文=李リョウ

日本の乏しい波で、五輪の舞台となり得るのか

「うれしさ」と「胸さわぎ」を私が同時におぼえたのは、昨年の夏にIOCがサーフィンを東京オリンピックの正式種目に決定したと耳にしたときでした。それからしばらくは「オリンピック決まったね」という台詞がサーファー同士の挨拶として交わされ、私もサーファーの友人と顔を合わせると、個人的な思いはともかくとして、その話題をよく口にしました。

 そんなときに意外に感じたのは、友人の多くから「でも、試合できるんだろうか」と私の気持ちを察したような言葉が返ってきたことです。サーフィン人口が推定200万人というこの海に囲まれた島国で、「サーフィンの競技ができないかも」なんて心配するのは、一般の人からすれば変な話に聞こえるでしょう。でもその可能性は捨てきれないのです。いや正確に言うならば、オリンピックにふさわしい試合にならないのでは、と私は心配しています。

 その理由を結論から先に申し上げましょう。日本は波が乏しいのです。

 もちろん日本にもサーフィンをできる波があることはあるのですが、オリンピックの舞台としてふさわしい波がブレイクする場所となると、日本には残念ながら少ないのです。東京オリンピックの正式種目としてサーフィンが選ばれ、このまま準備が順調に進めばサーフィン競技が開催されてメダリストが決まるでしょう。でも、それは一般の方々が期待するようなドラマチックな試合にはならない可能性が高いのです。その原因は、繰り返しますが波にあります。それゆえベテラン・サーファーたちが顔を合わせると「試合できるんだろうか」という言葉が交わされるのです。

グッドウェーブは人間の都合でブレイクしない

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 オリンピック決定後にサーフィンの試合会場の候補として七つの地域から手が上がりました。遠くは宮崎県の日向市や福島県の相馬市などもありましたが、本命と言われていた千葉県の一宮町・釣ケ崎海岸が競技会場として正式に決定されました。通称志田下(しだした)と呼ばれるこの海岸は、サーフィン道場と言われるほどエキスパートレベルのサーファーが集まるサーフポイント(サーフィンをするエリア)として知られています。国際試合や全日本選手権のような試合も行われてきましたから、運営面を考えると競技関係者にとって何かと都合が良い会場でしょう。

 しかしながら、オリンピックのゴールドメダリストを決める舞台として志田下がふさわしいかという視点で冷静に考えると、いささかもの足りなさを私は感じてしまいます。サーフィンのコンテストはグッドウェーブで戦われてこそ価値があります。グッドウェーブはいろいろな自然条件が重なって生まれるため大変貴重で、海に行けばいつも用意されているわけではありません。その貴重なグッドウェーブを求めて、サーファーは海外の無人島へ向かったり極寒の海に入ったりしているのです。オリンピックの日程に合わせて、つまり人間の都合でドンピシャリと自然現象であるグッドウェーブが起こるのかというと、その可能性はかなり低いと言わざるを得ません。

 それでは理想のグッドウェーブとはどのくらいの基準を指すのでしょうか。私見ですが、波の高さにして成人の身長以上、つまりオーバーヘッドは最低でも必要でしょう。理想はその2倍です。さらにチューブと呼ばれる波のトンネルが発生するのが望ましく、距離にして200mは乗り続けられる波であれば申し分ありません。時には志田下でもそのようなグッドウェーブが起こりますが、それが大会期間中に都合よくブレイクするかと言われると、答えは「ノー」です。

ウェーブプール導入の検討を!

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 そのようなサーフィンの特殊性をよく理解しないIOCが、波のウェイティング期間を設けないで予選や決勝の競技日程をあらかじめ決めてしまう可能性もあります。オリンピックは興行ですからIOCは観客席を設けて入場料を徴収するでしょう。集客を優先すると、日程は動かせなくなります。その試合日に波が膝ほどのサイズしかなかった場合はどうするのか、貧弱な波で戦った勝者がゴールドメダリストとなるのでしょうか。世界中の人々がその試合を観戦してどのような印象を受けるでしょうか。ウサイン・ボルトや北島康介のようなかつての栄光のメダリストたちの同列にその人を置くのでしょうか……。

 オリンピックの正式種目決定後、11度もの世界チャンピオンに輝いたケリー・スレーターというプロサーファーが、TVのインタビューで示唆に富んだ発言をしました。「サーフィンがオリンピックに選ばれたことは素晴らしいと思う、ただWSLの世界チャンピオンは1年を通じて世界の様々なタイプの波で争われ、決定されている。それを考えるとたった1度の試合で金メダルが決まり、世界一となるのはいかがなものだろうか」。日本でも戦った経験がある彼は、その波のクオリティーの低さを暗に指摘していたのかもしれません。

 2015年の冬、世界中のサーファーを驚かせた事件が起こりました。前述の元世界チャンピオン、ケリー・スレーターがウェーブプール、つまり人口波を起こす装置を開発し、インターネットを通じて全世界に発表したのです。それは波のクオリティーが低いフロリダで育ったケリーが子どもの頃から抱いていた夢の実現でした。

 彼の「Kelly Slater Wave Co」がその性能を動画に収めてアップしているので、ご紹介します。

 この波のクオリティーはまさにサーフィンするための波と断言できます。サーフィンが正式種目に決定後、このウェーブプールをオリンピックの競技に使用してはどうだろうかという意見が各方面から上がりました。しかし自然の波で行いたいという意見や建設費のことも考えるとなかなか実現は難しいようです。

 オリンピックの長い歴史の中で、ハワイで誕生したサーフィンが正式種目として初めて選ばれて、しかも夢のまた夢と思われていたウェーブプールが現実として存在しているのです。このチャンスはかつてスノーボードのハーフパイプがオリンピックに登場したとき以上のインパクトになるでしょう。いずれは、世界のどの都市でオリンピックが行われようと、このウェーブプールが建設されて、世界中の人々がサーフィンの高度な技に声援を送ることになると思います。日本がその魁(さきがけ)となれば後世まで語り継がれる出来事となるでしょう。

李リョウ

著者プロフィール 李リョウ

サーフィンフォトジャーナリスト。世界の波を求めて行脚中に米国のカレッジにて写真を学ぶ。サーフィンの文化や歴史にも造詣が深く、サーファーズジャーナル日本版の編集者も務めている。日本の広告写真年鑑入選。キャノンギャラリー銀座、札幌で個展を開催。BS-Japan「写真家たちの日本紀行」出演。自主製作映画「factory life」がフランスの映画祭で最優秀撮影賞を受賞。