水谷隼について
名前 | 水谷隼(ミズタニ ジュン) |
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生年月日 | 1989年6月9日 |
国 | 日本 |
出身 | 静岡県磐田市 |
プロフィール | 5歳の頃に卓球経験がある父親が代表を務めていた豊田町卓球スポーツ少年団に入団し、卓球を始める。小学校1年生の時に出場した全日本卓球選手権大会バンビの部で準優勝。青森山田中学校2年生の時に出場した2004年全日本卓球選手権ジュニアの部で男子史上最年少で優勝するなどの実績を上げた。翌年4月には当時男子史上最年少で日本代表に選出された。
青森山田高校進学後の2006年には全日本卓球選手権で男子シングルス、ダブルス、ジュニアをすべて制し、3冠を達成。2005年〜2010年の全日本卓球選手権では男子シングルス史上初5連覇を成し遂げている。 初めて出場した2008年北京オリンピックでは男子団体5位入賞。 2016年リオデジャネイロオリンピックで日本人初の個人種目で銅メダル、そして男子団体でも銀メダルを獲得した。 世界卓球選手権でも男子団体・ダブルスで計7つメダルを獲得しており、日本卓球界のエース。 青森山田中学・高校、明治大学政経学部、浙商銀行(中国スーパーリーグ)、UMMC(ロシア・プレミアリーグ)、ガスプロム(ロシア・プレミアリーグ)、木下グループホールディングス。左利き、172㎝63㎏。 主な実績 2008年 北京オリンピック男子シングルス3回戦敗退、男子団体5位入賞。世界卓球選手権大会広州男子団体銅メダル 2009年 世界卓球選手権大会横浜男子ダブルス銅メダル 2010年 世界卓球選手権大会モスクワ男子団体銅メダル 2012年 世界卓球選手権大会ドルトムント男子団体銅メダル 2013年 世界卓球選手権大会パリ男子ダブルス銅メダル 2014年 世界卓球選手権大会東京男子団体銅メダル 2016年 世界卓球選手権大会クアラルンプール男子団体銀メダル。リオデジャネイロオリンピック男子シングルス銅メダル、男子団体銀メダル。 |
抜群の運動神経を生かして最年少記録を総ナメのジュニア時代
5歳の頃、卓球経験のある父・信雄が代表を務める豊田町卓球スポーツ少年団に1期生として入団し卓球を始めます。
小学校1年生で出場した1995年の全日本卓球選手権大会では、バンビの部(小学校2年生以下)で準優勝の成績を収め、鮮烈デビュー。本格的に競技に取り組み、翌年には見事優勝を果たします。その後も各年代別の部で優勝を果たし、順調にステップアップしていきました。
抜群な運動神経を生かし、当初の右利きから、有利だと言われている左利きのシェークハンドに変えたのも小学生の頃で、現在の柔らかいボールタッチを生かしたプレースタイルの基礎を築きました。
恵まれた環境で才能開花!史上最年少で日本代表に選出される
2001年3月に磐田北小学校卒業、その後は卓球に専念できる環境を確保するために青森山田中学校へと転校し、中学2年生だった2004年1月に行われた全日本卓球選手権ジュニアの部において、男子史上最年少記録で優勝を成し遂げるなど才能の片鱗を見せ、2005年4月には当時史上最年少での日本代表に選出されます。
代表選出後にもアテネオリンピック5位の荘智淵(台湾)や銀メダリストの王皓(中国)を破るなど、当時の活躍は目覚ましいものがありました。
青森山田高校に進学した2006年には、全日本卓球選手権に出場し、男子シングルス、ダブルス、ジュニアをすべて制し、3冠を達成。17歳7ヶ月での全日本卓球選手権制覇は史上最年少の快挙でした。
初出場の北京オリンピックでは団体入賞!将来を期待されるも…
2007年には明治大学経済学部に進学、初めて出場した北京オリンピックでは、団体で5位入賞の成績を残しました。オリンピック終了後には、中国スーパーリーグの浙商銀行に加入、2009年の韓国オープンでの優勝や東アジア競技大会の団体戦では世界ランキング1位の王皓を破る活躍を見せ、2010年1月に発表された世界ランキングでは自身初のトップ10入りを果たしました。
日本国内においてもその強さは圧倒的で2005〜2010年まで男子シングルス史上初となる全日本卓球選手権5連覇を達成しました。しかし、6連覇をかけた2011年大会ではフルセットの末吉村三晴に敗れ、惜しくも準優勝に終わっています。
2011年3月の明治大学卒業後はスヴェンソンと契約、さらなる飛躍が期待されていましたが、世界ランキング第5位で迎えたロンドンオリンピックは、精神的に追い込まれたことなども影響し男子シングルス4回戦敗退、男子団体準々決勝敗退というメダルも逃す結果となりました。
前回大会の反省を生かし、リオで日本男子初のメダル獲得
ロンドンオリンピックの敗退以後、2013年にはロシアプレミアリーグのUMMCと契約、邱建新コーチの指導を仰ぎ、さらなる実力強化を図りました。世界卓球選手権パリ大会での男子ダブルスでの3位入賞や、全日本卓球選手権大会3年ぶり6回目の優勝、さらにはプライベートでも2013年11月22日に高校時代の同級生と結婚、2014年には長女の出産など経験し、変化の多い時期でした。
2016年にはロシアプレミアリーグでオレンブルクを本拠地とするガスプロムに移籍。同年に行われたリオデジャネイロオリンピックでは、オリンピックのシングルスで銅メダルを獲得し、日本人初の個人種目でのメダリストになりました。その勢いはとどまることを知らず、団体戦でも男子団体初の銀メダル獲得に大きく貢献するなど、一躍時の人になりました。
2017年現在も全日本卓球選手権で4年連続9回目の優勝を達成するなど、日本卓球界のエースとして君臨しています。同年3月1日からは木下グループ所属となり、世界卓球ドイツ大会では惜しくもメダルは逃しましたが、今後もさらなる飛躍が期待されています。