文=李リョウ

シャークアタックは予防できない?

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 サーフィンの写真のために、私は海で泳ぎながら撮影することがよくあります。これまで世界中の海に出掛けて、波やサーファーを撮ってきました。また私は自分でサーフィンをするのも好きですから、波が良ければ一年中海に入ります。それを考えると私がサメに遭遇する確率は一般の人よりずっと多いことになります。

 実は泳いで撮影しているときにサメと遭遇したことが何度かありました。オーストラリアのニューキャッスルでは撮影しているときに背びれを海に出したサメが私の周囲を回遊したことがあります。私はそれに気づかなかったのですが、撮影していたロングボードのサーファーが海から足を引っ込めて正座し、急に岸に向かってしまったので、どうしたのだろうと思っていました。その後、私が海から上がると、その彼が青ざめた顔で大きなサメの背びれを見たことを教えてくれました。ハワイのマウイ島でも同じようなことがありました。ある日の夕方、撮影していると海面に渦が巻き、なんだろうと思ったら「シャーク」と近くの初老のサーファーが叫びました。「えっ!」と私が驚くと「ベイビーベイビー」と言って彼は笑って両手を肩幅ほどに広げました。

 海に接する機会の多い私ですが、サメからの被害を受けたことはありません。私が今までどうして被害を受けなかったのか、きっと何か予防する方法があるのではと思われる方もいるかもしれませんが、私は特に予防する方法をとってはいません。サメの被害を実際に予防する方法はないと思っているからです。ウェブサイトなどで「サメの被害を受けないために」などというコラムを読むと、さてどれだけ有効だろうかとよく思います。例えば、サメが襲ってきたらその目を狙って攻撃すれば効果的と書いてある記事を読んだことがあります。しかしながら海の中で獰猛なサメの目を攻撃するなんて空手の達人でも難しい技ですよね。それにシャークアタックは突然に起こります。気が付いたらもう襲われていたというケースがほとんどですから、サメに対して人間が防御するのは難しいのです。過去にもハワイの海で舷側から足を出して日光浴をしていた人の足が食いちぎられた事件があります。またフロリダでは海岸で赤ちゃんの両脇を抱えて水浴びさせていると、突然、海からサメが襲いかかり赤ちゃんをくわえて海中に消えていったという悲惨な事件もあります。もしシャークアタックへの最善の予防と言えるものがあるとすれば、それは海に入らないことでしょう。冗談を言っているように聞こえるかもしれませんが、猛獣と同じことで檻に近づかない、入らないことが一番の予防策なのです。

実際にサメに襲われた2人のサーファー

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 さて、サーフィンとシャークアタックを関連づけて考えると過去の二つの出来事が浮かび上がってきます。一つはハワイのカウアイ島で起きたべサニー・ハミルトンの事件です。有望なアマチュアの女子サーファーだったベサニーは、13歳のときハワイのカウアイ島でサーフィン中に15フィート(4.6m)のタイガーシャークに左腕を食いちぎられるという悲惨な事故に遭ってしまいました。事故に逢った彼女はなんと自力でパドルして岸まで戻り友人に助けを求めました。その友人の父親がリーシュ(サーフボードに付けるロープ)で止血して一命をとりとめることができました。事故が起きた原因のいくつかは彼女がカラフルなサーフボードに乗っていたこと、また波が小さくて穏やかだったことです。余談ですが、このべサニーの事件はサーフィンの世界で大きく話題になりました。その理由はシャークアタックそのものよりもベサニーが片腕でサーフィンにカムバックしプロサーファーとなったからです。それまで片腕でのサーフィンは不可能と思われていました。というより想像する人すらいなかったのですが、ベサニーはその不可能ともいえる壁を乗り越えました。彼女の苦難を乗り越えたこの物語は「ソウルサーファー」という題名で、ハリウッドで映画化されました。
(出典:Encyclopedia of Surfing by Matt Warshaw)

 もう一つの事故はWSLの試合中に起きた事件です。2015年の7月19日、南アフリカのジェフリーズベイにて世界チャンピオンのミック・ファニングがオーストラリアのジュリアン・ウィルソンと対戦中にシャークアタックに遭いました。サーフィンの試合中にシャークアタックが起きるなんて前代未聞の事件でした。しかもそれはTVの放映中に起きました。サメに襲われる映像は私の記憶ではこれが最初ではないかと思いますが、そのときのサメの行動やファニング氏による対処はたいへん参考になります。

 この事故の直後にミック本人が語ったコメントはこうでした「サメが接近してくるのが見えてサーフボードの反対側に飛び降りて泳いだ。背びれを見たが歯は見えなかった。泳ぎながらその歯が向かってくるのを待ち構え、そのサメの背中を蹴飛ばした。ボードに乗って再びパドリングをすると、背後から何かが向かってくる気配を感じた。見ると水しぶきが向かってきて…そこにパンチで2回ほど殴った。すると海底に引きずられ始めて、突然そのリーシュが引きちぎられた。私は泳いで叫び声を上げた。私は泳ぎながら考えたんだ。再び襲撃があるかもしれない。そう思って背後を向くとそれがいた。するとボートやジェットスキーがやってきた。まったく信じられないことが起きたよ」

人を襲うサメは500種類中10種類

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 これら二つの事件の共通点は、海が穏やかだったことと他のサーファーが周囲にいなかったことです。ベサニーはたった1人で波の小さな穏やかなときにサーフィンをしていました。ミックのときは試合でしたが、波が例年に比べて小さくしかも波の数も少なく無風で穏やかでした、また試合中だったためにこの2人以外は周囲に誰もいなかったために、サメの注意を引き狙われたと思われます。とにかくミックに幸いしたのは、サメに気づきひるむことなく逆襲したことで奇跡的に無傷で生還できました。私は前述でも述べたとおり、これまで人間がサメに対して攻撃をするなんてありえないと思っていましたが、この映像を見て考えが変わりました。もしサメの襲撃に気づくことができ、落ち着いて対応できれば、目を突くことは難しいにしても、そのサメに立ち向かって自らを守ることが可能だということです。

 さて、シャークアタックの事故を減らそうと世界中でサメの駆除が行われています。その結果、ここ数年はシャークアタックによる死亡事故は世界全体を合わせても約10件余りにまで減少しました。ただし、このまま駆除を続けるとサメが絶滅するかもしれないと科学者は警鐘を鳴らしています。サメの種類は500種ほどですが、人を襲うのはたった10種類余り。人を襲わない種類のサメまで駆除されてしまっているのが絶滅の大きな原因です。この状況はかつてのハリウッド映画で悪役にされた狼が絶滅寸前にまで追い込まれたのと状況が似ています。全世界で10件ならば、自動車の死亡事故のほうが確率で考えれば遥かに多いのですから、サメに対する考え方を改めても良い時代になってきたのかもしれません。


李リョウ

サーフィンフォトジャーナリスト。世界の波を求めて行脚中に米国のカレッジにて写真を学ぶ。サーフィンの文化や歴史にも造詣が深く、サーファーズジャーナル日本版の編集者も務めている。日本の広告写真年鑑入選。キャノンギャラリー銀座、札幌で個展を開催。BS-Japan「写真家たちの日本紀行」出演。自主製作映画「factory life」がフランスの映画祭で最優秀撮影賞を受賞。