契約期間は2030年12月31日までの5年間。金額は非公表だが国内最大規模になるとみられている。大手マスメディアの報道では「MUFGスタジアム」という新名称となる命名権(ネーミングライツ)の部分に特にフォーカスが当たったが、見逃せないのが、それはあくまで契約カテゴリの一つであり、“命名権ビジネス”の枠組には収まらない大きな計画であるということ。競技場のフィールドで行われた事業戦略発表でJNSEの竹内晃治社長は「伝統と格式を残しながら新たなスタートを切りたい」と意欲的に話し、MUFGの取締役代表執行役社長グループCEO・亀澤宏規氏も「名前の問題だけでなく、新しい価値をつくり社会貢献につなげたい」と言葉に力を込めた。
三菱UFJフィナンシャル・グループ取締役 代表執行役社長 グループCEO 亀澤宏規 2021年東京五輪・パラリンピックに向けて建て替えられた国立競技場は、今年4月に株式会社NTTドコモ、前田建設工業株式会社、SMFLみらいパートナーズ株式会社、公益社団法人日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)の4社を構成企業とするJNSEによる民間運営に移行した。JNSEは2056年3月末までの運営権対価として日本スポーツ振興センターに528億円を支払うことになっており、今回のトップパートナー契約は黒字運営を続けていく上での大きな基盤になるものであるのは確かだ。
一方で、単に企業名をスタジアムに冠することによる宣伝効果のみが契約の目的ではなく、「人々との希望と感動が交差する場」として国立競技場の在り方を再定義するべく、JNSEとMUFGが手を組んだところに重要なポイントがある。「多様なイベントの誘致」「社会課題解決に向けた共創」「収益の社会還元」といった民間運営のメリットを最大限に活用し、目指すは競技の場としての利用にとどまらない「未来型スタジアム」への進化。そのためのプロジェクト群を「KOKURITSU NEXT(コクリツ・ネクスト)」と名付け、スポーツ、文化、教育、環境、観光、地域創生など、さまざまな領域を横断する複数の取り組みを展開していくという。
そうなると気になるのが、具体的に国立競技場が「MUFGスタジアム」になってどう変わるのかという部分だ。JNSEの竹内社長は「国立競技場は『日本のスポーツの聖地』であると同時に、音楽・エンターテイメント業界にとっても『憧れの舞台』。私たちは、この輝かしい伝統と歴史を守りながら、さらに発展させていきたい」と話せば、MUFG代表執行役専務グループCSO兼グループCSuOの高瀬英明氏も「唯一無二のこの場所に来ていただけるようなフレームワークをつくっていきたい」と方針を説明する。
ジャパンナショナルスタジアム・エンターテイメント 代表取締役社長 竹内晃治 まず、目指すのが稼働率の向上による安定した運営基盤の構築だ。サッカーや陸上、ラグビーなど競技場としての利用に加え、音楽ライブなどのエンタメ分野、スポーツを通じた次世代の育成や地域交流、さらには企業教育など、多様な興行・イベントを誘致。年間120日以上の稼働、260万人以上の来場を目標として設定する。
イベント・興行の発信力、訴求力をより高めるべく、ICTなどの先端設備を導入し、新たな観戦体験、非日常体験を創出する施策も強化する。JNSEの構成企業であるNTTドコモは、MUFGスタジアムのほかにも、名古屋の「IGアリーナ」、神戸の「ジーライオンアリーナ神戸」、東京・有明の「有明アリーナ」の運営に参加しており、同社の前田義晃社長は「こういったスタジアム、アリーナで同時にライブを開催すれば、10万人、20万人の規模になる。映像技術を活用した取り組みも行っていきたい」と壮大な計画を見据える。
ハードの魅力を高める施策として、ホスピタリティの拡充も進める。3階に15室あるスイートルームを48室新設し、ピッチレベルにも5室を増設することで、さまざまな用途に対応できる環境を提供。名物となる飲食の開発も検討されている。
新設スイートルームイメージ これまで、民間企業とスポーツのかかわりといえば、チームや競技団体の支援・後援といったものが多かったが、ここ最近注目されているのが「スマートベニュー」戦略だ。「スマートベニュー」とは、スポーツ施設を中心とした商業施設や公共施設などを併設した多機能複合型施設、次世代型スタジアム・アリーナを指す言葉で、地域経済の活性化、コンパクトシティ形成の“ハブ”となり得るものとして、全国各地の民間企業や自治体が続々と、この領域に参入している。
