文=横井伸幸

スタッフがスタジアムへの集客手段として考えたのは?

 サッカークラブの収入源は一般的に試合の放映権、広告・スポンサー契約、そして試合日の入場料や飲食物販売等の3つに分けられる。

 このうち2つについて、人気があり強いクラブは圧倒的に有利だ。バルセロナやレアル・マドリーは毎年160億円前後の放映権収入を得ているし、広告の出し手やスポンサーを探すにも困らない。

 たとえば昨年秋に発表されたバルセロナと楽天の胸スポンサー契約は年間最低63億円で結ばれている。地方の小クラブと較べてみると、乾が所属するエイバルの場合、2016-17シーズンの放映権収入は50億円以下。スペイン北部でガソリンスタンド等を展開するAVIAから得ている胸スポンサー料は年間約6300万円。文字どおり桁が違う。

 となると、小クラブは試合日収入をできる限り伸ばしていかねばならないが、これもまた簡単なことではない。強ければ放っておいても客は集まるけれど、小さなクラブの勝率はたいていホームゲームであっても50%に満たない。またメッシやネイマールやクリスティアーノ・ロナウドのようなスターがいるわけでもない。ネタが少なければスポーツ紙も取り上げないので、試合の宣伝から始めなければならない。

 そんな状況にあって今シーズン話題を提供してきたのは首都マドリー郊外の同名の町を本拠とするレガネスだ。1928年創立で、今季クラブ史上初めて1部を戦う、典型的な地方の小クラブである。

 30歳前後の男性5人からなるマーケティング&コミュニケーション部の1人であるアルベルトによると、彼らはまず人々をスタジアムに呼び寄せる手段としてポスターを選んだ。

「ただ、試合があることを知ってもらうそのポスター上でレガネスを英雄的に扱うと、地元の人は喜ぶけれど相手チームのファンは眉をひそめる。ならばと堅苦しく素っ気ないものにすると、相手チームのファンには完璧だけれど町の人はそっぽ向く」

 そこでこぞって頭を捻り、生まれたのが「ユーモアを用いる」というアイデアだった。

「それなら全員に届くだろ。実際ここレガネスの町では評判いいし、他の町でもユーモアのセンスがある人にはおおいに受けている」

 たとえば昨年9月に行われたバレンシア戦のポスターでは、バレンシアのエンブレムが入ったベッドで眠る蝙蝠の上に次の一文が記されていた。

「早い時間に試合をするアドバンテージのひとつはこれであってほしい」

 キックオフがお昼の12時であること、それからバレンシアのマスコットが蝙蝠であることを活かして、見た人がニヤリとするものを仕立てたわけだ。

敏腕ディレクター、モンチもユーモアツイートで“応戦”

©Getty Images

 バルセロナ戦では直前のCLセルティック戦を7-0で大勝したバルサに向け、「この一戦は落とし穴。油断大敵」というメッセージを載せた。これは通常、弱者と対戦する強者の側が自らを戒めるために用いるフレーズである。

 さらに、こうしたポスターがきっかけで起こったジョークの応酬がメディアを賑わせた。
 
 セビージャ戦では、ポスターで「(今度の試合では)選手を名前で呼ぶべからず。モンチがやってくる。メモられ、連れて行かれてしまう」とやったところ、名指しされたモンチがツイッターで返答した。

「手遅れだよ。名前どころか住所までもう調べ上げてある(笑)」

 モンチは才能ある選手を安く買い集めることで名を馳せたセビージャの敏腕スポーツディレクターであった。

「イエローサブマリン」の愛称を持つビジャレアル戦では、スタジアムの芝を水面に替えた写真に「あなたたちの来訪に合わせました」と綴った。するとビジャレアルはレガネス名産のキュウリをスライスするGIF動画に「我々も準備できています」と添えて、同じくツイッターで返した。 

 ポスター製作を担うアルベルトはいう。

「サッカーの素晴らしさの一端でありながら、いまでは失われてしまった友情や兄弟愛をアピールしたいと思っている。レガネスのファンだけでなく相手チームのファンにも喜んでもらいたいんだ」

 果たして今シーズン前半戦の本拠地ブタルケ(1万958人収容)は、前年比1.92倍の平均入場者数9852人を記録した。集客の最大のカギとなったのは1928年のクラブ創設以来初の1部リーグだろうが、何度も全国規模のニュースになったポスターも力を発揮したのは間違いない。

 少なくとも地元以外の人にレガネスの名前を知らしめ、親しみやすく面白いクラブという印象を与えた。小さなクラブの創造性に富んだ宣伝・マーケティングである。


横井伸幸

1969年愛知県生まれ。大学卒業後たまたま訪れたバルセロナに縁ができ、01年再び渡西。現地の企業で2年を過ごした後フリーランスとなった。現在は東京をベースに活動中。記事執筆の他、スポーツ番組の字幕監修や翻訳も手がける。