ハローキティが浮かび上がらせたもの

 ロンドン公演は、2013年のジャカルタ巡業以来、久々の海外興行となった。巡業とは違い、招待を受けて開催する「公演」としては、2005年の米ラスベガス以来。昨今の大相撲人気を引き継ぎ、格調あるロイヤル・アルバート・ホールでの5日間興行はチケット売り切れで大盛況だった。

 力士たちは土俵の内外で現地を魅了した。そんな中、これまでの海外興行では見かけなかったような、かわいらしいキャラクターが彩りを添えた。サンリオの「ハローキティ」。現地で横綱豊昇龍と記者会見したり、大の里も交えて両横綱とロンドン市内を散策したりして、SNSなどに光景がアップされた。最終日には優勝した豊昇龍に大きなハローキティのぬいぐるみが贈られた。これは、サンリオがロンドン公演に協賛したことによる企画。ハローキティはロンドン郊外生まれの設定で、海外を含め根強い人気を誇る。これまで大相撲に興味がなかった層でも、世界中のハローキティのファンがSNSなどを目にして新たな関心を掘り起こす期待にもつながった。

 20年ぶりの海外公演での斬新なPR。ここに組織運営の面で、相撲協会の変容が浮かび上がる。相撲界を経営学の観点から研究した2012年発売の「大相撲のマネジメント~その実力と課題~」(武藤泰明著)では当時の収入構造を分析。他の主なプロスポーツと比較して、角界の特殊性を指摘した。それによると、大相撲では入場料、放送料の収入を合計すると本場所収入の約9割にのぼり、対照的に協賛金や広告料等の収入の割合が極めて低かったという。「大相撲は協賛金に依存していないという点において、日本のトップレベルのスポーツの中で特異な存在なのである」と断言した。この構造は経営上のリスク要因が少ないことにつながっているとの論も展開された。堅調な運営は、今年で100周年を迎えられた一因ともいえる。

環境適応という伝統芸

 しかし2020年、新型コロナウイルス禍で状況が一変した。本場所の中止や無観客開催を余儀なくされ、2020年度は過去最大の約50億円の赤字が出た。八角理事長(元横綱北勝海)は「入場料とか以外でも収益を上げられるようにしないといけない」と危機感を示していた。打開策の一環が2022年に始まったオフィシャルパートナー制。協賛企業を募り、大相撲の有形無形の価値をアピールしながら協賛社の宣伝などに寄与する仕組みで、今や軌道に乗っている。もちろん運用で一番大切なのは、先人たちが築き上げてきた伝統文化。企画やイベントにおいて、目先のもの珍しさなどから伝統をおとしめるようなものを避けなければならないのは自明といえる。

 新たな施策の効果は、数字が物語っている。相撲協会の決算資料によると、パートナー制が反映されている「広告・物品販売事業収益(広告)」は2021年度に約2億6850万円だったものが、2024年度は約8億9400万円と約3・3倍と急速に伸びた。さらに2025年度の収支予算書では9億6300万円を計上とまさに右肩上がりだ。昨年の経常収益は2023年度から約13億円増え、約146億円だった。相撲協会は要因の一つに、スポンサー協賛金および広告売り上げの伸びを挙げたほどだった。時代の要請をくみ取り、推進力に変えている。

 入場料は毎場所のようにチケット完売で、好調が続く。1場所数億円とされる放送権料に関しては、関係者によると、昨年にNHKと複数年契約を締結し、当分は安泰。そして協賛金の伸びと、人気面を堅調な経営でがっちりと支えている。そうえいば上記の「大相撲のマネジメント」には次のような記述もあった。「協会のよいところは、現実に即してやり方を変えていけるという『環境適応能力』」。これも伝統的な芸当と言って差し支えないだろう。

