名前青山加織(アオヤマカオリ)
生年月日1985年7月4日
日本
出身熊本県熊本市
プロフィール9歳から坂田信弘プロの坂田塾で本格的にゴルフを始める。

田迎南小5年の時、九州女子アマ13位で日本女子アマゴルフ選手権出場権を獲得。1997年同大会に史上最年少出場。1998年スポンサー推薦でプロゴルフツアーの再春館レディースに出場。2001年ナショナルチーム入り。同年10月日刊アマゴルフで2年ぶり2度目の優勝を果たす。

2004年、2005年九州女子アマ連覇を達成し、2006年9月プロ転向を表明。2007年は下部ツアー2勝を達成し、出場権を得た「ニチレイPGMレディース」で2位。同年9月プロテストに合格。2009年から3年連続でシード権を確保。

しかし2014年から再びシード権落ちし現在に至る。九州東海大学卒、153センチ、50キロ

スーパー小学生と称されて、プロゴルフトーナメントにも出場

青山加織は、1985年熊本県に生まれると両親の強い勧めで4歳からゴルフクラブを握りました。そして9歳になると、超スパルタ指導で有名な坂田信弘の「坂田ジュニアゴルフ塾」で本格的にスタートします。小学5年生で九州女子アマチュア13位に入り、日本女子アマチュアゴルフ選手権競技に出場、さらに6年生でスポンサー推薦を受けて、プロゴルフトーナメント・再春館レディースに出場と共に当時史上最年少という快挙を成し遂げ、スーパー小学生として大きく世間に注目されました。

託麻中学校時代の2001年には、全国中学校ゴルフ選手権で優勝し、同年ナショナルチーム入りを果たします。坂田塾の先輩でもある古閑美保と同じく東海大学付属第二高等学校へ進学すると、九州女子アマチュア選手権で初優勝を飾りました。

プロ転向年度に、レギュラーツアー2位を記録するなど好発進

2004年、地元熊本の九州東海大学(現在の東海大学)へ進学すると、1年時にサンスポ女子アマ選手権を制します。同年から九州女子アマチュアも連覇し、2006年9月にプロ転向を宣言しました。そして2007年シーズン、プロテスト合格前に早くも順調なスタートを切ります。5月のステップアップツアー「SANKYOレディースカップ」に出場すると、最終日を首位と2打差で迎えます。当日は強風のため上位陣がスコアを崩す中、青山加織はパープレーで周り、通算3アンダーで優勝を飾りました。そして、この優勝でレギュラーツアーへの出場資格も掴みます。6月の「ANA PRINCESS CUP」でもステップアップツアー2勝目を飾り、弾みをつけて7月の「ニチレイPGMレディース」に挑みました。

初日9位、2日目6位タイと、好位置で最終日を迎えます。上位には、諸見里しのぶ、佐伯 三貴、大山志保、上田桃子、馬場 ゆかりとビッグネームが並びました。最終日は、さらに接近し、首位に躍り出た大山に続く2位まで順位を上げます。しかしわずか1打差及ばず2位のままで最終ホールを終えました。それでも、堂々とした戦いぶりに一気に認知度が上がり、直後のプロテストでも見事に合格を手にします。同年は賞金も1,000万を超えて賞金ランキング62位でプロ1年目を終えました。

プロ3年目から、3年連続でシード権獲得と安定感を見せる

無事にプロゴルファーとなった青山加織は、岡本綾子プロの門下生となります。プロ2年目の2008年も、ステップアップツアー「デオデオカップ」で優勝するも、レギュラーツアーでは「プロミスレディスゴルフトーナメント」の6位が最高位で、賞金ランキングは78位と前年よりも少し下げました。

しかし、2009年は、ベスト10入りを7回達成し、賞金ランキング35位にまで上げて初のシード権を手にします。そして2010年には、ベスト10入りは4回でしたが、「ダイキンオーキッドレディスゴルフトーナメント」2位の実績が大きく、賞金ランキング34位に留まりました。翌2011年も、「中京テレビ・ブリヂストンレディスオープン」で2位に入るなど、自身最高位の賞金ランキング30位と3年連続のシード権を確保し、ツアー初優勝も時間の問題と思われました。

4度目のツアー2位を記録するも、待望の初優勝が遠い

2012年は、一転して不調に陥り、ベスト10入りを一度も実現できません。同年は、レギュラーツアー16位が最高で、賞金ランキングは61位とシード権を逃しました。翌2013年は、「ニチレイレディース」で実に4度目のツアー2位を確保し、ぎりぎりの49位でシード権を取り戻しましたが、2014年からは長い低迷期に入ります。岡本綾子に師事を仰いでいた門下生には、表純子、服部真夕、森田理香子、若林舞衣子らがいましたが、全員初優勝を飾り、レギュラーツアー未勝利は青山加織だけとなりました。

悲願の初優勝を目指し、心機一転プロ11年目のシーズンに挑む

焦る気持ちがはやり、2014年はランキング89位、2015年には103位とシード権入りの50位からはるか遠ざかりました。さらに、2016年4月には熊本地震が勃発して、自宅が被災します。とても試合に出場する状況ではなくなり、自らトラックを運転して避難所に救援物資を運ぶなど支援に努めました。こうした社会貢献活動は、日本ゴルフジャーナリスト協会から大賞を与えられ、自身もレギュラーツアーに復帰します。それでも同年は、「大東建託・いい部屋ネットレディス」の4位以外に突出した成績を収められず、賞金ランキングは71位とシード権復帰を果たせませんでした。

プロ10年間で一度も優勝することが実現できず、岡本門下生では唯一の未勝利という状態が続いています。しかし、悲願の初優勝とシード権復活に向けて、力強い味方ができました。2017年、1歳年上の一般男性と結婚し、心機一転して新シーズンを迎えています。

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