地元紙が大きな力を持つ米国メディア事情
これまで数多くの日本人先発投手が海を渡り、彼らの投球は日本で大きく取り上げられてきた。日本人先発投手たちの投球は日本では日々報道されるが、実際、米国の地ではどれだけ注目を浴びているのだろうか。よく日本の報道では、「全米中が興奮!」などといった見出しが紙面を連ねるが、実際に全米中の話題の渦にいるのか見解を述べていきたい。
米国でも、日本同様に全国で見ることができる放送局や新聞社は存在する。一方で、地元メディアもそれに劣らないほどの影響力を誇るのが特徴的だ。国内全域で入手できる新聞には、地元紙の最大手である「ニューヨーク・タイムズ」と全国紙の「USAトゥディ」、そして「ウォール・ストリートジャーナル」がある。チーム付きのメディアの多くは地元紙・局の人間が多く、全国メディアでニュースとなるのは各球団の注目度に左右される部分が多い。そこで生まれるのが、大都市を中心とする“ビッグ・マーケット”と呼ばれる街に位置する球団と、スモール・マーケットと呼ばれる街に位置する球団での“格差”だ。
投手がどの球団に所属しているかによって、全米で話題の人になるかどうかの割合も左右される。いまはソーシャルメディアなどメディアの多様性が進んでいるので、以前ほどの格差はなくなったが、多くのプロスポーツが存在し、メジャーリーグだけでも30球団あるなかで全国的なニュースとなれる投手はそう多くないというのが実情だ。
米国で報道される“先発投手像”とは?
日本のスポーツ紙でも頻繁に見る見出しに、「全米が注目!」などというフレーズがある。では、本当に全米が注目するのはどのような先発投手なのだろうか。これはおそらく日本のプロ野球で取り上げられる先発投手とさほど変わらないだろうが、魅せる投球でファンを魅了し、その発言力でも楽しませる投手が多い。そして独自のストーリーを持った者もニュースとなる場合が多く、その代表格は43歳でオールスターに選出されたニューヨーク・メッツのバートロ・コロンかもしれない。
さらには、感情を露にするタイプも多い。メジャーリーグでは、投手が奪三振のあとにガッツポーズをすることはタブーであり報復行為を誘発するのではないかと思われがちだが、必ずしもそうとは限らない。いま、メジャーリーグで感情を露にするタイプの先発投手としての代表例がマイアミ・マーリンズのホセ・フェルナンデスではないだろうか。イチローが所属するマイアミ・マーリンズのエースであるため、日本でもその存在を知る者は多いが、マウンド、そしてベンチで魅せる喜怒哀楽は多くのファンを釘付けにしている。
全国的に取り上げられる先発投手では、現在メジャートップの実績を誇り、魅せる投球をするロサンゼルス・ドジャースのクレイトン・カーショー。さらには、スティーブン・ストラスバーグやサンフランシスコ・ジャイアンツのマディソン・バムガーナーなどがいる。彼らのような投手は活躍が報じられるのはもちろんだが、ちょっとしたケガや言動がすぐに全国メディアでも取り上げられる。バムガーナーがオールスター期間中に開催されるHRダービーに出場したい意向を話したことで大きなニュースになり、議論を生み出したのも最近の話だ。
その分、日本人だけではなく外国人選手は通訳を介した会見がほとんどなことからグラウンド外で存在感を出すのが難しい面もある。メディアの人間たちも、通訳を介したインタビューより実際に本人の声を聞くことを好む者も多い。そういう意味では、外国人投手が米国で常に取り上げられるようになるにはひとつの“壁”が存在してしまう。
ダルビッシュ有は米国でもニュースになる投手
そんな壁が存在するなか、現在メジャーリーグで活躍している日本人先発投手で、米国の地でも特集される要素を兼ね揃えているのはテキサス・レンジャースのダルビッシュ有にほかならない。魅せる投球でファンを大いに楽しませ、その存在は米国の地でも注目される。今シーズンは、トミー・ジョン手術からの復帰が迫った時期には地元メディアだけでなく、全米スポーツ雑誌「ESPNマガジン」でも特集記事が組まれたほどだった。