例えば、プロ野球・横浜DeNAベイスターズの本拠地「横浜スタジアム」は、横浜市などが出資する第三セクター「株式会社横浜スタジアム」が運営していたが、これをDeNAが2015年11月に友好的TOB(株式公開買い付け)により取得。長年悩まされていた球場使用料の負担がなくなるとともに、スタンドの拡充など施設の改修、名物となる飲食の展開、球団オリジナルビールの販売など、観戦環境の価値を高める施策を主導できるようになり、これら先駆的な取り組みにより、今や野球界屈指の人気を誇るスタジアムへと変貌を遂げた。球団の黒字化だけでなく、その賑わいは周辺地域にも波及。隣接する旧横浜市庁舎街区にはオフィス・商業施設・ホテルが一体となった施設「BASEGATE横浜関内」も来年3月にオープンする予定で、まさに街づくりの拠点としてスタジアムが機能しているモデルケースとなっている。
北海道日本ハムファイターズは、北海道北広島市に本拠地「エスコンフィールドHOKKAIDO」を核とした「北海道ボールパークFビレッジ」を開業。ホテルや体験型施設など魅力的な施設を併設することで試合日以外の集客も実現し、新しい街づくりの形として全国的な注目を集めている。ジャパネットグループが運営する長崎県長崎市の「長崎スタジアムシティ」も好例。国や自治体が保有施設の運営を委託する形も含めて、民間企業ならではの発想、ビジネス感覚を活かしたスマートベニュー戦略は、一つの大きなトレンドになっている。
JNSE 事業戦略発表会にて その舞台としてナショナルスタジアム以上の価値、規模を持つものはなかなかないだろう。MUFGとのトップパートナー契約が実現したのも、民間に運営が移行されたからこそ。JNSEは「MUFGスタジアム」を国内最大規模のスマートベニュー戦略の最重要拠点と位置づけ、都市・地域・企業・市民をつなぐ“ハブ”として機能させることをロードマップの根幹に定めている。
今回の記者会見では、誘致イベント多様化の例として地域の小中学校の運動会や、ランイベントの開催なども提案され、一部記者からは「世界トップレベルのナショナルスタジアムを掲げる上で、少しスケールが小さいのでは」との質問も飛んだ。しかし、JNSEの竹内社長は「地域の方との連携は小さなことではなく、非常に大切なこと。スタジアムのある街として、どう社会課題と向き合うか、考えていくことが大切なんです」と強調。「しっかりと稼働率を上げ、周りの住人の方たちが『今日も何かやっているな』と思うような原風景になること。それこそが共創スタジアムだと思っています」と続けた。
横浜スタジアムの例でも、DeNAは地域の商店街に足を運び、「コミュニティボールパーク化構想」と名付けた地域活性化の計画を丁寧に説明。地域に根差した小さな努力の積み重ねが、大きな成果へと結実し、今や日本を代表する「スタジアムのある街」として認知されるようになった。小学生の卒業記念サッカー大会「MUFGカップ」を開催したり、ラグビー・リーグワンのプリンシパルパートナーに就任したのを機にラグビー教室や試合観戦を体験できる地域交流イベント「MUFG ONE PARK」を始めたりと、地道な社会貢献活動に取り組むMUFGとJNSEのタッグで、地域の声を反映したスタジアムの活用アイデアを具現化していく意向だ。
現状MUFGスタジアムの周辺は、美しく整備され、都心とは思えないほど広々とした景色が広がる一方で、イベント開催時を除く人流、賑わいの面ではまだ伸びしろを感じさせる。景観を保護する風致地区では原則的に制限されるイベント広告など、スタジアム内外をつなぎ、賑わいを創出する取り組みも自治体や地域の理解を得ながら進行中。改修が計画される神宮球場や秩父宮ラグビー場、さらに東京体育館に将棋会館まで隣接する環境を、JNSEビジネスデザイン部の田中洋市部長は「スポーツ、音楽、文化の発信拠点になり得るポテンシャルを持つ地域」と表現し、「スタジアムと地域が密接に絡み、一つのイベントに終わらない街の賑わいを生み出せれば」と近未来図を描く。
また、今回のMUFGのトップパートナー契約が、「ナショナルスタジアムパートナー」の「第1号」と公式発表されている点も見逃せないところだ。今後もオフィシャルパートナーとして数社が加わる見込みで、スイートルームや入場ゲートなど競技場の構成物に対するネーミングライツも検討されているという。国立競技場の公共性を守りながら、パートナー同士の知見やアセットを掛け合わせ、活動を加速させていく。
「スタジアムを起点に、スポーツ、音楽、文化、そして地域を結び付け、循環させる『社会の心臓』としての役割を果たし、スポーツの熱狂と文化の感動を社会全体で共有できる姿を実現してまいります」とJNSEの竹内社長。過去に例がない規模で展開されるナショナルスタジアムを核とした地域活性化、社会価値創造の取り組みに大きな注目が集まる。