ハビエル・フェルナンデスについて

名前 ハビエル・フェルナンデス・ロペス
生年月日 1991年4月15日
スペイン
出身 スペイン・マドリード
プロフィール 6歳でフィギュアスケートを始める。2009-10年シーズンにスペイン選手権で初優勝し、バンクーバー五輪に出場(14位)。2010-11年シーズンは世界選手権10位、欧州選手権9位。2012年シーズンはスペイン選手権優勝、世界選手権9位、欧州選手権6位、ISUグランプリ(GP)シリーズ・ファイナル3位。2012-13年シーズンはスペイン選手権で2連覇を達成したほか、世界選手権で銅メダルを獲得、欧州選手権で初優勝を果たす。173センチ。

ニコライ・モロゾフに見初められてアメリカへ

ハビエル・フェルナンデスが生まれ育ったのはスペインのマドリード。サッカーやバスケットボール、そして自転車競技などで知られる土地柄でさほどウインタースポーツ大国と言うわけではありませんでしたが、フェルナンデスは6歳からスケートを始めました。その影響には姉のラウラがいたといいますが、いずれにしてもこれがフェルナンデスのスケートのキッカケになり間もなくその才能を開花させていきました。

スペインは決してフィギュアスケートが盛んな国と言うわけではなく、マイナースポーツの域を出ませんでしたが、その分フェルナンデスのような若い選手でも台頭しやすい環境が整っていました。年齢的にジュニアクラスの大会しか出られなかったフェルナンデスですが、スペイン国内のジュニア大会は総なめにします。この頃のシニアクラスの男子選手が少ないことも手伝って、フェルナンデスがジュニアクラスで記録するスコアはシニアクラスよりもはるかに高い得点となることもしばしばありました。

フェルナンデスの運命が変わったと言われているのが2008年、当時17歳だったフェルナンデスの才能を見抜いたのがニコライ・モロゾフです。彼が主催するサマーキャンプに参加したフェルナンデスを見たモロゾフはアメリカでのトレーニングを提案します。この話を受けたフェルナンデスはモロゾフに師事するためにアメリカへと渡りました。

ブライアン・オーサーに師事して本格化

ニコライ・モロゾフに見いだされたハビエル・フェルナンデスにその成果が表れたのは翌2009-10シーズンのことでした。18歳で出場したスペイン選手権で初出場ながら完成度の高いジャンプを連発するという圧倒的なパフォーマンスで優勝します。この活躍があって、フェルナンデスはバンクーバーオリンピックの男子フィギュアスケートの代表選手の座を手に入れました。

しかし、この頃からモロゾフは自身の拠点を出身地であるロシアにスライドします。そのためフェルナンデスの練習拠点もアメリカからモスクワ、ラトビア、果てはイタリアなど世界各地のスケートリンクに数か月単位で転々とすることになったため、安住の地が見つからず疲弊する毎日を送ることになってしまいました。これが影響したかは定かではありませんが、バンクーバーオリンピックでも14位とあまり振るわない成績に終わりました。

これをキッカケにフェルナンデスはコーチをモロゾフからブライアン・オーサーに変更しました。熱心な指導に定評のあるオーサーにスイッチしたことで、フェルナンデスの成績は飛躍的に向上します。

2011-12シーズン、フェルナンデスはスケートカナダで2位につけてグランプリシリーズで自身初となる表彰台を経験し、ロステレコム杯でも2位に入ったことでスペイン人としては史上初となるグランプリファイナルへの出場を果たします。ここでも華麗なジャンプを武器に3位に入る大活躍を収めました。ところが、欧州選手権ではメダルも期待される中でジャンプミスが続いて6位に終わり、続く世界選手権でもフリーでのスタミナ切れが目立ち、9位に終わるなど、荒削りな面を見せてしまいました。

スコア向上のためにはもってこいながら、失敗すると取り返しがつかない諸刃の剣とも言えるジャンプを練習し、さらにスタミナ面でも強化を図った2012-13シーズン、フェルナンデスの努力が実ります。前年2位だったスケートカナダを優勝し、スペイン人として史上初となるグランプリシリーズの優勝を飾り、グランプリファイナルに出場しました。

そのグランプリファイナルでは4位ながら、3位のパトリック・チャンとはわずか0.04点差という接戦に持ち込みました。その後挑んだ欧州選手権ではショートプログラム2位からフリーで逆転して優勝。スペイン人史上初の欧州王者に君臨しました。

さらに世界選手権でもフェルナンデスのジャンプは効果的に決まり、総合3位入りこの時獲得した銅メダルもスペイン人としては史上初の快挙でした。

惜しくもメダルを逃したソチ五輪

ハビエル・フェルナンデスの勢いは2013-14シーズンも止まりませんでした。グランプリファイナルへの出場こそ逃しましたが、スペイン選手権の3連覇、そして欧州選手権を連覇を達成。この活躍があったからこそ、2回目のオリンピックとなる、ソチオリンピックへの出場も決めました。

オリンピックでのメダル獲得に意欲を燃やしたフェルナンデスですが、ショートプログラムで3位に入る好スタートを切りましたが、フリーでは総合4位に後退。3位の選手とは1.18点差と言うわずかの差でメダルを逃してしまいました。しかし、その後に行われた世界選手権では2年連続の銅メダルを獲得しました。

空前絶後の欧州選手権5連覇達成

オリンピックでのメダルを惜しくも逃したハビエル・フェルナンデスですが、2014-15シーズンも好調で、地元スペインで行われたグランプリファイナルではフリーで華麗な演技を見せて銀メダルを獲得します。さらに欧州選手権でアレクサンドル・ファデーエフ以来26年ぶりとなる3連覇を達成。さらに世界選手権も金メダルを獲得。スペイン人としては史上初となる偉業をまた一つ達成しました。

その後、フェルナンデスは日本の羽生結弦らとしのぎを削りつつも上昇し、欧州選手権では空前絶後の大記録とも言える5連覇を達成。18年開催の平昌オリンピックに向けて虎視眈々とトレーニングを続けています。

VICTORYアスリート名鑑

著者プロフィール VICTORYアスリート名鑑

VICTORYアスリート名鑑編集部のアカウントです。