構成・文/キビタ キビオ 写真/下田直樹
右の好打者が増えてきたのは野球界にとっては大きい
──今年は鈴木誠也(広島)が急成長しました。セ・リーグには山田哲人(ヤクルト)もいます。坂本勇人(巨人)も首位打者を獲得しました。一時期、大変少なくなっていた右の好打者が、最近、また増えてきましたね。
中畑 うん。国産の右バッターで中軸を打つような選手は、ずっと出てきてほしかった。鈴木と山田と坂本は、将来的にもますます期待できる。野球界にとっては大きい存在だよ。
──中畑さんも現役時代、右の好打者でした。しかも、規定打席に到達した1980年~1988年の9年間で、打率3割を記録したシーズンが3回もあります。それと、3割に届かなかった年でも、.290台だったことが3回。安定して高打率をキープしていました。
中畑 オレは終身打率が.290だもん。ダメだったのは選手会の会長になって、交渉ごとを一生懸命やっていたときだよ。
──ああ、1986年ですよね。1985年の11月に日本プロ野球選手会が労働組合としての認可を受けて、中畑さんが初代会長に就任しましたから、その翌年だと思います。中畑さんは、1983年から1988年の間、1986年年を除いてはすべて.290以上の打率を記録していますが、この年だけ.273でした。
中畑 あの年は本当に野球をやっていないようなものだった。選手会の関係の勉強をして、交渉に一生懸命だったからなあ。
右バッターは追い込まれてからの対応が重要
──右バッターが打率を残すには、どういったことが重要になりますか?
中畑 最終的には選球眼と追い込まれてからのバッティングを身につけることだよ。追い込まれたら逆方向に打つことを意識する。そういうふうに切り替えて、自分の心をコントロールして、対応できる“間”を作れれば、そこで初めて打率3割が見えてくるだろう。それができるようになると、逆境に強い選手になれるんだ。追い込まれてからでも結果が出るようになるからね。オレ、追い込まれてからの方が打率は良かったんだ。そういうデータが出ている。
──それはすごいですね!
中畑 最近では、ヤクルトの選手がそういうタイプに近いんじゃないかな。追い込まれたら逆方向というスタイルをすべての打席で貫いている。だから、全員が3割を打っているわけではないけれど、打線として粘りがあるよ。それが、野村(克也)さんが監督だった1990年代から伝統のように根づいているところがあるな。
──なるほど。
中畑 バットマンの教育としてね。そういう形を教えていく指導力を、ヤクルトのコーチは持っているとオレは感じている。対戦相手として見ていたときも、なかなか三振してくれなかったからな。簡単に三振してくれたのはバレンティンだけ(笑)。当たると凄いけど……。
──最近のヤクルトでは、杉村繁コーチの名前がよく出てきます。
中畑 山田哲人を育てたということになっているからな。アイツのバッティングコーチとしての指導方法も優れていると思うよ。ただ、粘り強いという部分は、杉村がコーチになるよりも、もっと前からの教えだろうな。
「ゆとり世代」は怖さを知らない
──現在活躍している山田や鈴木を見ていると、最近の若い選手は多少調子が落ちてもすぐに盛り返してくる感じですよね。スランプ知らずで打ち続けている印象があります。
中畑 うーん。それはきっと、本人のなかに確固たる裏付けがあるんだろうな。一度つかんだ技術を、それほど迷わずにコンスタントに続けることができる心の強さのようなものがあるのだと思う。実は、オレの時代と比べると、心技体でいうところの“心の強さ”については、いまの連中の方があるような気がしているんだ。
──え、そうなんですか?
中畑 オレたちはハングリー精神はあったけどな。いまの選手は「ゆとり世代」などと言われているが、逆に怖さを知らないところがある。怖さを感じないから、どんなときでも前向きなんだよ。「打てなかったらどうしよう……」というのがない。みんな、長嶋さんタイプ。
──ああ(笑)!
中畑 劣勢の展開でランナーを置いて打順が回ってくると、「いや~、いい場面作ってくれてありがとうございます」みたいな感じで、全然、怖がらないんだよ。それに、失敗したとしてもクール。オレたちは「失敗したら食えない(生活に影響する)」と思っていたから、すごいプレッシャーだったんだけど……。そういう意味では、昔の「ハングリー精神」の時代と現在の「ゆとり世代」では、野球の質を含めて変わってきているところがありそうな気がする。もちろん、これはあくまでオレの個人的な持論だけどな。
──たとえば、昨年まで近くで見ていた筒香嘉智や梶谷隆幸などもそうでしたか?
