1つ目の原因は、天候

まずは今回の悪条件が大きく影響している。9時10分(スタート時)の天候は雨、気温5.7度。気温は10時30分(約27km通過時)で4.7度、11時15分(ゴール直前時)で4.9度と推移した。

バイクで先頭集団を追いかけながらペースメーカーに指示を与えていた早野忠昭レースディレクターは、「スタート時よりも寒くなり、手先、足先から冷えてくるのを感じました」とレース後に話している。男子エリートの部は出走108人中、24人が途中棄権した。前回は14人がサブ10を達成したが、今回はわずか4人。リタイアの多さと、上位勢のタイムがレースの過酷さを物語っているだろう。

選手、スタッフは天気予報をしっかりと確認している。冷たい雨になり、気温がさほど上がらないことは予想していても、「気温が下がる」ことは想定していなかったはずだ。ペースが落ちるとエネルギー消費量も落ちるため、身体が冷えやすくなる。その結果、終盤にペースダウンした選手たちは寒さで動かなくなり、それがタイムにも影響した。

フィニッシュ後の選手たちは、あまりの〝寒さ〟にカラダを震わせていた。上位選手で例外だったのは、終盤までペースを保ち、8位(2時間11分05秒)に食い込んだ神野大地(セルソース)くらい。15位(2時間14分52秒)に終わった中村は低体温症で病院に運ばれ、16位(2時間15分07秒)まで転落した佐藤は、手が震えてスープを持つことができないほどの状態だった。

「前半は体力もあったので寒さはさほど気になりませんでした。でも後半は体力を奪われて、身体も冷えてきて。最後の方は頭もまわらないような状況でした」と佐藤は語っている。途中棄権した大迫も体調不良のためレース後は取材に応じることができず、大会事務局を通して、「スタート地点から寒くなって、身体が動かなくなり棄権せざるを得ない状況でした」というコメントを残した。

一方の堀尾は、特別な寒さ対策をしていたわけではないが、「(中央大学グラウンドのある)八王子の朝は氷点下ですし、風の強い河川敷で練習をしてきたので、寒さには耐性があるなと思っていました」と悪天候をポジティブにとらえていた。

マラソンは自然との戦いでもある。昨年4月のボストンマラソンでも寒さを味方につけた川内優輝(埼玉県庁)が優勝をさらっており、堀尾も「MGCを獲得するには、天候が良くない方がチャンスはある」と思っていた。

2つ目は、レースへの目的意識

今回はMGC(マラソングラウンドチャンピオンシップ)の出場資格を持っていたかどうかで、レースの〝目的意識〟が二極化していた。すでにMGCの出場権を持つ大迫、中村、佐藤の3名は第1集団に食らいつき、「世界」にチャレンジした。その他の有力選手は第2集団でレースを進めて、「MGG」の権利をつかむことにプライオリティが置かれていたからだ。

第1集団が予定よりも少し速い展開になったことも、日本勢の結果に影響した。当初の予定はキロ2分57~58秒ペース。「気温が低いときは2分58秒に設定したかった」(早野レースディレクター)というが、実際は10kmを29分09秒、中間点を1時間2分02秒で通過した。早野レースディレクターの思惑よりも、1kmあたり2~3秒速かった。

設楽悠太(Honda)が2時間6分11秒の日本記録(当時)をマークした前年のペースと比較しても、10kmで28秒、中間点で41秒速い。そのダメージが寒さと重なり、終盤の失速を大きくしたと考えられる。レースは水物で、特に外国人のペースメーカーをキロ1秒単位でコントロールするのは非常に難しい。トップ集団で臨んだ日本勢にとっては、運がなかったともいえるだろう。

キャリアを考えれば、大迫、中村、佐藤の3名は初マラソンの堀尾に力負けする可能性は低かったが、別次元のレースをしたことで、自滅するかたちになった。では、他の有力選手はどうか。堀尾がペースを上げたときに、無理に勝負をするのではなく、MGCを確保するための〝計算〟が働いていたことも関係しているだろう。

最後に、純粋に堀尾が強かった

最後の理由は純粋に堀尾が強かったことにある。2時間10分21秒というタイムは、昨年の鈴木健吾(当時・神奈川大学)に並ぶ、学生歴代6位タイ。気象条件を考慮すれば、2時間8分台相当のパフォーマンスだったと考えてもいい。単なるラッキーボーイではない。

堀尾の本格的なマラソン練習は都道府県駅伝が終わってからの約2週間。40km走を2本行うなど、短期集中型で仕上げてきた。2時間8分12秒の学生記録を持つ中央大学・藤原正和駅伝監督は、「直前の練習は明らかに当時の僕よりもできていましたし、天候が良ければ2時間10分はいけるかなという感触でした」と教え子の〝実力〟を見ていた。

本人は、「5000mで学生日本人トップ(13分33秒51)の記録を出せて、箱根2区であれだけの走りができた。スピードもついたので、マラソンで生かせるんじゃないかと思っていました。目標はサブ10に置いていましたが、出場メンバーを考えると、MGCはワンチャンかなと思っていたので、とれたことに驚いています」と話している。

東京マラソンで一躍注目を集めた堀尾は、この春、トヨタ自動車に入社予定。今後はMGCに向けて、服部勇馬らと本格的なマラソン練習に入っていく。「優しいことで後輩に慕われる」キャラクターだが、レースになると攻めの走りをするタイプ。中央大学のエースから日本マラソン界のエースに羽ばたけるか。

(C)共同通信

酒井政人

元箱根駅伝ランナーのスポーツライター。国内外の陸上競技・ランニングを幅広く執筆中。著書に『箱根駅伝ノート』『新・箱根駅伝 5区短縮で変わる勢力図』『東京五輪マラソンで日本がメダルを取るために必要なこと』など。