文=長谷川雅治

社会の成熟の過程から生まれた新ブランド

 ブランド立ち上げからわずか3年で、サッカータイ代表チームのユニフォームサプライヤーまで上り詰めた新興のスポーツアパレルがある。名前はワリックス(WARRIX)。日本の読者にとっては若干マニアックな話になるが、これまでタイのスポーツウェアといえば、FBT(1952年創業)とグランドスポーツ(1961年創業)という2大ブランドが寡占しており、実質最も日本人が多い都市といわれるバンコクや、東南アジアに住む日本人サッカープレーヤーにとっても、この2つがおなじみとなっている。

 1974年生まれ、現在43歳の社長、ウィサン・ワナサクスリサクル氏は、タイ旧来のやり方を踏襲しない製品クオリティーとマーケティング戦略でこの勝負に挑んでいる。1980年代後半から高度経済成長を迎えたタイは、すでに消費の中心となる富裕層・中間層が国民の60パーセントにおよび、約5年後にはシンガポールとともに、東南アジアで最も早く高齢社会に突入する成熟した国だ。周辺新興国のような大きな経済格差は解消されており、余暇に費やす時間と所得が生まれている。近年隆盛をみせるタイサッカーリーグにおいては、週末ともなれば飛行機を乗り継いでアウェイの試合に駆けつけるサポーターたちのユニフォーム姿をあちこちで目にすることができる。

 ウィサン氏とワリックスは、このような社会の成熟の過程から生まれた。

狙いはコピー商品とオーセンティックの間の市場

©Masaharu Hasegawa(Institute for Future Asian Football)

 ウィサン氏は、大の親日家である。学生時代に京都に住んだ経験もあり、北は北海道から南は九州まで、日本全国を旅して回った。大阪と京都の府境にある山に登って、熊を食べさせてもらったこともあるという。自社製品のプロモーション映像に和太鼓のパフォーマンスを取り入れるなど、日本文化に興味と尊敬の念を抱いており、世界トップクラスである日本のスポーツブランドのように高品質で、かつタイ国民に提供できる割安な商品を作りたい、という夢を持つ。

「アパレルブランドは14年前から経営しています。インターナショナルスクールの制服や、企業のユニフォーム、プレミアム贈答品などの専門で、スポーツウェアに関しては全く行っていませんでした。ここ最近、世界的に不況といわれる中で、ご存知の通りタイのサッカー界には投資が集中しており、スポーツウェアはまだマーケットの拡大が見込めるというビジネス的な側面と、スポーツを通じてタイの社会に貢献できるという2つの側面から参入を決め、そこからワリックスを立ち上げて4年目になります」

 現在は社員数が約500名の大企業に成長し、1部上場を目指している。急成長の秘訣をたずねた。

「まず10年間のアパレル業の経験の中から、生かせるものだけを抽出してスポーツに転用しました。また、私はバイヤーとして世界各国に赴いていましたが、日々向上する海外のスポーツアパレルブランドも参考にして、それらの中からタイでできること、できないことを振り分けていって、導き出した答えに沿って、試行錯誤を繰り返しています」

 その秘訣の一つである、プロダクトの設定について説明をしてくれた。

「これまでタイの市場には、選択肢がありませんでした。本物と偽物。本物はコピー品が出回るため、品質はあまり向上しないものの、一般人には手の届かない価格に維持されていて、それに合わせて安いコピーが作られるという循環です。タイのコピー品市場は、約1,500万人という大きなものとなりました。ブランドのイメージとしては、決して低価格をウリにするのではなく、このコピー商品とオーセンティックの間の市場に、手の届く価格で高品質な商品を提供するのです。そうすれば、タイのスポーツウェアのクオリティーは飛躍的に向上します。」

2カ月間で1年分の投資額を回収

©Getty Images

 そうしてわずか3年というスピードで市場を席巻するなか、タイ代表チームをサプライするチャンスが訪れる。2016年にタイサッカー協会の組織変更に伴って、ユニフォームサプライヤーについても見直しがあり、9月16日に新サプライヤーとしての契約発表がなされた。

