初の開幕戦で見せた成長
花巻東高校時代に甲子園でスターとなり、鳴り物入りでプロ入りしてから7年。2009年ドラフト会議で6球団競合の末に西武に入団した菊池雄星は今季、ようやく金の卵を孵化させようとしていた。
そんな矢先、突然の登録抹消が発表されたのは6月23日だ。右脇腹を痛め、すでに1カ月以上戦線から離脱している。この間、プライベートでは結婚を発表した。まもなく一軍復帰が見込まれる左腕にとって、今季の残りをどう終えるかは、野球人生において極めて重要な意味を持っている。
6月に25歳を迎えた菊池は今季、正念場のシーズンを迎えた。プロ入りしてから飛躍し切れない左腕に対し、首脳陣による期待はなにより開幕投手への抜擢に表れている。その意図を十分に理解して臨んだ菊池は、初めて臨んだオープニングゲームでこれまでとは違う姿を見せた。
オリックス打線に6回110球を投げて被安打7、2失点。数字だけを振り返ると、及第点をつけられるくらいだろうか。だが試合後、潮崎哲也ヘッド兼投手コーチは高い評価を与えている。
「今日はめちゃくちゃ良かったよ。2点取られたけど、不運な当たりとかがあってのことだから。初めての開幕でもっとグチャグチャになるかなという感じも予想していたけど、素晴らしい立ち上がりをしてくれて、ひとつ大きくなったと思う。これから期待できそうだね。一皮むけて、大きくなるかもわからない」
昨季までの菊池はピンチで踏ん張れない姿が目に付いた一方、今季開幕戦では走者を背負ってから粘りの投球を見せた。それが4回だ。無死満塁からボグセビックに甘く入ったボールを2点タイムリーとされたものの、すぐに切り替えて三者連続アウトで追加点を許さない。チームはそんな菊池の意気込みを受け取り、9回裏にサヨナラ勝ちを飾っている。
正捕手・炭谷が送ったある助言
「調子自体は良く、粘り強く投げられたと思います。次の登板はもう少し長いイニングを投げて勝てるピッチングをしたい」
開幕戦の後にそう語った菊池は今季3戦目を迎えた4月8日のロッテ戦でシーズン初勝利を手にしたものの、以降3連敗を喫する。なんとか窮状を脱出させようと、5月4日のオリックス戦を前に捕手の炭谷銀仁朗は菊池に言った。
「このまま真っすぐ、スライダーばかりだと、長いイニングを投げられない。それでは球数も多くなるし、しんどいよね。次はカーブを多めに試してみてよう。そこで新たな発見があるかもしれないから、首を振らずに試してみてほしい」
150kmを超えるストレートと鋭く曲がるスライダーを武器とする大型左腕は全球全力投球、そして三振にこだわってきた。だが、理想にとらわれすぎ、現実に目が向かないことが飛躍し切れない一因だと炭谷は見ていた。だからこそ、カーブの有効活用を提案したのだ。
5月4日のオリックス戦の前、炭谷はこう話している。
「この1失点は仕方ないけど、もう1点与えるのは我慢しないといけないという展開に、雄星は弱い。そこを我慢できるのが勝てるピッチャー。もちろん三振をとれるのが一番いいけど、全部が全部とれるわけではない。あいつには考え方をもう少し柔らかく持ってもらわないと。シーズン最初はそれができていたけど、負けが先行して余裕がなくなっているのかもしれません」
いわゆる“入れ込みすぎ”になりやすかった菊池だが、カーブを投げはじめたことで変わっていく。弓状の弧を描きながら沈むボールはストレートと30km以上の球速差があり、そのコンビネーションは打者にとって極めて厄介だ。
さらに、この遅球は菊池自身のピッチングにもプラスの効果を与えている。
「カーブは身体とボールの回転がイコールになるので、一番ごまかしが効かないと思います。つまり、横振りだと横に抜けちゃうんです。そういう意味では単にカーブを投げるだけではなく、スライダーや真っすぐの投げ方も修正できるので、凄くいいプラスの作用があると感じます」
カーブによるプラス効果
5月4日のオリックス戦で4試合ぶりの勝利を手にすると、同12日の楽天戦では好投が報われずに敗戦投手となったが、以降4連勝を飾っている。この間、菊池にさらなる進化が見えた。カーブをさらに効果的に使うようになったのだ。
5月25日の楽天戦、6月1日のDeNA戦ともに、打者1巡目はあえてカーブの球数を抑えている。前半はストレートとスライダー中心で力勝負を挑み、中盤のピンチで三振をほしい場面にカーブを解禁し、ピンチを切り抜けてみせた。試合前、試合中に捕手の炭谷と対話を重ねることで、菊池のピッチングには大きな幅が出るようになった。
DeNA戦で今季6勝目を挙げた後、20イニング連続無失点の要因を聞かれた菊池はこう答えている。
「銀さん(炭谷)に、『そのコースに投げてはいけないと意識するだけで、実際にいく球が変わるから』という話をされてから、少しずつ考えてピッチングをしようとしています。ミーティングでもいままではスコアラーに言われて『わかりました』と返すだけだったんですけど、最近は自分の意見を言いながら話をできています」
剛に柔を加え勝てる投手へ――
なぜ、菊池は変わることができたのだろうか。もちろん、プロ入り7年目でどうにか殻を破ろうとする気持ちもあっただろう。そんな左腕にとって、直接的要因として大きかったのがカーブという球種だ。緩急をつける球を効果的に使いはじめたことで、考え方も整理されていった。
DeNA戦の後、意識が変わった理由について聞かれた菊池はこう答えている。
「たぶん、いままでは配球に興味がなかったです。困ったらストレートとしかか頭になかったので。それだけでは勝てないと今季序盤にすごく感じて、最近は銀さんと配球を話せるようになったのかなと思います」
凄い球を投げる投手から、勝てる投手へ――。持ち前の“剛”に“柔”を加えた菊池は今季、確実に変貌しつつあった。だからこそ、6月中旬の戦線離脱は至極残念だった。
今季開幕戦から13試合に登板して6勝5敗。投げている球自体は球界トップクラスのレベルにあるだけに、今季の残り登板試合で菊池に必要なのはなにより結果だ。つかみかけている飛躍へのステップをきっちりモノにするために、最低でも自身初の2桁勝利を達成することが求められる。
(著者プロフィール)
中島大輔
1979年、埼玉県生まれ。上智大学在学中からスポーツライター、編集者として活動。2005年夏、セルティックの中村俊輔を追い掛けてスコットランドに渡り4年間密着取材。帰国後は主に野球を取材し『日経産業新聞』『週刊プレイボーイ』『スポーツナビ』『ベースボールチャンネル』などに寄稿。著書に『人を育てる名監督の教え すべての組織は野球に通ず』(双葉新書)がある。