中畑 筒香は人間的にもかなりしっかりしてきているよ。問題は梶谷だ。だって、アイツのプレーを見てみろよ。そりゃあ、しっかり打ったときは素晴らしい当たりだけれど、「どっちでもいいよ~」っていう空振りもよくするじゃない!? まさしく、あれがそう。本人は一生懸命やっているつもりかもしれないけど、ガムを噛みながら、あんな一見無気力そうなプレーで三振でもしてきたら、見ているファンやベンチにいる人間は、みんな納得がいかないよ!
──でも、ある意味すごいですよね。プレッシャーのかかる場面でも「えいやー!」って感じで伸び伸びスイングしています。
中畑 ダメだったら、口笛拭いてベンチに帰ってくるようなイメージだもんな。「知~らないよ、他人事だ~」みたいなさ(笑)。
──ただ、いまは世代的な話になりましたけど、他の選手はあそこまで伸び伸びとはしていないように思いますがどうでしょうか。
中畑 それはそうだ。あそこまで伸び伸びなのはカジくらいだよ(笑)。まあ、それが彼の持ち味なんだけどさ。
──DeNAの選手ではないですが、山田哲人は梶谷に近いタイプではありませんか?
中畑 いやいや、哲人は結構頭のなかでいろいろ考えている。打てなかったら悔しそうな表情を見せているからね。
「怖さを知らない」は「プレッシャーに動じない」という武器になる

──ただ、梶谷のような「怖さを知らない」というところが、プロ野球の世界では「プレッシャーに動じない」という武器になることもあるわけですよね。
中畑 そうだな。アイツらも実際には、多少は「ダメだったら……」ということを考えているようだけど、“知力”というのかな。そういうものが我々の時代とは違うものがある。逆にいうと、それがゆとり時代の“強さ”だよ。怖いものがないというのは、“強さ”に変わる可能性がある。だからスランプになりにくい。なったとしても、すぐに復調する。裏返すと、そうはできなかったオレたちは、その時代の“弱さ”だったのかもしれない。それはつまり、プレッシャーに対する“弱さ”であり、スランプに入りやすいという“弱さ”。きっと、そういう要素があったのだろう。いまの選手を見ていると、「スランプってどういうこと?」、「苦しいってなに?」という領域に入ってきているのかな、と思うから。確かに鈴木誠也を見ていると、序盤からずーっといい状態が続いていたもんな。もちろん、それだけの技術は持っているんだよ。鈴木もボール球は振らないし。ただ、普通は一度くらい壁にぶつかるものなんだけど、鈴木にはそれがないからな。
──来年あたり、壁にぶつからないですかね?
中畑 この1年、鈴木を見ていて、「近いうちに4番になれるな」とオレが思うくらいだから、もう、そんなに大きな壁はないんじゃないか? 逆方向にもしっかり打てるし。
極度のスランプにハマったら、どう対応するかが見もの

──ひとつ気になるのは、今後、これまでとは想像もつかないようなスランプになったときに、すぐに脱出できるかどうかです。
中畑 それは、これから見守っていけばいいじゃない。もし、それほどのスランプに見舞われたら、どういうふうになっていくのかを。あるいは、イチローみたいにずっと打ち続けるのかもしれない。イチローって来年は43歳になるから、山田や鈴木とはあきらかに世代が違うけれど、彼もスランプだったことなんてなかったよ。打撃フォームは、毎年チョコチョコと変えているけどな。それは、前もってスランプになる前に自分で感じて、メジャーの野球の体質を自分の体に適応させていっているんだよ。そういった「スランプになる前に変えていく能力」というのを、山田や鈴木は持っていると、オレは思うよ。
──では、来年以降はそれを楽しみにしておくといいですかね?
中畑 そうだね。チェックポイントとしてひとつ持っておいて観戦するといいよ。ファンの人たちも、きっと面白いと思うよ。
(プロフィール)
中畑清
1954年、福島県生まれ。駒澤大学を経て1975年ドラフト3位で読売ジャイアンツに入団。「絶好調!」をトレードマークとするムードメーカーとして活躍し、安定した打率と勝負強い打撃を誇る三塁手、一塁手として長年主軸を務めた。引退後は解説者、コーチを務め、2012年には横浜DeNAベイスターズの監督に就任。低迷するチームの底上げを図り、2015年前半終了時にはセ・リーグ首位に立つなど奮戦。今季から解説者に復帰した。
キビタ キビオ
1971年、東京都生まれ。30歳を越えてから転職し、ライター&編集者として『野球小僧』(現『野球太郎』)の編集部員を長年勤め、選手のプレーをストップウオッチで計測して考察する「炎のストップウオッチャー」を連載。現在はフリーとして、雑誌の取材原稿から書籍構成、『球辞苑』(NHK-BS)ほかメディア出演など幅広く活動している。