プロ17年目、34歳の栗原健太におとずれた感覚の変化
「30歳を超えてから、キャンプ中に『体のこのへんが張ってくるな』という感覚が少なくなってきたんです。同じメニューをやっていても、なんか“ここ”、張らんな』と。それまでは、いい体の使い方をしていればいい“張り”が出てきたのが、それがなくなってきた。体が思うようにうまく使えていないということだと思うんです」
今春の久米島キャンプ序盤、栗原健太はこんなことを漏らしていた。今季でプロ17年目、34歳としてのシーズンを、栗原は新天地・東北楽天ゴールデンイーグルスで迎えることになった。
体自体はまったく問題ない。だが、調整するなかでの感覚がどうもしっくりこない。ウエートトレーニングの方法を変えてみたり、走るメニューを増やしてみたりもした。その他にも、いいと思ったものはあらゆることを試してみた。そうしているうちに、次第に自分に課す調整メニューがどんどん増えてしまった。栗原は、「やることが多いなと感じます」と苦笑する。
右肘痛でかつての輝きを失ったスラッガー
果たして、栗原健太の打棒は復活するのか??。
かつては広島東洋カープの四番打者として、4年連続20本塁打以上をマークしたこともある。長打力ばかりがクローズアップされたが、栗原のなによりの長所は、183センチ、97キロの巨体でありながら、ボールコンタクト能力に優れていたことだ。一軍で1026試合を戦って、通算打率は.293。キャリアハイの2008年には、打率.332、23本塁打、103打点という成績を残している。
栗原の野球人生が暗転したのは2012年だ。慢性的な右肘痛を抱えていた栗原は、シーズン序盤で早々に離脱。「変形性肘関節症」と診断され、手術を受けた。だが、長いリハビリの末に復帰した後も、思うような結果が出ない。2013年5月6日に一軍登録を抹消された栗原は、以来、一軍の公式戦に出場できていない。
無意識のうちに右肘をかばってしまい、打球をしっかりと押し込めない。そんな打球が目立つようになった。そして昨季は、シーズンを通してのファーム暮らしが続く。若手に出場機会を与えるチーム方針もあり、ウエスタン・リーグでの実戦機会はわずか30試合、45打席に限られた。しかも、打率.132、1本塁打、2打点という目を覆うような結果しか残せなかった。
昨季終盤、栗原は球団から現役を引退するか、大幅減俸を受け入れて残留するか、他球団への移籍を模索する自由契約になるか、選択を迫られた。広島球団としても、功労者に最大限の恩情をかけたうえでの提案だったに違いない。
勝負のキャンプでアピールできず……
そして、栗原は「自由契約」を選択した。16年間にわたって所属し、愛着のある広島を退団して、楽天の秋季キャンプに参加。入団テストに合格し、新しい背番号「0」を背負って、2016年シーズンに挑むことになった。
楽天は、「右の強打者」が手薄と言われている。銀次、藤田一也、後藤光尊、岡島豪郎、聖澤諒、島内宏明、伊志嶺忠……チーム内には左打ちのアベレージヒッタータイプがひしめいているが、球団史上、生え抜きの日本人打者で2桁本塁打をマークした選手はいない。その事実が、楽天の「和製大砲」の枯渇を如実に物語っている。
そこで白羽の矢が立った栗原だが、久米島キャンプから決して大きなアピールができたわけではなかった。実戦打率は3割近い数字を残していたが、「長打力」という点ではインパクトのある活躍はできなかったのだ。
キャンプで目立っていたのは、栗原と同じ一塁手の新外国人、ジャフェット・アマダーだ。体重135キロという、球界史上最重量選手として話題になったアマダーは、キャンプ中に衝撃的な飛距離の放物線を何本も場外へと放り込んでみせた。アマダーに続いて打撃ケージに入る栗原は、どうしても見劣りしてしまう。ミートの精度はまずまずでも、柵越えはおろか外野の頭を越すような打球すら少なく、打撃投手のボールにも差し込まれるような打球も目立った。そして、栗原は開幕を前にファームに落とされた。
ファームでの試合出場「0」……この数字が意味するもの
4月20日現在、楽天のファームは15勝5敗2引き分けと絶好調で、イースタン・リーグの首位を快走している。だが、栗原がどれだけの出場機会を得たかというと、なんと1試合もない。
詳しい情報筋に聞いても、故障をしたという情報は入っていないという。楽天のファームの一塁手は昨季、ブレークのきっかけをつかみかけた右の大砲・中川大志が春先から好調を保ち、中川の一軍昇格後も伊東亮大、内田靖人、榎本葵と若手がチャンスを得ている。皮肉にも、出場機会を得るために移籍したにもかかわらず、いまのところ広島時代と状況は変わっていない。
やはり、栗原健太は限界なのだろうか。
だが、それでも……キャンプ中に戻らない感覚と戦いながらも、前を向いていた栗原のあの姿が忘れられない。
「いい打球がいっているときは、体にいい“張り”が出てくる。状態が悪いと、違う部分が張ってくる。尻とか、太ももの内側にいい“張り”が出てくるといいんですけどね。これからも“張り”を追い求めて、続けていきたいですね」
栗原健太が本来の“張り”を取り戻したそのとき。クリムゾンレッドのユニフォームを身にまとったスラッガーが、大観衆の前にカムバックするに違いない。
菊地高弘
1982年、東京都生まれ。雑誌『野球小僧』『野球太郎』編集部勤務を経てフリーランスに。野球部研究家「菊地選手」としても活動し、著書に『野球部あるある』シリーズ(集英社/既刊3巻)がある。