それまで、自国スウェーデンを代表する「H&M」が手がけていたが、2018年に「ユニクロ」が首都ストックホルムに1号店をオープンしたことをきっかけにスウェーデンオリンピック・パラリンピック委員会から依頼があり、2019年1月から契約を結び、2021年に夏の東京、2022年には冬の北京の大会で公式ウェアを提供。選手からの評価も高く、今夏のパリに続き、2026年にイタリアのミラノ・コルティナダンペッツォで開催予定の冬季大会でも公式ウェアを提供することが決まっている。

 ユニクロが目指す理念でありブランドのコンセプトは、あらゆる人々の生活を豊かにする“究極の普段着”を意味するLifeWearだ。「世界で最も革新的な国のひとつとして知られ、優れたテクノロジー、美しくシンプルなデザインや現代的なライフスタイルを尊ぶスウェーデンは、ユニクロのLifeWearの理念に通じる素晴らしい国です」と柳井正社長もその親和性の高さに言及していた。

 協業においてユニクロは、スウェーデン代表選手団が最高のパフォーマンスを発揮できるように、大舞台では力強く選手を鼓舞し、競技以外も含めたあらゆるシーンで選手団が快適に過ごせる公式ウェアを開発している。その開発では、「高品質(クオリティ)」、「革新性(イノベーション)」、「持続可能性(サステナビリティ)」の3つの価値観を追求することで、LifeWearの可能性の拡張を目指している。

ユニクロ有明本部の「ラボ(人工気象室)」での モニターテストの様子

 ユニクロ有明本部内にある「服の基礎研究所/ラボ(人工気象室)」でのパリの夏の温湿度を再現したモニターテストや、練習時における試着などを行い、トップアスリートの生の声に基づいて修正を繰り返しながら完成度を高めてきた。北京ではスウェーデン選手団が過去最高の成績を残し、モーグルやカーリング男子で金メダルを獲得した。とくに冬の競技はエクストリーム系が多く、雪や寒さへの耐久性だけではなく宙を舞うために軽さも必要なモーグルや、静かに見えるけれども、ストーンを投げる際のボトムスの伸縮性が必要なカーリングなど、難易度が高い技術も求められているが、モーグルのチャンピオンから、「金メダルを取れたのは、半分はユニクロの力だった」という謝辞が贈られたことも記憶に新しい。

卓越した機能性と、都会に映えるシンプルで洗練されたデザインで、研ぎ澄まされた機能美を追求

 そんな公式ウェア開発時の技術やノウハウのエッセンスを取り入れてMADE FOR ALL(あらゆる人のためのウェア)として商品化した「UNIQLO × SWEDEN ATHLETE COLLECTION」(ユニクロ×スウェーデンアスリートコレクション)は6月3日に発売した。コンセプトは公式ウェアと同じ、「The High-Performance Simplicity of LifeWear (研ぎ澄まされた機能美)」だ。

「UNIQLO × SWEDEN ATHLETE COLLECTION」

 一足早く実際の商品を見て触った感触では、シャリシャリ、ピカピカといったスポーツアイテム特有のディテールや素材感、遠くからでもハッキリとわかるようなカラーリングは鳴りを潜め、運動時だけでなくタウンユースにも馴染むたたずまいだ。肌触りも良くなり、機能性も向上。しかも、各アイテムで混率は異なるが、全アイテムにリサイクルポリエステル素材を使用し、サステナブルなコレクションを実現している。また、日本ではわずか8型とコンパクトな展開ながらも、通常の商品群とほぼ同じ価格帯で実現しており、まさにLifeWearらしい仕上がりになっている。ユニクロの商品本部でグローバルMD部部長を務める小森田真也氏はこんなふうに説明する。

 「北欧・スウェーデンのデザインはソフィスティケート(洗練)されているのが特徴です。シンプル、ミニマルなデザインで、ウェアを見た瞬間にそのお国柄が感じられるコレクションでありながらも、華やかで、かつ、歴史的建造物も多いヨーロッパ・パリの街並みに馴染む、落ち着いた都会的な印象で、街着としてフィットすることを意識しながら究極の普段着づくりを追求しました。最近、欧州でのユニクロのビジネスが非常にお客様に認められています。私たちがコアプロダクトとして提供しているLifeWearともこれらの単品をうまく組み合わせて着られるように意識し、ユニクロの本体にはないもので、かつ、本体のコレクションとコーディネートしやすいものを考えました」

 同じメッシュ素材でも、競技用には通気孔を大きくしたり、強度の高いものを使うが、「選手の方々がリラックスするときにも着られるようにと、今回のコレクションは、より軽く、より滑らかに、をテーマにユニクロ本体のコアのファブリック開発担当者たちと一緒になって作り込みました。ハイゲージのファブリックで、メッシュ穴は細かいけれども通気性が高くてより滑らかで軽い。すでにユニクロの店頭で展開している商品とも連動したもので、まさに、スウェーデンのトップアスリートと共同開発したファブリックを使った商品として打ち出していきたいと考えています」

