受けた。知名度抜群で将来的に親方としても角界をけん引する可能性もあるとされてきた。それだけに、北青鵬の愚行は言うに及ばず、親方の不十分な対応は事の重大性を際立たせてしまった。ある協会幹部はこう説明した。「一門へ丸投げする形ではなく、協会が関わって対処していくということ。しっかりと危機感を持ってやっていかないといけない」。執行部、つまり八角理事長(元横綱北勝海)をはじめとする在勤の幹部たちが直接関与しながら、立て直しについて協議する異例の態勢。事態の切実さがうかがえる。

 宮城野親方は2月11日に新設の女子相撲大会「ドリームガールズ杯」開催に協力し、翌12日には14度目となった少年相撲の国際親善大会「白鵬杯」を開いた。競技普及やファン層拡大に努めた同じ月に残念な結果になった。処分を通告された2月23日の理事会。出席者によると、発言を促された同親方は「ありません」と答え、理事会メンバーからまず謝罪の意を表すようにたしなめられる一幕もあったという。出直しには、さまざまな意識改革が必要だろう。

世代交代とそれぞれの旅立ち

 本筋の土俵に目を向けると、過渡期の進行が感じられる番付となった。1年前は横綱と大関がそれぞれ照ノ富士、貴景勝の一人ずつという寂しさ。おまけに両者の休場で、途中から昭和以降初の横綱、大関陣不在だった。今年は1横綱4大関と華やかになった。世代交代が待望されてきた状況で、徐々に波が来て大関が3人増。次はいよいよ、新横綱誕生が望まれる段階で、八角理事長も「そろそろ、新しい横綱が欲しいところだ」と希望を示す。

 中でも注目を集めるのが新大関琴ノ若。189㌢、172㌔の体格を生かして前に出る取り口は力強くなっており、初優勝を目指す。ただ、気になるデータがある。新大関で賜杯を抱くのは難しく、直近でも2006年夏場所の白鵬までさかのぼらなければならない。

 要因の一つとして、昇進によって祝賀会をはじめとするイベントが目白押しになり、稽古不足になりがちな傾向になることが挙げられる。琴ノ若も初場所後は行事に引っ張りだこ。3月4、5日の二所ノ関一門連合稽古を経ていかに万全で初日に臨めるかが鍵になる。

 次に、昨年の春場所で初制覇を果たした大関霧島に好成績が期待される。昨年九州場所で2度目の優勝。先場所で初の綱とりに失敗した。しかもチャンスを迎えながら14日目と千秋楽に2連敗する悔しい終わり方だった。最高位への再出発となるが、今場所は一つの節目だ。師匠の陸奥親方(元大関霧島)が4月に65歳の定年を迎えるため、陸奥部屋所属として最後の場所。部屋と自身にとって〝有終の美〟を狙う。

 所属する時津風一門の関係者によると、霧島は陸奥親方や少数の力士、複数の協会員とともに、元横綱鶴竜が師匠を務める音羽山部屋に移る方向。その他の力士や部屋付き親方らは、一門内の複数の部屋に分かれて転籍する流れとなっている。これは言ってみれば、師匠間における〝世代交代〟。定年後も参与として協会に残れるが、部屋持ちの師匠にはなれない。音羽山親方は昨年12月に独立したばかり。2022年以降だけでも元大関豪栄道が師匠の武隈部屋、元関脇安美錦が率いる安治川部屋などが創設され、今年はさらに若手親方で独立の動きがある見通し。若き師匠同士の切磋琢磨という視点もますます興味深くなる。

独自分析の奏功と縁深い2人

 場所前から一つのトピックとなったのが、相撲列車の廃止だった。地方場所に乗り込むときに相撲協会が新幹線を手配して集団で移動。力士たちが降車して駅の階段を歩く場面が各メディアで流れ、その地にとっては年に1度の大相撲到来へ雰囲気醸成の一助となっていた。相撲列車がなくなることで盛り上がりに影響が出ないかと懸念の声が上がっていた。

 少なくとも今年に関しては杞憂に終わりそうだ。2月10日にチケットの一般販売が開始されると、数日後には売り切れの状態になった。もともと大阪は相撲熱が高い。熱心な後援者を指す角界の隠語「タニマチ」は大阪の地名に由来し、大阪市に隣接する堺市の大浜相撲場は〝アマチュア相撲の聖地〟として知られている。

 さらに春場所先発事務所を中心とした施策も奏功している。例えば、関係者によると、チケットがよく売れそうなエリアを独自に分析し、当該場所で炊き出しなど触れ合いの場を設けて積極的にアピール。先発事務所関係者は手応えを口にする。「昔からお相撲さんが街中を歩くこと自体が場所開催のいい宣伝にもなっていたが、新型コロナウイルス禍によってできなくなった。いろいろ試行錯誤しながら策を練り、大相撲が来ますよ、ということを少しでもPRできればいいなと思ってやってきた」。

 大阪という土地柄も絡み、ことさら活躍を見込まれそうな力士が平幕にもいる。西前頭筆頭の朝乃山は2020年春場所後に大関に昇進。不祥事で6場所出場停止となった後で番付を戻してきた。所属する高砂部屋の歴代師匠には、優勝5度のうち4度を春場所で成
し遂げ「大阪太郎」の異名を取った元横綱朝潮がいる。また、高砂部屋宿舎は現在でも唯一、タニマチの語源となった大阪市中央区の谷町エリアに構えられるなど縁が深い。入幕2場所目の大器、西前頭5枚目の大の里にとっては、プロとして初めて春場所の土俵に立つ。日体大1年時には大浜相撲場で行われた全国学生選手権の個人戦を制し、1年生として29年ぶりの学生横綱。アマチュア時代から大阪で躍動していた。

 役力士たちに加え、この2人が白星を重ねていけば、優勝争いががぜん熱を帯びていくことは必至だ。宮城野部屋や宮城野親方の処遇という場所後の懸案事項を抱えながらも、土俵では群雄割拠の白熱した闘いが予想される。


高村収

1973年生まれ、山口県出身。1996年から共同通信のスポーツ記者として、大相撲やゴルフ、五輪競技などを中心に取材。2015年にデスクとなり、より幅広くスポーツ報道に従事