【前編】なぜ日本スポーツでは間違ったフィジカル知識が蔓延するのか?

「サッカーが日本の子どもをダメにする」の真意

――小俣さんは以前「サッカーが日本の子どもをダメにする」ということをFacebookでお書きになっていました。この発言の真意を教えてください。

小俣 前編でも申し上げたとおり、現在は競技の低年齢化が起こっています。それでサッカースクールに行くと、子どもができるサッカーしか教えないわけですね。これも前編で申し上げましたが、運動と体育とスポーツの意味は異なります。その文脈でいうと、低年齢からサッカー“だけ”をやることが、身体運動として適切かどうかを考える必要があります。
 
現に、サッカーしかできない子が出てきているわけですから。いま私が教室で経験しているのですが、小学生でサッカーやってる子は腕立て伏せもできないし、腕立て伏せの姿勢すら保てないんです。腕が震えて、尻がたれてしまう。
 
――そんなに極端な状況があるんですね。
 
小俣 これは、サッカー教室やクラブの特性もあります。例えば練習時間が60分として、その中ですべてのサッカーのスキル練習をやらなければいけませんから、フィジカルや基礎的運動をやっている暇がないんです。さらに、ボールを使わない練習をしてしまうと、ビジネスとして成り立たない。そして子どもがいやがる事は絶対やらない。「ボールを使って楽しませようとする」のがサッカースクールです。
 
一人一個ボールが用意されているわけで、その時点で奪い合いが起きません。強く蹴る事も要求されないですし、リフティングとボール操作性のトレーニングしかやれない。結果どうなるかというと、これは自分の担当しているクラスの話ですが、小学校5年生の子がいて体も大きいんですが、腕が蚊トンボのように細い。握力も、10kgしかないんです。

――握力10kgというと、7歳児ぐらいのレベルですね。

小俣 それに、走る時に腕が振れないですね。手をカマキリみたいな形にさせてしまう。腕立て伏せをきっちりさせれば、一年も経てばしっかりと腕が振れるようになり、走るフォームも変わってきます。
 
これは極端な例ではありません。こういう子どもは、たくさんいます。サッカーはあくまで一例にすぎず、野球もそうなのですが、単一競技しかやらないと体力や運動能力が低下してしまうということです。特にサッカーは上半身を使わないまま行くので、中学レベルになると体の当たりが入ってふっとばされる。そうして当たりが強くない子はイヤになって辞めてしまい、身体の大きな子だけが残ってしまうのです。

リオ五輪選手より、高校球児のほうが大きい

――小学校4年生位になると急激に競技人口が減るのは、フィジカル勝負でいやになった子がやめてしまうからなのでしょうか。
 
小俣 それもあると思います。実際、リオ出場選手(各国の集計)の身体形態データをみると、特に日本代表選手は身体が小さく参加国内で下から二番目でした.
 
ショックなのは、その年の夏の甲子園に出場した強豪校の球児の方が全然大きいことです。ある意味、高校球児がサッカー日本代表になれば、身体の大きさではアジアの平均より上に行くんですね。
 
競技の選抜を行なうとき、最も重要なのは身体データなんです。競技ごとに適した身体形態があります。身長や体重、体型など、その中でも身長が重要で、次にその競技にあった体型。体型が決まれば、体重が決まります。そもそも、日本サッカーは世界基準に達していない。これから身長がいきなり10センチ伸びるか? と言ったらそうではないですよね。だから、野球に流れていく子どもを引っ張っていくしかありません。
 
本来日本で身長が180センチを超える子は全体の1%ほどです。しかし、甲子園に行けば200人くらいゴロゴロいる。彼らが全員サッカーをやれば、フィジカルの基本的な問題はクリアーできます。
 
