文=横井伸幸

クラシコを超えるのはW杯決勝と五輪開会式

 去る1月、世界的ヒット曲のタイトルである「PPAP」を同曲とは縁もゆかりもない人が商標登録出願していたことが話題になった。先に押さえた権利をもって賠償金やライセンス料を要求するパテントトロールの一種である。

 リーガが「El Clasico」(エル・クラシコ)をスペインと米国で商標登録しようとしているのはそんな事態を恐れてのことかもしれない。

 レアル・マドリーとバルサの間で行われるエル・クラシコはいまや世界有数のスポーツイベントとなり、メッシの劇的なゴールでバルサが勝利を収めた4月23日の一戦は6億5000万人に及ぶ全世界の潜在的視聴者のために185カ国で生中継された。

 この数字を越えるのはワールドカップの決勝戦とオリンピックの開会式だけとされているので、商標権が問題になったらとてつもない金額が要求されるのは間違いない。リーガが打った一手は適切といえよう。

 一方で、リーガには第三者によるこのイベントの商業利用を抑制しようという考えもあるのだろう。実際、スペインの特許・商標庁に対し、現在ドーハ・スペイン・デベロップメントという会社が「エル・クラシコ バルセロナ・マドリー」という飲食店名の登録を出願している。バルサとレアル・マドリーそれぞれのエンブレムを模したロゴを付けているので便乗狙いは明らかだ。

 しかし、疑問が残る。極めて一般的な単語であるクラシコ(「古典的な」「伝統的な」「定番の」等の意)に冠詞「エル」を付けたところで、商標として認められるのだろうか。

 実はリーガは2014年にもEU全域での「エル・クラシコ」の商標登録を出願しているが、そのときは第三者からの反対受付期間中に衣類用洗剤や事務用品との混同が指摘された。

7月のプレシーズンにアメリカでクラシコが開催

©Getty Images

 今回は適用エリア外なので物言いを付ける者はいないだろうが、サッカーの世界で「クラシコ」といえば南米だ。最初にそう呼ばれたのはウルグアイのナシオナル対ペニャロールかアルゼンチンのボカ対リーベルと言われており、その他チリのコロコロ対ウニベルシダ・デ・チレやペルーのアリアンサ対ウニベルシタリオ、コロンビアのミジョナリオス対サンタフェ、メキシコのチバス対アメリカも、それぞれの国では古くから「エル・クラシコ」である。

 翻ってレアル・マドリー対バルサに初めて「エル・クラシコ」が使われたのは、読者数がスペインで最も多い新聞エル・パイスを遡って調べたところ、ほんの24年前の1993年1月31日。2度目はその2年後の1995年1月7日だ。

 さらに、スペインを代表する特許事務所PONS IP社の商標局ディレクターがエクスパンシオン紙上で語ったところによると、エル・クラシコがリーガの1シーズン380試合中の2試合にすぎない点も審査の過程で障害となり得る。

「商標登録の主な目的は他者による当該商標の不正使用と商業利用を塞ぐことです。法的観点からいうと、商標は商品あるいは特定のサービスに結びついていなければなりません。2クラブ間で行われるリーグ内の一戦をその範疇に収めるのは難しい」

 ただし、来る7月29日マイアミでレアル・マドリー対バルサが開催される米国では認められる可能性があるという。

「一定期間続くリーグの中の一試合ではなく、独立したひとつのスポーツイベントと捉えることができるからです」

 プレシーズンの国際大会インターナショナル・チャンピオンズ・カップの一環として組まれた同カードは「エル・クラシコ マイアミ」という冠付きで宣伝されており、チケットは大会史上最高の売れ行きを記録しているそうだ。

 ところでリーガによるこの度の出願はバルサとレアル・マドリーの承諾を得てのことだが、両クラブはどちらかというと乗り気ではなかったらしい。レアル・マドリーもバルサも、マーチャンダイジングの面で自分たちには不利に働くとみているようだ。


横井伸幸

1969年愛知県生まれ。大学卒業後たまたま訪れたバルセロナに縁ができ、01年再び渡西。現地の企業で2年を過ごした後フリーランスとなった。現在は東京をベースに活動中。記事執筆の他、スポーツ番組の字幕監修や翻訳も手がける。