あなたは駅で寝たことがあるだろうか。そう尋ねると、意外に多くの人が「ある」と答えるかもしれない。終電を逃し、駅の軒下で震えつつ夜を明かす。つまり、仕方なく、というやつだ。
けれど全国には、いや日本だけでなくこの地球には、みずから好んで、積極的に駅で寝ようとする者たちがいる。私もそのうちのひとり。この積極的かつアドベンチャー的睡眠スタイルは「駅寝」「駅泊」と呼ばれる。
もちろん、手前勝手に主張しているわけではない。2015年10月、私は歴史ある《STB全国友の会》の6代目会長を拝命した。といっても、誰もがSNSを利用する時代に、かつてのように駅寝を純粋に楽しむのには難しさもある。
たとえば、小規模な同人誌や愛好者の中で共有されていた穴場の情報も、現代では即座に拡散され、それがバズりでもしようものなら、突如、全国から人が押し寄せ、地元の平穏を乱してしまうからだ。友の会も、過渡期を迎えている。
始発までに消える
STBは、「ステビー」と発音する。ステーション・ビバークの略。もともとは山男たちが山行前夜をふもとの国鉄駅で明かしていたのに由来する。テントなど野営用具の撤収の手間もなく、目覚めたらすぐ山にとりつける(登山を始められる、の意)ことから始まったようだ。国鉄だから「駅はみんなのもの」という意識もあったのだと思う。
「STB全国友の会」の結成は、1987年と意外に古い。山男以外でもバイクや自転車で旅しながら、それぞれ駅のベンチや待合室を寝床として活用していた連中がおり、初代会長や旅人らの体験記を集約した『STBのすすめ』と題する冊子が同年に発行され——ネットで古本検索ができなかった頃には——愛好者の間で幻の同人誌(冒頭写真【1】)と呼ばれたこともあった。
詳しく言えば、87年3月に発行されたのが「北海道・信州編」。94年5月には「全国版」が、2000年7月には「定本/準備号」が発行されている。
「駅に勝手に泊まるなんて」と眉を顰める人もいるかもしれないが、掲げるSTB憲章で〈最終列車まで寝ない〉〈始発までに立ち去る〉〈駅舎内で火気は使わない〉〈ごみは片付ける〉などと定め、一般利用客に迷惑をかけないことを最優先していた。
コロナ禍中のキャンプブーム、車中泊ブームで悪しき話題となった迷惑行為などとは無縁の自制的なムーブメントだったことも、ここに記録しておきたい。
排除アートの先駆け
友の会が結成された1987年、まだ中学生だった私はアウトドア誌の記事で冊子を知り、たしか郵便小為替を送って取り寄せたのが最初の縁であった。
手元に残る『STBのすすめ 定本/準備号』の副題は「全国STB可能駅一覧所収」。開いてみると、目次に次いで「STBの手引き」というページが置かれ、当時なりの、泊まれる駅を見定める方法などが書かれている。ざっくりいえば、駅寝に適しているのは無人駅、あるいは、夜行列車が頻繁に停車する駅、としている。
そして、快適に眠るためにはイスの形も重要。見た目はおしゃれでも、プラスチック製でひとり分ずつ、おしりのフォルムをかたどったバケット型の個人イスは段差がついて寝にくい。好ましいのは、オールドスタイルの木製の長イスだ。我々がもっとも嫌っていたのは、ひじかけがついた個人イスの発展形で、睡眠に使えないことからSTB界隈ではこれを「最悪イス」と呼んだ。今でいう排除アートは、すでにこの時期から始まっていたのだろう。
駅寝入門
これらのイスの種類や設置された数、トイレの有無などを細かく駅ごとに網羅したのが、『STBのすすめ』だ。北から順に、鉄道路線図とともに〈●=無人駅〉〈○=有人駅〉〈〓(半円の左半分が白、右半分が黒)=業務委託駅〉などの凡例とともに駅の様子や旅人の体験談が書き込まれている。
投稿者名は伏せるが、北海道・宗谷本線のページ、2021年3月に廃止となった安牛駅についての記述を紹介したい。
〈【安牛●】便所なし、水なし。自動消灯の貨物改造駅。作りつけ長いす1。設備一切なし。床が鉄板であり猛烈に冷えるので床寝はATマット+シュラーフが初秋でも必要(96.8)〉
ATマットとはテント内で使う、いわゆる銀マットのことである。一気にページを繰り、鹿児島県・指宿枕崎線の枕崎駅の項には、こうある。
〈【枕崎〓(半円の左半分が白、右半分が黒)極上】駅待合室は電気があっても点かず、夜も真っ暗のまま。ただし数台の自販機の明かりで十分しのげる。快適長椅子×4、重いけど移動可で向かい合わせにして極上ベッドにする。風通しの良い改札ハッチそばでやるのがおすすめ。トイレきれい。(中略)11:45、歩1分の交番からおまわりさん2人来たが、貴重品に気をつけるよう注意されただけだった(後略・96.8)〉
(後編に続く)
【1】STB全国友の会・編『STBのすすめ』/どらねこ工房・発行。冒頭写真は、同書の裏表紙である。