ワン・ベイシン(王北星)について

名前 ワン・ベイシン(王北星)
生年月日 1985年3月10日
中国
出身 黒龍江省ハルビン
プロフィール 2005年スピードスケート世界距離別選手権女子500メートルで銀メダル。2006年20歳で出場したトリノ五輪は500メートルで7位、1000メートルで29位。2007年長春冬季アジア大会500メートルと1000メートルで2冠を達成、100メートルは銀メダル。世界距離別選手権は500メートルで銀メダル。2008年世界距離別選手権500メートルで銀メダル。2009年世界スプリント選手権で金メダルを獲得、世界距離別選手権は500メートルで銀メダル。2010年バンクーバー五輪500メートルで銅メダルを獲得、1000メートルは24位。2011年世界距離別選手権500メートルで銅メダル、アスタナ・アルマトイ冬季アジア大会500メートルで銀メダル。172センチ、61キロ。

パワフルなスケートで注目を集める

後のバンクーバーオリンピック銅メダリストであるワン・ベイシン(王北星)が生まれたのは中国のハルビンという街。冬の寒さが厳しいことで知られる街で、1月の平均気温はなんとマイナス18.6℃という超極寒。一方で非常に乾燥しているために雪が降らず、氷の街という異名を持っています。

そのため、ウインタースポーツが非常に盛んで、中でもハルビンの子供たちが楽しんでいるのはスケート競技。ワンも幼少期からスケートに打ち込み、そのスキルを高めていきました。

生まれながらにして運動神経の良かったワンはすぐにスケートでも才能を開花させ、氷の上では男の子相手でも誰よりも速く滑ることができました。そんなワンが表舞台に立ったのは18歳になった2003年。この年に行われた中国選手権大会のスピードスケートに出場したワンは見事に優勝し、中国国内で話題に上るようになります。

ワンの快進撃はこの1年だけではなく、2年後の05年にはドイツのインツェルという街で行われた世界距離別スピードスケート選手権大会に出場。世界戦でデビューを飾ったワンですが、この大会の500mでワンは世界の強豪相手に全く引けを取らず、なんと銀メダルを獲得。この年で20歳になる若きスケーターに世界中が注目するようになりました。

ジェニー・ウォルフとのライバル関係

世界戦でもワン・ベイシン(王北星)は活躍を見せたことで、一気に中国内で人気選手の仲間入りを果たします。折しも翌06年にはイタリアのトリノでオリンピックが開かれるため、ワンは代表入りすることがほぼ当確。これもまた彼女の人気に火をつけた一因と言えるでしょう。

そして迎えたトリノオリンピックイヤーの06年、ワンは当然のように女子スピードスケート選手の代表に選出されます。これまでの成績からメダルが期待されましたが、残念ながらワンの成績は女子500mで7位、そして1000mでは29位とメダルに届きませんでした。世界の厚い壁に泣いたとはいえ、当時まだ20歳。次回のバンクーバーオリンピックにも期待がもたれ、さらにこの後に行われるあらゆる国際大会でも国の期待を背負って滑ることになります。

ワンにリベンジの機会がやってきたのは長春で行われた07年の冬季アジア大会でした。この大会でワンは500mと1000mに出場して見事に二冠を達成(100mは銀メダル)。地元中国での快挙達成なだけにその盛り上がりは普段の選手以上でした。そして返す刀で世界距離別選手権に出場して、500mで銀メダルを獲得します。

ちなみにワンを破って金メダリストに輝いたのはドイツのジェニー・ウォルフ。当時の女子500mの最強選手として知られ、ワンは世界で戦うにはウォルフの壁を超えないとならなくなりました。

バンクーバー五輪で念願のメダルゲットも

ワン・ベイシン(王北星)にとって明確なライバルとなったジェニー・ウォルフ。その壁はあまりに厚く、08年もワンは世界距離別選手権女子500mでウォルフと対決しますが、そこでもウォルフが優勝し、ワンは2位。続く09年の世界距離別選手権も同じ結果に終わり、ワンにとってウォルフは目の上のたん瘤ともいうべき存在になっていきます。

しかし、ウォルフに一矢報いる形になったのが、モスクワでこの年に行われた世界スプリント選手権。スプリントの部門で出場したワンはウォルフに先着して見事に優勝。国際大会で自身初の金メダルを獲得しました。翌10年に迫ったバンクーバーオリンピックでも活躍が期待され、24歳で迎える今度こそ、メダル獲得に向けて期待が高まりました。

迎えたオリンピックイヤーの2010年。ワンはバンクーバーオリンピックの中国選手代表として選出されると得意の500mと1000mに出場。この500m戦には当然ながら最大のライバルであるウォルフの姿もありました。

予選を順調に勝ち抜いていったワンは決勝の切符を掴み、いざ女王のウォルフに挑む臨戦態勢が整いました。そして迎えた決勝戦。ワンは好スタートを切って抜け出すとウォルフに並びかけます。ウォルフも長年2位に甘んじているワンの闘志を嗅ぎ取り、マッチレースに持ち込もうとしますが…直前の世界スプリント選手権で優勝したばかりの韓国の新鋭、イ・サンファ(李相花)が抜け出して二人に先着。ウォルフは銀メダル、そしてワンは惜しくも3位で銅メダル。

ウォルフに先着することはありませんでしたが、ワンはオリンピックで見事にメダルを獲得。トリノオリンピックのリベンジを見事に果たしました。

ソチオリンピックでは不発。復活を信じてトレーニングを積む

オリンピックが終わると引退する選手も多いのですが、この年の3月で25歳になったばかりのワン・ベイシン(王北星)は協議を続行。翌11年にドイツのインツェルで行われた世界距離別選手権では3位に入って銅メダル、そしてカザフスタンで行われたアジア冬季大会でも銀メダルとタイトルを積み重ねていきました。

しかし、28歳で迎えた14年のソチオリンピックは思うような成績が残せずにメダルを取り逃し、現在もまた復活をかけてトレーニングの日々を送っています。

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