フランス国内には大西洋側の沿岸に世界大会が行われるラカナウ、ホセゴー、ビアリッツなどのサーフポイントが多数あるにもかかわらず、なぜパリから15,705kmも離れたタヒチが選ばれたのか。その理由の一つに、IF(国際競技連盟)であるISA(国際サーフィン連盟)が、オリンピックの正式種目に昇格させたいという強い願望があったからだ。

 オリンピック開催国が追加競技を提案することができるようになったのは、前回の東京オリンピックから。日本は「サーフィン」を提案し、IOC(国際オリンピック委員会)の承認を得て、初めてオリンピック競技に採用された。

 しかし、追加競技は正式種目ではないために、例えば野球・ソフトボールのようにその競技が採用されるかは、開催国の大会組織委員会の事情に左右され、見通しが立たない。そこで、ISAとしてはサーフィンが若年層に人気があり、競技としてもエンターテイメント性が高いことを証明する必要があった。

 実は東京オリンピックが開催された梅雨明けとなる7月下旬の会場、千葉の釣ヶ崎海岸は南ウネリが入りやすくなるものの、さほど大きな波は期待できなかった。ルールの難解さからも、一般の視聴者の支持は難しいのではないかと影で囁かれていたほどだ。

 このため、ISAは2019年でも追加競技として決定していたパリ大会には、ダイナミックな波が割れ、視覚的にもインパクトがあるチューブ(筒状のトンネルのような波)をくぐり抜けることで、勝敗がわかりやすい場所を推薦した。それがタヒチのチョープーというサーフポイントだった。

 これがフランスが考える多様性、国内だけでなく海外の領土やコミュニティも含めてオリンピックを開催したいという意向と一致し、パリ大会組織委員会は2019年12月には自然豊かなタヒチを競技会場に選んだことを発表。翌年、IOCの承認を経て、タヒチでの実施が確定した。

 心配されていた東京オリンピックではタイミングよく台風が発生し、波はサイズアップ。迫力あるエアリアルやスプレーを飛ばす演技が、オリンピック関係者からも注目を浴びた。さらに日本代表の五十嵐カノアが銀メダル、都筑有夢路が銅メダルを獲得したことで、日本国内でも大きな反響を得ることとなった。

 これが追い風となり、2022年2月に中国で開かれた第139回IOC総会で「サーフィン」が、2028ロサンゼルスオリンピックにおいて正式競技として承認されることとなる。これで「サーフィン」が3大会連続で実施されることが決まり、ISAの目標は達成されることとなる。

 しかし、タヒチを会場に選んだことに懸念もあった。チョープーは乾季の5月から8月がベストシーズンで、沖合400mの珊瑚礁の上にある。大きなウネリが水深の浅い海底にぶつかると、行き場がなくなったエネルギーが勢い上に伸びて、巨大な底掘れした波になる。

 サイズは通常でも6~8フィート(1.8~2.4m)から20フィート(6mオーバー)を超えることもある。浅い所では水深50cmとなり、その水量の多さとパワーは破壊的であり、命にも関わるとても危険な波とも言われている。

 会場決定のニュースが報道されると、女子やスキルの足りない選手には危険ではないかという心配する声が出始める。今までこの場所はほぼ男子に限られていたことも、この意見に拍車をかけることとなった。見る方はスリリングでエキサイティングかもしれないが、やる方は命懸けとなるからだ。

 そんな中、大きな変革がプロ組織のWSL(ワールドサーフリーグ)のCT(チャンピオンシップツアー=世界最高峰のプロツアー)で起こる。2019年までタヒチのチョープーは男子のみが大会を行っていたが、2021年に男女の賞金を同額、会場も同じ場所で行うことになると、2022年から女子もこのチョープーで試合を行うようになったのだ。

 当初、女子は波が小さい時に行なっていたものの、今年の5月の大会では6~10フィート(1.8~3m)までサイズアップした中で、男子と同じくそのまま試合を続行。タティアナ・ウェストン・ウェブ(ブラジル)が、女子で初めての10点満点を叩き出した。

 このコンディションの中で優勝したのはタヒチローカルのヴァヒネ・フィエロ(フランス)、準優勝がブリサ・ヘネシー(コスタリカ)。これまでの練習の成果と技術の向上が実を結ぶ。女子も男子と同じ土俵でサーフィンができることを証明したことで、心配の声は収まることとなる。

 そこで気になるのはオリンピックのメダル予想。女子はこの3人に、2023年優勝のキャロライン・マークス(アメリカ)。東京オリンピックで金メダルを獲得したカリッサ・ムーア(アメリカ)がメダル争いに絡んでくることは間違いないだろう。

 男子は優勝経験のあるジョン・ジョン・フローレンス(アメリカ)、ガブリエル・メディーナ(ブラジル)、ジャック・ロビンソン(オーストラリア)の3人。さらにタヒチローカル男子のカウリ・ヴァースト(フランス)、女子のヴァヒネ・フィエロ(フランス)はどんなコンディションでも対応できる強みがある。

 日本代表男子は2016年からCTツアーにいる五十嵐カノア(26歳)。アメリカ生まれの日本人で5ヶ国語を話し、昨年、ハーバード大学 大学院入学した文武両道を地で行くスーパーアスリート。早くからこのタヒチに照準を合わせ、今度こそと金メダルを狙う。

 さらにオーストラリア人の父と日本人の母(女子サーフィン日本チャンピオン)を持つ、コナー柄沢オレアリー(30歳)。昨年、日本に移籍しての代表入り。五十嵐と同じくCTに在籍。身長185cm、体重85kgという大きな波にも負けないフィジカルを駆使して、この舞台に臨む。

 そして、稲葉玲王(27歳)は千葉県生まれ。父はプロサーファー。13歳でプロに合格し、早くから単身で海外に出て経験を積む。日本人離れしたパワフルなライディングが持ち味で、常に一発逆転のポテンシャルを持つ逸材。

 女子の松田詩野(21歳)は湘南、茅ヶ崎出身。中学3年生でプロデビュー。東京オリンピックで条件付き内定から最終選考で落選するも、不屈の精神でこのオリンピックの出場権を自力で獲得。この3年間のトレーニングで誰にも負けないフィジカルと精神的なタフさも身につけた。

 このチョープーで勝つにはスキルと経験値。波が大きくなれば、それはなおさらだ。やはり力量の差でWSLのCT選手が優位なのは、間違いないだろう。ただ、サーフィンは波のコンディションに左右される競技だ。

 試合は波や風、潮の満ち引き、相手選手と自分が獲得したポイントの差など勝ち上がるには何点必要かなど、瞬時に判断して戦うことが求められる。駆け引きが鍵となるものの、一番は波を見極めること。今大会はチューブをくぐり抜けることが勝因となるため、日本人選手のメダル獲得も十分に期待ができるだろう。

 このパリオリンピックの競技会場の中でも、特にゴージャスな自然に囲まれた環境のタヒチ。ダイナミックな自然が作り出す波と選手たちの演技が見どころだ。4年に一度というオリンピックならではのドラマチックな舞台を、ぜひその目で確かめてほしい。


山本貞彦

立教大学卒業後、森永製菓(株)に入社。大好きなサーフィンを仕事にしたく国内最大ブランドの一つであるソエダサーフボードファクトリーに転職、工場長に就任。専門誌「サーフィンライフ」広告ディレクター、サーフィン関連の輸入販売代理店を経て、フリーランスに。現在は「サーフメディア」などで記事を執筆しながら、サーフィンカメラマンも兼務。国内外のプロ大会でオフィシャルカメラマンも務める。