特定のスポーツをやる事で、子どもの体力が偏ってしまうのです。特にサッカーは下半身しか使わないので、辞めたらサッカーしかできない子ができる。特に、野球なんかできない。ボールを投げられない、捕れない。しかし、野球を辞めた子は他の競技もできる可能性は高いと思います。野球の中には、様々な運動が含まれています。子どもにとって野球は運動と言う面ではいいスポーツです。投げて捕って、打って、走って。
 
そもそも、投げるという行為はヒトにしかありません。サッカーの子は、ボールを投げることが下手、さらにスポーツの基本姿勢とも言えるパワーポジションを作れない、踏ん張る、言い換えると下っ腹に力を入れることができない、そうなるとスクワットやランジなどができないため高強度のフィジカルトレーニングができないという悪循環になります。子どもの頃からサッカーしかしていないので、腰を入れる動作が出来ない。腹圧をかけることを子どもの頃からやっていないので、プロになっていざとなるとできないんです。
 
スポーツだけだと、スポーツに特化したスキルしか身に付きません。なおかつ、スポーツは習い事になってしまっています。本来、スポーツは好き勝手やるものなのに、習った事しかできなくなる。今の子どもたちは応用しようにも応用する場所がないんですね。1週間に何回かスポーツを習いにいっても、そのスポーツだけが上手になるだけ。横の繋がりが生まれないのです。自分で運動体験をしなければならないんですが、高校生になっていざ気がついても遅いんです。

日本のフィジカルトレーニングの問題点

――改めて、日本のフィジカルトレーニングにおける問題点を伺えますでしょうか。

小俣 強化システムを作る中で、どのような戦略に基づいて、どのようなチームの完成モデルにするのかが定まっていないことですね。
 
Jリーグの場合、あるクラブはスペイン型、あるクラブはドイツ型だったりします。例えば日本サッカーをドイツ型にするのであれば、Jリーグのクラブ全てがドイツ型にしなければいけません。しかし、ドイツ人は自分たちのサッカーをドイツ型なんていわないでしょう。スペインはスペインでパスサッカー。でも、日本はバラバラです。
 
さらに、誰を目標、言い換えるとトップモデルにするのかを考えなければいけません。キューバ野球の場合、リナレスという「英雄」と称される選手がいて、彼がトップモデルです。彼が何歳の時にどれくらいの能力があったのか、すべて数値化されている。例えば12歳の子どもがリナレスライン(数値化されたデータ)のどの辺にいるのかが分かれば、何が足りて何が足りないのかが分かる。日本に、そういうものはありません。
 
――リナレス選手がモデル化され、数値化されているんですね!
 
小俣 そういう形でモデルがあれば、みんながだいたい同じ事をやって育ってくればいいわけです。サッカーは他競技から見たり、一般的には育成が成功しているように見えますが、全くそんな事はないように思います。どちらかといえば、野球の方が結果的にうまくいっていると思います。甲子園で勝つ為の野球を行なっているので、どの学校も大体似た戦術で、その戦術に適合した身体形態体力が要求され、結果として一定の基準で選ばれたかのような選手が集まり、それがプロ野球につながるわけです。
 
モントリオールオリンピックで金メダルを獲得した全日本女子バレーボールチームのメンバーの多くが当時監督であった山田監督が率いた実業団チームのメンバーが主力だったり、日本のソフトボールも、宇津木監督が指揮する実業団チームのメンバーの多くが、そのまま代表です。しかしサッカーの場合、4年ごとにコロコロ変わってしまう。日本で育成ディレクターと言われる人は「日本のここが駄目、ドイツ、スペインのあそこがいい」としか言いません。その中身を全然言わない。ドイツが良いわけでも、スペインが良いわけでもありません。まずは「これが日本人のモデルだ」という選手を、モデル化し、その選手の身体形態体力、スキルなどを数値化することが必要だと思います。

――興味深いお話をありがとうございました。小俣さんには、引き続き多くの知見を伺えればと思います。今後ともよろしくお願いいたします。

<了>

【前編】なぜ日本スポーツでは間違ったフィジカル知識が蔓延するのか?

VictorySportsNews編集部