文=横井伸幸

きっかけはディレクターのメンドーサとカルモナの出会い

 スペインリーグ2部に所属するUCAMムルシアは、今シーズンからチームの補強の仕方を変えた。きっかけは遡ること8年前、ディレクターの1人ホセ・ルイス・メンドーサが米国カリフォルニアに留学した際、目の当たりにしたデータ分析によるチーム戦力強化だった。

「スカウトは『ゲームビジョンが素晴らしく、パスがうまい』などと言って自分が見つけた選手を薦めてくるが、わたしはもっと具体的な説明が聞きたくなった。『ショートパスの成功率がリーグ平均を上回る80%で、ラストパスによるゴールチャンス創出も平均を越える1試合3回』といった風にね」

 適切なデータの提供元を探し続けたメンドーサとUCAMムルシアは昨年ついに手を組むべき相手を見つけた。マドリー市内で創業したばかりのオリガミスポーツだった。日本の折り紙にちなむと思われる名をつけて同社をパートナーと共に立ち上げたのは、米国アリゾナ大学で経済学と統計学を修める中「スポーツ経済学」と出会った27歳のサルバドール・カルモナだ。

「僕らの専門はデータを使ってのチーム強化。クラブのために過小評価されている市場(リーグ)でタレントを探すんだ。だから、試合前後のデータ分析もするけれど、テクニカルスタッフより会長やスポーツディレクターとやり取りすることが多い」

 オリガミスポーツは試合ごとに1万にも及ぶ細やかなデータを収集しているという。それらをカルモナは分析し、結び付け、選手それぞれの詳細な特徴を弾き出す。たとえば35m以上のパスを一試合平均何本成功させているか。ドリブルで抜く回数は1試合平均どれぐらいか。さらには、それがリーガ全体や欧州全体の上位何%に入っているかも計算する。

 反対に、ドリブルは下手で構わないから中盤でのボール奪取回数がずば抜けて多いパラグアイ人選手を教えてほしいと言われてもカルモナはすぐ対応する。彼が扱うデータベースは世界の主要リーグでプレイするおよそ1万2500人をカバーしているからだ。

クラブ役員が「50%ずつにすべきだった」と後悔

©Getty Images

 一方で、様々な数字が揃っているので、これまでとは異なる形で選手を評価することもできる。フォワードの場合、一般に得点の多寡で優劣をつけがちだけれど、細かいデータがあるとき重視すべきばゴールを決めた場面の「得点期待値」だ。これはプレイの速さとシュートを放つ位置から算出される値で、小さくなるほど決めるのは難しくなる。無人のゴールを前にしたときは0.9、PKは0.8、ペナルティエリア内の"絶好"ではないチャンスは0.07、エリアの外からは0.036といえば理解しやすいだろう。

 アシストの回数は、逆に重視すべきではなくなる。いくら良いパスを出そうともフォワードが決めない限り記録にならないからであり、味方のゴールを引き出す能力は「得点機会創出」の回数で測られる。

 こうした観点でお薦め選手リストを作ると、スカウトの主観によるリストとは全く異なるものができあがるそうだ。カルモナによると、データを活用した選手選択は強くなるための新たな手段を模索しているリーグで採用されやすく、オリガミスポーツのクライアントにはイングランドやイタリアのクラブが多い。翻ってスペインはというと、UCAMムルシアのようなクラブはまだ例外のようである。

「スペインは難しい。競技面でも経済面でもリーガが順調だからね。ただ、そうはいっても、いつかそのときは来ると思う。たぶん10年後、1部の全20クラブはスペシャリストを内部に置くか外部の会社に頼るかして、データ分析を補強に用いているだろう」

 だが実際のところ、データに頼ったチーム強化は有効なのだろうか。2011年の映画『マネーボール』で成功が紹介された野球と違い、サッカーは22人が絶えず動くダイナミックなスポーツ。一旦試合が始まったら時計は走り続けるという点で、データの利用が進んでいるバスケットボールやアメリカンフットボールとも異なる。

 これに関してカルモナが明らかにしたのは、「データを利用する割合は5%。残りの95%は従来のやり方」と言っていたあるクラブの役員が、1年後には「50%ずつにすべきだった」と頭を掻いていたことだ。

 そして彼自身も客観的なデータと主観的な意見を混ぜ合わせて選手を評価し、獲得するか否かを決めるべきだと考えている。スタッフや練習に対する態度など、数字で表されないものの中にもチームを作る上で肝要な要素がたくさんあるからだろう。


横井伸幸

1969年愛知県生まれ。大学卒業後たまたま訪れたバルセロナに縁ができ、01年再び渡西。現地の企業で2年を過ごした後フリーランスとなった。現在は東京をベースに活動中。記事執筆の他、スポーツ番組の字幕監修や翻訳も手がける。