入念なリハーサルで神事

 ロンドン公演が想起させたものが現代や将来へのベクトルならば、古式大相撲は過去に視点を向けた。平安時代の宮中行事「相撲節会(すまいのせちえ)」を再現する形で、1995年以来の実施。協会関係者によると、担当者たちは30年前の映像を見返したり、歴史に詳しい相撲博物館職員に確認したりしながら準備した。入念に打ち合わせたのが儀式的な側面。天覧相撲などで行う特別な土俵入り「御前掛かり」や両横綱による「三段構え」など、普段はしない所作を綿密に練習した。秋場所後に催された引退相撲や全日本力士選士権の際、空き時間に関取衆が相撲教習所でリハーサル。本番では滞りなく行い、神事としての大相撲をアピールした。

 当日はハイライトとして、幕内の後半10番が古式で進行された。その直前の子どもたちによる「童(わらべ)相撲」では、土俵がなかった時代を忠実に再現。寄り切りや押し出しなど、土俵から出す技は封印され、3番とも投げ技で勝負が決まった。節目で披露された雅楽、舞楽は平安時代の雰囲気を醸し出し、荘厳な空気に包んだ。

 古式大相撲の実施には大きく二つの成果が考えられる。一つは対外的なもので、歴史的な側面をファンらに広く紹介できたことだ。当日はチケットが完売。開場前から国技館前には列ができるほどで、注目度の高さをうかがわせた。もう一つが内向きの要素。ある相撲協会幹部は次のように評した。「力士たちにとっても良かったと思う。特に若い人たちは最近、イベントとかでバラエティー的な面が強調されているけど、こうした歴史もあるんだということを感じれば、今後にいい影響が出てくるんじゃないかな」と分析。大の里もこう実感を込めた。「相撲というものはすごいなと思った。本当にいい経験ができた」。横綱としての自覚がさらに強まった様子だった。

人気下支えの試行錯誤

 流れを受け、九州場所(11月9日初日・福岡国際センター)も活況が必至だ。チケットは9月の前売り開始日に15日間分が完売した。相撲協会によると、この現象は〝若貴ブーム〟の最中だった1995年以来30年ぶり。昨年、28年ぶりの完売に至ったのは11月だったため、人気の深化と捉えられる。実は予兆があった。九州場所担当のある親方は春ごろから個人的にチケットの問い合わせを受けていた。「やばいくらいだった。去年までは直接自分のところにチケットの依頼が来ることはなかったのに、春場所の時から聞かれ始めた。自分に言われても手配できるとは限らないし、たくさん頼まれ過ぎて、誰が何日目かこんがらがるほどだった」と苦笑した。

 九州場所の浅香山担当部長(元大関魁皇)は、こう意欲を語った。「担当の親方と、みんなと一緒に九州場所をしっかり盛り上げて、少しでもお客さんに楽しんでいただけるような場所にしたい」。相撲の中心は力士による土俵。さらに場所の成功には親方衆の努力はもちろん、それを下支えしている人たちの奮闘も見逃せない。例えば、今年から会場がIGアリーナに移った7月の名古屋場所。ある相撲協会スタッフは場所中盤にこう明かした。「今場所の前半は、新しい会場での運営をしっかりやって軌道に乗せることが最優先だった。後半は来年以降を意識しての運営にもなる。出店の位置とか、スペースの使い方とか、来場者の動線とか、どこをどう直していくべきかを考えながらやっていく」。他の場所を含め、不断の試行錯誤を生かしている。

 ロンドン公演後にも新たなリリースがあった。明星食品が相撲協会とオフィシャルスポンサー契約を結び、カップやふたに力士がデザインされたカップ麺を新発売するとの内容だった。大きな興行を通し、大相撲の源流から現代、将来像を示した10月。その余韻を残しながら一年納めの本場所を迎える。


高村収

著者プロフィール 高村収

1973年生まれ、山口県出身。1996年から共同通信のスポーツ記者として、大相撲やゴルフ、五輪競技などを中心に取材。2015年にデスクとなり、より幅広くスポーツ報道に従事