文=斉藤健仁

MVPの受賞に「1ミリも想像していなかった」

 開幕から15戦全勝で駆け抜けたサントリーサンゴリアスの4季ぶり4度目の優勝で幕を閉じた今季のトップリーグ。リーグのMVPにはオーストラリア代表111キャップのFLジョージ・スミスや2015年ワールドカップの日本代表SO小野晃征ではなく、「ツル」ことWTB中靏隆彰が受賞した。中靏は17トライを挙げて最多トライゲッターとベスト15も受賞。まさしく今季のトップリーグを象徴する存在となった。ベスト15も中靏を筆頭に9人が初受賞したフレッシュな顔ぶれだっただけに、大方の予想だった小野ではなく、リーグの新たな顔として中靏を選んだのではないだろうか。

 中靏本人はMVPの受賞に「小野さんかジョージ(・スミス)がもらうと思っていました。1ミリも想像していなかったし、僕なんかが……というのが正直な気持ち。過去には偉大な選手が受賞しているので、身に余る光栄です」とコメントし、驚きを隠さなかった。

 この受賞を受けて沢木敬介監督は「ナレッジ(ラグビー理解度)が上がった」と中靏を褒め称えた。2年目ながらキャプテンを務めたSH流大は「中靏さんは今シーズン、すごく成長した。トライを取ったこともそうですが、危機管理能力にも長けていて、逆サイドから戻ってトライを防いだこともありました」と先輩の受賞に目を細めていた。

 MVPを受賞した中靏だが、今季の初めから絶好調だったわけではない。中靏は開幕戦に出場することができず、チームは1点差で近鉄ライナーズに勝利。3試合目には3点差でリコーブラックラムズに、どうにか勝利するという状況だった。

 そんな中、転機となったのは今季の4試合目だった。それは昨季まで3連覇を達成していた王者パナソニックワイルドナイツと対戦だった。ボールをキープし続ける従来のラグビーではなく、スペースにパス、キック、ランでシンプルにアタックする新しい姿を見せて45-15で快勝。中靏も今季初トライを挙げてチームの勝利に貢献した。「相手は昨季のチャンピオンチームだったし、選手は自分たちのラグビースタイルに対して信じながらも少し迷いがあった。あの試合は全員で実行できて勝利することができた」と沢木監督は振り返る。

 この試合を契機にしてサントリーも中靏も上昇気流に乗った。中靏は宗像サニックスブルース、豊田自動織機シャトルズ、東芝ブレイブルーパス戦でハットトリックを達成し、トライ王に輝いた。また、全勝対決となった12月24日のヤマハ発動機ジュビロとの大一番でもトライを挙げて、自らの手で優勝を大きく引き寄せたのだった。

ラグビー・トップリーグの年間表彰式が15日、東京都内で行われ、最優秀選手(MVP)は4季ぶり4度目の優勝を果たしたサントリーで17トライを挙げたWTB中靏隆彰が初受賞した。
サントリー中靏がMVP ラグビーTL表彰式

MVPの次は日本代表を目指す

 今季大きく飛躍した中靏隆彰は、自身の肉体をインターナショナルスタンダードにしようと鶏肉中心の食生活に変え、体重を大学時代から7キロを増やして82キロとした。そして、チームとしてのフィットネスを鍛えつつ、個人としてはスピードを保ちながらフィジカルの強化を重ねていった。

 さらに、ナレッジ(ラグビー理解度)、つまり頭脳のトレーニングとして、ニュージーランド代表やオーストラリア代表などの国際試合をビデオで研究。サントリーとしてどうやってオールブラックスと戦うか、個人としてどうスペースを見つけて、どう突くかを追究していた。

 それらの成果として、スピード突破だけでなくタックルを受けながらもパワーで突破したトライも増えた。そのようなフィジカル面の強化が目立っただけでなく、ナレッジも進化しておかげで爆発的な活躍につながった。

 中靏は今季一番のトライとして、ヤマハ発動機戦での優勝を引き寄せたトライを挙げた。ただ、「最もナレッジを感じることができたトライは?」との問いには、違った答えが返ってきた。それは、10月15日に行われたNECグリーンロケッツ戦の前半32分に挙げたトライだった。
「ナイジェル(・アーウォン)が(左タッチライン際を)ゲインして、今までだったら(ボールを下げないために)FWが近場、近場を攻めたと思います。ただ、外が空いていたのを(中村)亮土に伝えると、ボールを動かしてスペースを突いたトライが挙げられました」と、中靏は頭を使ったトライについてコメント。

 「優勝したチームで試合に出つづけたことは自信になった」という中靏には、スーパーラグビーのサンウルブズや、桜のジャージーを着た日本代表として国際舞台が待っており、すでにそこでの活躍に思いも馳せて、こう宣言した。
「(大学時代に)7人制の日本代表に一度呼ばれたことはありますが、今は(招集されていない)フリーの状態です。どこでも選ばれたら行きたい!」


斉藤健仁

1975年生まれ。千葉県柏市育ちのスポーツライター。ラグビーと欧州サッカーを中心に取材・執筆。エディー・ジャパンの全57試合を現地で取材した。ラグビー専門WEBマガジン『Rugby Japan 365 』『高校生スポーツ』で記者を務める。学生時代に水泳、サッカー、テニス、ラグビー、スカッシュを経験。『エディー・ジョーンズ 4年間の軌跡』(ベースボール・マガジン社)『ラグビー日本代表1301日間の回顧録』(カンゼン)など著書多数。Twitterのアカウントは@saitoh_k