説明するまでもないが、パッキャオは現在のボクシング界最大のスターの一人。フィリピンの貧しい暮らしからボクシングで成り上がり、フライ級から始まってスーパー・ウェルター級の世界タイトルも獲得した。そしてアメリカでの試合をきっかけに、アジアの選手としては規格外の出世を果たしている。母国では国民的英雄と言っていい存在で、2010年からは国会議員を務めてもいる。

まさかとは思いながらも、想像してしまうのは「パッキャオ、RIZIN参戦!」だ。ファンはもちろん、海外メディアもこのニュースを取り上げた。

荒唐無稽なようだが、RIZINは昨年大晦日、実際にフロイド・メイウェザーをリングに上げている。「さすがRIZIN」であれ「ボクシング界を荒らすな」であれ、多くの人間にとって気になる話題を提供したことは間違いない。

しかし実際には、RIZINとパッキャオはファイト契約を結んでいなかった。4月9日、RIZINの事務所での会見で発表されたのは、パッキャオ推薦選手であるフリッツ・ビアグダンが那須川天心とキックボクシングルールで対戦するというものだった。舞台は4月21日の『RIZIN.15』横浜アリーナ大会。パッキャオも来場し、リング上からファンに挨拶するという。

『RIZIN.15』対戦カード(※一部)

肩透かしといえば肩透かし。しかし落ち着いて考えてみれば、パッキャオほどのビッグネームが4月7日に契約して4月21日に闘うはずがない。いくらなんでも準備期間が短すぎるのだ。

また仮にRIZINで“闘う”ということであれば、SNSでさらっと発表したりはしないだろう。メイウェザーvs那須川と同じように、極秘にしておいた上で大きな会見場を借り、大々的にアナウンスするはずだ。

4月9日の会見が行われたのは、RIZIN事務所の小さな会見スペース。そこに入りきれないほどの取材陣が詰めかけたのは、RIZIN側としても予想外だったようだ。この会見では大雅の対戦カード(vsタリソン・ゴメス・フェレイラ)も発表されたのだが、大雅の第一声は「パッキャオじゃなくてすいません(笑)」というものだった。

とはいえ、 “那須川天心がパッキャオの刺客と対戦”というのはなかなか面白いマッチメイクだ。フィリピンは近年、MMAでも強豪を輩出しており、ボクシング、MMA、ムエタイで試合をしてきたビアグダンも注目に値する存在と言っていい。
「フィリピンは今、強い選手が多い。集中して闘いたいです」と那須川。昨年大晦日以来のRIZINで「帰ってきたぞというところを見せたいです」とも語った。

榊原氏によると、RIZINとパッキャオ側は今後も選手の交流を行なっていきたいという。会見ではパッキャオからのビデオメッセージも流された。「メイウェザーと闘った天心のファイティング・スピリットに敬意を表します。アジア人では私と天心しかメイウェザーと向き合ったことがない。いつかRIZINで闘いたいです」

RIZINとしては、パッキャオとのビジネスによって、ボクシング以外でも新たな“格闘強豪国”となりつつあるフィリピンとのルートが太くなる。会見に多数の取材陣が詰めかけたように、“パッキャオと絡む”だけでもニュースバリューは大きい。おそらく4.21横浜大会当日も、パッキャオ目当てのメディアがかなり訪れるのではないか。メディアが多ければ、それだけ世間に「RIZIN」という言葉が流通するわけである。
 
もちろん、最終的に目指したいのはパッキャオがRIZINのリングでファイトをすることだ。現時点ではまったくの未知数。どんなルールか、誰が相手かなどは、まだ予想する段階でもないだろう(そんな段階から“妄想”するのもファンの楽しみではあるのだが)。
那須川は、将来的なパッキャオとの対戦について聞かれ「今は考えてないです。いずれ機会があるなら、というくらいですね」とあくまで冷静にコメントしている。RIZINとしても、メイウェザーに振り回された経験があるだけに、パッキャオとはより実りのある交渉をしたいようだ。


橋本宗洋

1972年、茨城県出身。『格闘技通信』でアルバイトから『SRS・DX』編集部を経てフリーとして各種媒体に執筆。 総合格闘技からキック・ムエタイ、女子格闘技、プロレスまで興味の赴くまま取材しつつ、その合間に映画館、アイドル現場に出没。 『Number Web』、『Abema格闘TIMES』などにレギュラー執筆中。