ユニクロ商品本部 グローバルMD部部長 小森田真也氏

コンパクトながら大きな意義を持つ協業コレクション

 「UNIQLO × SWEDEN ATHLETE COLLECTION」は8型とコンパクトなコレクションだが、LifeWearを進化させるうえで大きな意義を持っている。

 「私たちがスウェーデンのトップアスリートと協業しているのは、単なる話題づくりのためのコラボレーションではありません。スウェーデン代表選手団向けの公式ウェアやそこから生まれた一般販売向けのコレクションはそれだけで独立して見えがちですが、2019年から続けてきた協業の中で、実はユニクロの本体の商品群の中に素材やデザインなどが落とし込まれていっているんです。テニスのロジャー・フェデラー氏や国枝慎吾氏、錦織圭選手、ゴードン・リード選手、ゴルフのアダム・スコット選手、スノーボード・スケートボードの平野歩夢選手のような、私たちのグローバルブランドアンバサダーとの協業によるウェア開発と同様の意義や狙いがあります」

 ユニクロは10年以上前から、普段着だけでなくスポーツ用途にも使えるウェアの開発を強化してきた。最近は「スポーツやアウトドア由来の高機能性で、カラダを動かすあらゆるシーンに快適に、心地よく」をスローガンにした新ライン「スポーツユーティリティウェア(SUW)」を打ち出している。

 「柳井正社長も最近よく言っているのですが、私たちのLifeWearというコンセプトとスポーツユーティリティウェアというコンセプトが今のお客様やその生活環境、社会環境を含めてマージ(融合)してきています。そういう意味でも、UNIQLO × SWEDEN ATHLETE COLLECTIONでしか使っていない新しい技術が、数年後の私たちのコアプロダクトに使われていくという、大きなアウトプットが期待できます。まさに、Future of LifeWear、Future of SUWと言えるでしょう」

 すでにスウェーデン代表向けのコレクションから生まれたヒット商品もある。2023年に登場した「パフテック」シリーズは、すでにコア商品に位置付けられるほどの成功事例になっている。ダウンのジャケットやベストに形状は似ているが、暖かくて軽い機能性中綿を使用し、生地の織り方で中綿を包む袋を作ることでステッチの針穴が生じず、雨風が侵入しにくく中綿も抜けにくく、今までできなかったデザインが可能になっている。また、「ファンクショナルバックパック」もスウェーデン代表選手団向けに作られたものから日常使いにモディファイされ、リデザインされて商品化されたものだ。

 2019年1月に契約を締結してから5年間で確実に技術やノウハウが蓄積し、開発やMD(マーチャンダイジング、商品計画)のスケジュールの中に組み込まれるようになったことも大きな進歩だ。

 「やはり、素材やデザインの開発には時間がかかります。選手へのウェア提供をメインでスタートした当初は素材や構造からの新規開発は時間的に難しく、私たちが手配できるものの中で最大限の努力をして作り上げていました。それが今では時間をかけて研究開発ができるようになりましたし、ユニクロ本体の将来の企画や開発スケジュール、さらには平野歩夢選手や錦織圭選手らグローバルブランドアンバサダー向けのウェア開発と横一線で考えて開発できるようになり、とてもポジティブな状態です」

 「たとえば、平野選手が昨年から着用している新しいウェアはとても完成度が高くなっています。このウェアをベースにスウェーデン代表選手団向けのアイテムを開発することもできるでしょう。大舞台の場でお披露目できることも大きな意味を持ちますが、それ以上に、中長期的に共同開発を行うことで、コアプロダクトとして展開でき、お客様のもとに届けられるようになる。この循環が生まれることが本当の意味での成果物であり私たちの取り組みの本質だと思っています。研鑽を重ね、より良いものを創り上げ、コアプロダクトに展開する。しかも、数量が増えることによってコストが削減でき、リーズナブルな価格で届けられることができるというのは、中長期的なプロジェクトでないとなしえないこと。非常に有益だと思っています」

日本企業がスウェーデンのためにつくるパリ大会公式ウェアがすごい 〔後編〕につづく

松下久美

ファッションビジネス・ジャーナリスト、クミコム代表 。「日本繊維新聞」の小売り・流通記者、「WWDジャパン」の編集記者、デスク、シニアエディターとして、25年以上にわたり、ファッション企業の経営や戦略などを取材・執筆。「ザラ」「H&M」「ユニクロ」などのグローバルSPA企業や、アダストリア、ストライプインターナショナル、バロックジャパンリミテッドなどの国内有力企業、「ユナイテッドアローズ」「ビームス」を筆頭としたセレクトショップの他、百貨店やファッションビルも担当。著書に「ユニクロ進化論」(ビジネス社)。