文=李リョウ

その一、まずは「QS」と「CT」を理解しよう

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 サーフィンの世界チャンピオンは毎年どこで決まっているのか、あなたは知っていますか? それはWSL(ワールドサーフリーグ)という国際的な組織で、テニスでいうATPのような存在と思っていいでしょう。WSLは「ダブリュエスエル」と呼び、世界中のサーファーに世界チャンピオンになるためのドアを開いています。

 そのチャンスを実現する第一歩としてQS(クォリファイリングシリーズ)があります。これは「キューエス」と呼ばれていて、WSLとその下部組織によって世界各地で開催されるコンテストの総称です。このQSのスケジュールはWSLのホームページで確認できて、どのQSの試合に出場するかはサーファーの意思で決めることができます。

 QSで実績を積むと世界全体のQSの総合順位に選手の名が記録され、上位の10人(ウイメンズは6人)がCT(チャンピオンズトーナメント)への出場資格を得ます。そして同時に、それまでのCTの下位10名は入れ替えられることになります。

 2016年は1239人のサーファーが総合順位に名を連ねて、1位になったのは日本人の母を持つコナー・オレアリーというオーストラリアの選手でした。

その二、「CT」は全サーファーの夢の舞台

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 さてそのCTです。呼び名は「シーティー」。このツアーで世界チャンピオンが決められます。

 戦うのはQSからの勝ち上がりを含む34名のサーファーたち。1年を通して世界中を旅しながら世界最高の波で競われるため、CTは“ドリームツアー”とも呼ばれます。その波の中には一般にもよく知られたハワイのパイプラインや、“世界一のパーフェクトウェーブ”とも評される南アフリカのジェフリーズベイなどがあります。

 全11戦はすべて勝ち抜きで争われ、ラウンド5からファイナルに至るまではマンオンマンという一対一のフォーマットで勝敗が決まります。各試合は時間制で、選手が乗った波の2本の最高得点の合計で競われます。どちらの選手が何点リードして逆転には何点必要かといった状況は、試合中のアナウンスとモニターの画面上に示されるので、サーフィンを知らない人にとっても分かりやすく観戦できます。

 採点はフィギュアスケート競技のように複数のジャッジによって行われます。評価の対象となるテクニックは大きく分けて3つ。ターン、チューブ(波のトンネル:バレル)そしてエアー(空中に飛び出す技)です。難度にもよりますが、それらの技を決めれば高得点につながり、失敗すれば得点はゼロ。1発のエアーで10点満点が出ることもあり、残り時間が数秒というところで大逆転のドラマもしばしば生まれます。世界最高水準のサーファーたちがどのようにパーフェクトウェーブを乗りこなすか、観戦する人にとって興味は尽きません。

 さらに勝敗を決するだけではなく、美しい波を愛でるという魅力もCTにはあるのです。一般のサーファーにとって、CTの舞台となるベストウェーブはどれも現実離れした“夢の波”。例えばフィジーでの試合はタバルア島というサーフリゾートで行われますが、波もロケーションも素晴らしく、サーファーならば一生に一度は訪れてみたいと思う憧れの場所――まさにドリームツアーと呼ばれる所以がそこにあるのです。

 2016年シーズンの世界チャンピオンの座についたのは、ハワイのジョンジョン・フローレンスという選手でした。また、CTにはカノア五十嵐という選手が日本人の両親を持つサーファーとして初めて出場、しかも最終戦のパイプラインマスターズで準優勝して大きな話題になっています。ちなみに、WSLはCTの全試合をライブで配信しているので自宅に居ながら生中継で観戦可能。興味の沸いた方はぜひチェックしてみてください。

その三、日本のJPSAとNSAも知っておこう

 日本にもQSを運営するWSL Japanという下部組織がありますが、それとは別にJPSAとNSAという組織があります。

 JPSAは一般社団法人日本プロサーフィン連盟という正式名で、日本で活動するプロサーファーを組織する団体です。ここではプロテストという独自の評価基準があり、このテストをクリアするとJPSAの公認するプロサーファーという、いわばお墨付きをもらえるようになっています。JPSAでは日本のグランドチャンピオンも毎年決めていて、ドメスティックなプロの組織と考えていいでしょう。

 一方、NSAは一般社団法人日本サーフィン連盟というアマチュアのサーファーを組織する団体です。歴史も長く、サーフィンの全日本選手権はこの団体が主催しています。2020年の東京オリンピック開催に向けては、上記の3つの組織が協力体制を取り準備を進めています。

その四、東京オリンピックでメダルの可能性はあるのか?

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 東京オリンピックのサーフィン競技に関して、近々の課題は2つあります。

 一つは競技会場に決まった通称志田下と呼ばれる千葉の釣ケ崎海岸です。ここはビーチブレイクという波質で、CTのような素晴らしい波がなかなか期待できません。オリンピックの金メダルを掛けた試合ならばそれにふさわしい波でという願いはサーファーだけでなく関係者にもありますが、現実として東京近郊で開催期間中にそのような波がブレイクするという可能性は無いに等しいのです。

 実は、人工的に波を発生させるウェーブプールという装置が開発されており、それを東京オリンピックに導入する提案もありますが、資金面で実現は難しいようです。

 二つ目の課題は国籍です。前述したカノア五十嵐選手が日本代表となるか否かということです。彼の実力はテニスでいえば錦織圭選手のようなレベルで、メダルが十分に狙えます。ただし、両親は日本人ながら、彼自身はアメリカ生まれ。現在はアメリカの選手としてCTに出場しているという事情があるのです。

 本人の強い希望もあり、日本代表として出場を目指す方向で現在は準備が進んでいるようですが、しかしそうなった場合、彼は日本代表候補としての選考会や合同練習にも参加しなければならなくなります。その時にCTのスケジュールと重なった場合どうするのか、彼だけを特例とするのか、明確な結論はまだ出てはいないのが現状です。

3月14日、ゴールドコーストから開幕するCTに注目!

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 さて、サーフィンのコンテストというと今まではサーファー以外にはなかなか理解できなかったものですが、現在はサーフィンの技術の飛躍的な向上とともに試合形式のフォーマットなども分かりやすいように改善され、サーファーでなくとも十分にコンテストが楽しめるようになっています。今後はサッカーのファンのように日本でもサーフィンコンテストのファンという新しい支持層が増えていくかもしれません。

 東京オリンピックまでにCTの試合を何度も観戦したら、今からでもかなりのサーフィン通になること確実です。今年のCTは3月14日からオーストラリアのゴールドコーストでスタートし、12月にハワイのパイプラインで終了します。また機会があれば、VICTORYを通じて試合の見どころをお伝えしたいと思っていますので、WSLのライブやダイジェストと併せてぜひご覧ください。


李リョウ

サーフィンフォトジャーナリスト。世界の波を求めて行脚中に米国のカレッジにて写真を学ぶ。サーフィンの文化や歴史にも造詣が深く、サーファーズジャーナル日本版の編集者も務めている。日本の広告写真年鑑入選。キャノンギャラリー銀座、札幌で個展を開催。BS-Japan「写真家たちの日本紀行」出演。自主製作映画「factory life」がフランスの映画祭で最優秀撮影賞を受賞。