[CLOSE UP]大神雄子(トヨタ自動車)吹っ切れた移籍2年目、『Step by Step』でトヨタの司令塔となった充実のシーズン
4年ぶりのファイナル進出は「グレートなシーズン」 4年ぶりの進出となったトヨタ自動車アンテロープスのファイナルは、JX-ENEOSサンフラワーズに3連敗を喫して幕を閉じた。だがシーズンを通して見れば、チームとしての選手層が厚くなり、成長したことを強く印象付けるシーズンだった。 オールジャパンでは準決勝で対戦した両者だが、その試合でのトヨタは第1クォーターで9-23と離されて勝負にならず、20点差で完敗。3カ月後のWリーグファイナルでは、1戦目は最終的には53-84と31点差がついたが第3クォーターまで対抗することができ、2戦目は63-74で11点差まで差を縮め、階段を一段一段登っていった。ファイナル2戦目の内容を見れば、今シーズンの対JX-ENEOS戦において、全チームの中で一番『噛み付けた』試合だったと言える。 チームを率いて2年目のドナルド・ベックヘッドコーチは「私はコーチとして10回ファイナルに進出しているが、その中でJX-ENEOSは一番の強敵」と言い、絶対的女王と戦えるようになったことに「とてもグレートなシーズンだった」と選手たちに最大の賛辞を贈った。 ここ数年のトヨタは得点力が停滞し、昨シーズンは4強進出を逃した。今季はアグレッシブなチームディフェンスの強化と、運動量豊富な水島沙紀、ルーキーながら身体を張るセンター馬伊娜が台頭したことで、チームオフェンスの幅が広がっていた。そして、トヨタの新しい方向性を導いたのが、ポイントガードの大神雄子だった。 「正直なことを言うと、去年はビビっていました」 大神自身、トヨタに移籍してすぐに力が発揮できたわけではない。チームに馴染むまでには時間を要している。 今年で移籍2年目だが、2013年にJX-ENEOSを退団してからは空白の1年がある。中国プロリーグ(WCBA)に進出した2013-14シーズンに優勝を経験。2年目も中国でプレーすることを検討していた時期に中国リーグにおけるアジア枠が撤廃された。その時点で、5月31日付けで締め切られるWリーグの登録期限は過ぎており、海外チームとの契約もまとまらず、そのシーズンはどこにも所属することができなかった。 その後、大神の訴えもあり、Wリーグの登録期限は5月末と8月末の二段階登録に変更された。海外挑戦を視野に入れる選手や移籍を検討している選手にとって、登録期限の延長は選択肢が増えることにつながるため、大神の取った行動は称えられるべきだろう。しかし当の本人のことで言えば、実戦から1年遠ざかった空白期間を埋めることは、想像以上に大変なことだった。特に古巣、JX-ENEOSとの対戦では持てる力が出せなかった。 「正直なことを言うと、去年はJX戦はビビっていました。ずっとやってきたチームだったのですごくやりにくくて、どうしようもない感情と戦っていました。移籍した人ってこういう気持ちになるのか、と思いながら試合をやっていましたね」 ゲーム勘を失ったことで以前のようなアグレッシブさが影を潜め、ディフェンスで抜かれるシーンも幾度か見受けられた。この2年間は久手堅笑美との2枚看板でポイントガードを務め、オフェンスの大神、ディフェンスや流れを変える久手堅といった役割分担でやってきたが、2シーズン目になり、プレーオフを迎えると、大神の勝負強さが目立つようになってくる。 「これが自分のチーム」と胸を張れるようになった 特に、シャンソン化粧品とのセミファイナル第3戦では、終盤にチームを勝利に導く決定打を放っている。ベックHCはベテランも新人も分け隔てなく叱るコーチだが、大神自身もディフェンス面でたくさん注意を受けながらも、チームディフェンスの手応えをつかんだことで、調子を上げていったのだ。 また、自信を取り戻した要因はトレーニングで自らを追い込んだ成果にある。大神はWNBAへの挑戦を始めた2008年頃から食事や体調管理において、個人で研究に研究を重ねてストイックに取り組んでいる。通常は、長いシーズンに試合を重ねていくと体重が減り、体脂肪が増え、筋量が落ちてパワーがなくなっていくものだが、今シーズンはベストの数値から落とすことなく、コンディションを維持できたという。それがプレーオフでのパフォーマンス上昇につながり、ファイナル前にはこう言えるようになっていた。 「去年はあんなにJXと対戦するのが嫌だなと思っていたのに、逆に今は、『これが自分のチームだよ。自分もこんなにいいチームメートに恵まれているんだよ』と堂々と言えるようになりました」 それは、大神自身がようやく12年在籍した常勝軍団の看板を外し、アンテロープスの司令塔になれた証だった。だからこそ「今年は自分がやらなければ」と意欲的な姿勢を見せることができたのだ。これまで大神といえばジャンプシュートが代名詞だったが、今シーズンは3ポイントシュートの打ち込みを相当やってきている。ファイナル第3戦、決め手に欠いたところで決めた終盤の4本の3ポイントシュートは、トヨタの司令塔としての意地でもあった。 35歳になっても『Step by Step』で成長し続けたい ファイナルでは1、2戦目は対抗できたが、3戦目に「さあここから、というところで力を発揮できないのはまだまだ弱いところ」と、大神は現時点でのチームの実力を受け止めている。 「JXと対戦するには、1対1のディフェンスを一人ひとりが完璧にして、全員で判断や予測をして、運動量をいつもの倍以上にして、それを40分やり続けることでしか対抗できない」と言う。裏を返せば、JX-ENEOSがやるべきことに手を抜かないチームだからこそ強いということを大神は知っている。 以前はそうした常勝チームで勝ち続けることが第一線で続けていくプライドでもあった。しかし今は、「『Step by Step』で成長していくことも面白いと感じるんですよね」とチャンピオンを取る過程への楽しさも見いだしている。それはチームだけでなく、個人の成長についてもだ。 「今年はベックコーチの下で、今までよりディフェンスができるようになったと感じたので、まだまだ、選手としてうまくなれると思うんですよ。まあ、そのためにトレーニングで追い込むのは死ぬほど大変なんですけどね」 そう笑う大神は今年35歳を迎える。年齢を重ねながらも『Step by Step』を続けるトヨタの司令塔、そのチャレンジはまだまだ続く。
文=小永吉陽子 写真=小永吉陽子、(c)WJBL