「タイ代表のユニフォームサプライに関しては、4〜5年後にできれば、と漠然と考えていました。しかし急遽サプライヤー参入のチャンスが出てきて、ワリックスも将来的に1部上場を目指していますので、ここは思いきった投資をしよう、と決断しました。スポーツの清廉なイメージを汚すことがないように、正々堂々と戦略で勝負です。タイ代表のユニフォームの売り上げを、これまでの2倍にしてみせます」

 タイサッカー協会に対するサプライヤーとしての協賛契約は、1億バーツ(約3億2千万円)×複数年。サッカー、フットサル、ビーチサッカーのトップからアンダーまで、男女の代表全カテゴリーが含まれており、選手にはユニフォーム一式を、タイサッカー協会が主催または主管する大会には、オフィシャルやメディアが使用するエキップメント類を提供する。ワールドカップに出場するサッカー先進国と比較しても、決して見劣りしない金額である。彼は勝負に勝つことができるだろうか?

 ワリックスはまず、390バーツ(約1,250円)の廉価版ユニフォームを市場に投入した。廉価版とはいっても、コピー品とは比べ物にならないほど品質とデザイン性に優れたものだ。そして、これらの製品をコピー品が並ぶ屋台ではなく、ECサイトやコンビニエンスストアを通じて流通させた。

 このユニフォームは、新契約が履行される新年1月5日から販売を開始。この頃ちょうどバンコクにおいてフットサルの東南アジア選手権が行われており、ワリックスの新ユニフォームを着たフットサルタイ代表が優勝、多くのファンがユニフォームを手に入れた。ワリックスは2月の終わりまでに30万枚の売り上げを見込むが、これが順調に推移すれば2カ月間で1年分の投資額を回収できることになる。

 ワリックスのサッカータイ代表としてのデビューは、3月28日に埼玉スタジアムで行われる、FIFAワールドカップアジア2次予選のアウェイ、対日本代表との試合となる。ウィサン氏が親しんだ日本で行われるその試合に合わせ、ワリックスは3月1日から、最も自信を持つ中価格帯、890バーツ(約2,800円)のユニフォームを市場に投入する。

 埼玉スタジアムの試合では、白のセカンドユニフォームで臨む予定だという。これまでタイ代表のユニフォームは、ファーストが青、セカンドが赤であったが、現在のタイ王国の発展に尽力し、昨年10月に逝去されたプミポン・アドゥンヤデート前国王への哀悼の意を表し、ファーストを黒、セカンドを白に変更した。

「黒白のユニフォームは、喪服なのです。タイ代表のユニフォームには、私たちタイ人にしかわからない、国王への想いを込めました。ちょうど心臓の位置にくる左胸のエンブレムの裏には、“トー サティット ナイ ドゥオンジャイ”という刺繍を施しています。(敬愛なる亡き国王は)私たちの心の中にいます、という意味です。ちゃんと、FIFAの確認は取っていますよ」

 これほどまでにこだわりのあるユニフォームは、タイ代表選手の大きな力になるであろう。日本代表もこれに敬意を表して立ち向かうことをお勧めする。

 ウィサン氏はワールドマーケットでも通用するブランドへの昇華を図るため、すでに日本市場への展開を決めている。日本を良く知る彼は、日本人の仕事の細やかさ、厳しさを信頼しており、それがワリックスを育ててくれると考えているのだ。最後に日本のファンに向けてメッセージをもらった。

「全く新たなブランドとして日本に進出いたしますが、どうぞよろしくお願いします。まずはフットサルから、日本のチームをお手伝いさせていただきます。より高品質なものを手頃な価格で提供できるように邁進していくとともに、より良い製品を作り続けていきたいと思います。今後とも末永くお付き合いいただければ幸いです」


長谷川雅治(アジアサッカー研究所)

JOC公式フォトエージェンシー、スポーツマーケティング専門プロダクションにて勤務。大手広告代理店とともに、モータースポーツとサッカーを中心とした様々な課題解決に取り組んだ。2007年からFリーグ(日本フットサルリーグ)の立ち上げに広報として参画し、広報戦略の立案・実施ほかプロモーショナルな視点から競技、クラブマネジメントの向上に従事。2014年よりフリーランスとなり東南アジアに活動拠点を移す。日本サッカー協会スポーツマネージャーライセンス保有。