スキのない、泥臭い野球

 「主将の藤森を中心に、学生コーチも含めてスキのない野球を目指している。そういう意味では泥臭く粘り強く、という試合をしようというのが一人一人、少しずつ分かってきているのかなとは思います」法政・大島公一監督はこんな言葉を残してくれた。やや抽象的だが、この日のゲームを観た全ての野球好きには“なるほど!”と膝を打つ説得力が宿っていた。

常勝軍団復活を目指す法政・大島公一監督

14対4

 これは両軍投手が相手に与えた四死球の数。立教の14に対し法政は4。立教先発の道本想投手(1年・星陵)は本来制球力が高く、春は4試合登板・21イニングで四死球7。与四死球率は2.57と安定感は折り紙付きだが、この日は5回途中で与四死球6(四4・死2)の乱調。それは一日を通して降り続いた雨に原因があった。グラウンドのアンツーカーは水を含み投手のスパイクの裏には泥がへばりつき踏ん張りが利かない状態だった。さらに法政の各打者はホームプレートに近いところに立っていた(ように筆者には見えた)。内角を突くと雨で手元が滑り死球のリスクが高まる。グラウンドコンディションと相手の工夫で厳しい登板を強いられた。だが条件は法政も同じ。なぜ差が生まれたのか?試合後、法政・藤森康淳主将(4年・天理)が解説してくれた。「普段、雨の日は室内だけど週末の予報が悪かったのであえて外で練習しました。外でやった方が準備になると皆で話し合って決めました」通常、法政投手陣は雨が降っても外で練習をする。ブルペンに屋根はあるそうだが、キャッチボールなどはグラウンドで行う。悪天候でも集中を切らさないための不断の努力に野手陣が乗っかる形をとった。こんなところを大島監督は“泥臭く”と表したのだろう。目の前の課題一つ一つに丁寧に向き合い、試行錯誤を繰り返しながら最適解を導き出す。その成果が立教1回戦、12-5の勝利につながった。

先発・好投した菅井颯投手と4打数2安打4出塁、リードオフとして打線を牽引した藤森康淳主将(立教1回戦後)

一体感

 5回裏、法政の攻撃でこんな場面があった。無死走者一、三塁、打者は小川大地選手(3年・大阪桐蔭)。道本投手はサイドに近い右のスリークォーター。左打者は6安打するも右は抑えられていた事を踏まえ、大島監督は右の小川選手に代えて左の片山悠真選手(4年・八王子)を代打に送る。即座に立教・木村泰雄監督が左の林亮玖投手(4年・武蔵越生)にスイッチ。林投手が1球投じると再び大島監督が代打の代打で右の土肥憲将選手(4年・鳴門)をコール。代打策は的中し土肥選手に左前適時打が生まれた。大島監督は「片山と土肥は4年生で副キャプテン。一番いいところで使いたいと思っていました。土肥は良く打ったし片山も気持ちよく土肥にバトンタッチしてくれた。あの雰囲気も良かったと思います」春はレギュラーを務めた2人。チーム内競争の激化で秋はベンチスタートが続いているが、切り札として存在感を示している。監督コメントの“あの雰囲気も良かった”の意味とは?藤森主将はこう代弁してくれた。「人を応援できない人は自分自身も応援してもらえない。自分が出ていなくても人を応援できたら自分が出た時もいいプレーができる、と常に話しています」言い換えれば“チームのためにできること”を各自が徹底すれば、同じ方向を向いて戦う集団にまとまっていく。今、法政はそうなりつつある。だから試合中どんなに劣勢でも誰一人下を向く者はいない。投手は一つ一つアウトを重ね、打者は出塁に最大集中。粘り強く、泥臭く。それは愚直に積み重ねてきた努力の反復から生まれるチームスピリットなのだ。結果を生むことで一体感が強まりチームは良い方向に仕上がってきた、と藤森主将は言う。夏以降、練習後に1人3分ほどのスピーチを実践。その中で“一体感”という言葉が異口同音に語られ今の雰囲気を醸成してきた。今季の法政大学は一つ屋根の下で暮らす家族のような結束に支えられている。

6年・13季ぶりの頂点へ

 立教2回戦も0―3、敗色濃厚の終盤に粘って追いつき引き分けた。8回表、好機で代打起用された片山選手が好投の150キロ左腕・田中優飛投手(3年・仙台育英)からタイムリーを放ちゲームの流れを変えた。最後の優勝は2020年春。コロナ禍の変則なレギュレーションで、消化不良の感は否めなかった。フルシーズンだと2018年秋まで遡る。かつて優勝回数で他大学を引き離し黄金時代を謳歌した法政大学。しかし2015年、早稲田大学に通算優勝回数で抜かれると、その後の21季で優勝は2回。勝利への渇望が高まる中、2024年から指揮を執るのが大島公一監督。内野手として大学、社会人、プロで活躍し引退後は指導者として研鑽を積む。自らの経験値を選手たちに示しながら一歩一歩、復権に向けて歩み続けた。その機は熟しつつある。開幕カードで勝ち点を挙げ、続く対戦も1勝1分、勝ち点奪取を目指す。故障者の復帰もチームの一体感を強めている。3年生左腕の山床志郎投手(3年・高鍋)は今季、終盤の大事な場面を任されている。2025年春にデビュー。8試合登板で0勝0敗 11回2/3で防御率1.54と活躍した。しかし昨秋は調子を落とし、さらに今年春に左肘痛、7月には左太もも肉離れで辛いリハビリに耐えてきた。秋の開幕に間に合わないのでは?と思われたが見事に復活。5試合中4試合登板で2勝、防御率3.00。救援投手に求められる奪三振率は11.00と極めて高い。開幕戦後、今日一番の収穫は?との筆者の問いに「山床の復活は大きい。でも皆で頑張って勝てたことが一番です」と語った指揮官。さらに結束が強まり全員野球が体現できたことに手応えを感じていた。一体感が生み出す泥臭くスキのない野球の進化は止まる気配を見せない。春も好調なスタートを切ったが第5週の東大戦で、松本慎之介投手(3年・國學院久我山)にリーグ戦初完投勝利を献上するなど連敗。勝ち点を奪われ失速した。その苦い経験から、勝利の後も表情は引き締まり兜の緒を緩める者はいない。シーズンが終わった時、王座奪還に挑んできた選手たちにどんな景色が見えるのか?最高の眺望が開けた時、新たな黄金期が幕を開ける。

左からエース・助川太志投手、山床志郎投手、大学日本代表にも選出されている境亮陽選手(早大1回戦後)
渡邉直樹

著者プロフィール 渡邉直樹

1967年4月8日生まれ 東京都出身  1993年7月:全国高等学校野球選手権西東京大会にて”初鳴き”(CATV) /1997年1月:琉球朝日放送勤務(報道制作局アナウンサー)スポーツ中継、ニュース担当 /琉球朝日放送退社後、フリーランスとして活動中 /スポーツ実況:全国高等学校野球選手権・東西東京大会、MLB(スカパー!、ABEMA) /他:格闘技、ボートレース、花火大会等実況経験あり /MLB現地取材経験(SEA、TOR、SF、BAL、PIT、NYY、BOS他)