記事内で選手を評する際に使用される形容詞を見れば、それぞれがどのような印象を残しているのかも理解できる。あくまでも一例に過ぎないが、「ESPNマガジン」がダルビッシュを表現する際に、「Superhuman confidence(超人的な自信)」などという用語を用いていたのが印象的だった。
そして彼が、米国でもニュースになる特性を持っていることを示すチームメイトのコメントが、今季初戦のあとに出たこともあった。捕手のボビー・ウィルソンに「When he`s on the mound, the electricity in the ballpark is heightened so much. It excited everybody(彼がマウンドに立っているときには、ボールパークの熱情が大いに高まる。みんなを興奮させてくれる)」とまで言わせたのだ。
契約と注目度は比例するものではない
現在メジャーリーグで活躍する日本人の先発投手は、ダルビッシュ有以外にもシアトル・マリナーズの岩隈久志、ニューヨーク・ヤンキースの田中将大、ロサンゼルス・ドジャースの前田健太らがいる。それぞれの投球スタイルもあるが、所属球団によって全国的な注目を浴びる頻度は変わってくる。人気球団のヤンキースやドジャースの先発ローテの一員であれば、常に視線が送られる環境だが、そうでない球団であれば扱いはやはり小さくなる。
ニューヨーク・ヤンキースの田中将大は、土地柄からか厳しい論調での記事が多い。今季は打線の援護に恵まれない試合も多く、勝利数こそ前半戦は6つに留まっているものの(2016年7月12日現在)、先発ローテを守り先発としての役割を果たしていると言える。だがこの前半戦、目立ったのは登板間隔への議論だ。中4日で投げる試合での数字よりも登板間隔を空けたときのほうが、成績が良いことに対してさまざまな議論が飛び交っている。そして2016年5月20日には全国紙の「ウォール・ストリートジャーナル」でも「For Masahiro Tanaka, One More Day off Makes All the Difference(田中将大にとって、登板間隔を一日増やすことが大きな違いを生む)」という特集記事が組まれた。
今季メジャー1年目というフレッシュさ、そして名門ドジャースの先発ローテに入っていることから話題には挙がる前田健太だが、少しずつその報道は全国の舞台からは減りつつある。そして既にメジャー5年目を迎えたシアトル・マリナーズの岩隈久志に至っては、先発ローテを支えるひとりとしてその存在は貴重なだけに地元メディアで取り上げられることは良くあるものの、全国のメディアで大きなニュースの中心となることは少なくなってきている。それが、現時点における日本人先発投手の報道の成され具合である。
だが、いくら全国で取り上げられる存在となっても、結果が伴わなければそれまでだ。そして、メディアでの注目とは関係なく、本当の評価は契約で下されるのがプロの世界という見方もある。ダイナミックな投球スタイルを持っていなくても、ニュースになる発言をしない投手であっても、結果さえ残せれば大型契約を勝ち取ることができる。たとえばそれは、マリナーズの岩隈久志であり、2年前までメジャーリーグで地位を確立していた黒田博樹(現広島)といった日本人投手たちなのである。黒田に至ってはドジャースやヤンキースなど全国的にも人気のある球団に所属していたため、ニュースに出てくることは多かったが目立った形で取り上げられることは少なかった。それでもシーズンオフとなれば、岩隈や黒田といった名前がFAの話題の中心となっていることが多いことも事実。それは、彼らが本当の意味でメジャーリーグにおいて評価されていた証拠だ。
日本で見られる「全米中が興奮!」というような見出しは信憑性に欠ける部分は否めないが、それでも、日本人先発投手の多くがメジャーリーグを代表する一員であることは契約が物語っているのである。
著者:新川諒
1986年、大阪府生まれ。オハイオ州のBaldwin-Wallace大学でスポーツマネージメントを専攻し、在学時にクリーブランド・インディアンズで広報部インターン兼通訳として2年間勤務。その後ボストン・レッドソックス、ミネソタ・ツインズ、シカゴ・カブスで5年間日本人選手の通訳を担当。2015年からフリーとなり、通訳・翻訳者・ライターとして活動中。