誘発の流れと退職事情

 2025年を顧みると、1月の初場所から祝福ムードに包まれた。千秋楽の逆転で大関豊昇龍が2度目の優勝。「2場所連続優勝か、それに準ずる好成績」という横綱審議委員会の推薦内規を満たし、反対意見もある中で場所後に第74代横綱に昇進した。初場所中に一人横綱の照ノ富士が引退し、次の春場所は32年ぶりとなる横綱空位の可能性があっただけに、番付の伝統をつなぐ意義もあった。豊昇龍の昇進に誘発されるように、今度は大の里が大関として春、夏場所と2連覇し、第75代横綱に昇進。番付の東西の一番上にしっかりと横綱がそろった。名古屋場所は最新鋭の設備を持つIGアリーナの開業後最初のイベントとして開催され、平幕琴勝峰が初優勝した。秋場所は大の里が5度目の制覇を遂げて早々に年間最多勝が確定。一年納めの九州場所は安青錦の初制覇、大関昇進と華やかに締めくくられた。

 新しい横綱が次々に生まれたのとは対照的に、元白鵬が角界を去ったのは衝撃的だった。6月9日の記者会見では退職の理由として、師匠を務めた宮城野部屋が弟子の不祥事に端を発して2024年4月に閉鎖され、1年が過ぎても再開の時期が明示されなかったことを挙げた。その一方で、関係者によると、4月の段階で決心していた節がある。元白鵬はこの関係者に次のような説明もしたという。家系を引き合いに「自分の祖先は皇帝。だから家系的に照ノ富士の下についたり、後ろを歩いたりすることはできない」。移籍先だった伊勢ケ浜部屋は伊勢ケ浜親方(元横綱照ノ富士)が継承した。ともにモンゴル出身。好き嫌いとは別次元とも捉えられる。

 そういえば、立ち上げた会社の名は「白鵬ダヤン相撲&スポーツ株式会社」。同社によると、ダヤンはモンゴル第34代皇帝「ダヤン・ハーン」にも由来。この傑人が白鵬氏の祖先に当たるといい、こだわりが推察される。何はともあれ、数々の史上1位記録を塗り替えた実績を今後に生かさない手はない。2026年2月にはトヨタアリーナ東京で国際相撲大会「第16回白鵬杯」を開催し、少年男子に加え、「女子の部」(小学1年生から中学生)と「成人の部・男女」を新設する。これまでとは異なるアプローチで、相撲の世界的な普及に寄与することが望まれる。

安青錦の功績に皇室との関係

 2026年は、2横綱の間に安青錦が加わりそうな勢いだ。低い体勢での正攻法は魅力十分。幕下までは6勝以上、関取になってからは2桁勝利を維持する驚異的な好成績を続け、初土俵から所要わずか14場所で看板力士となった。年6場所制となった1958年以降初土俵では4番目に若い21歳8カ月での昇進。トップ5の他の4人は全員、のちに最高位に就いた。環境の変化もあり、新大関場所では本領を発揮するのが難しいといわれる。それでも安青錦の状態を考慮すると、2006年夏場所の白鵬を最後に20年近く達成されていない新大関優勝の興味も高まっている。

 ウクライナから来日して地道に努力を積んだ姿勢はファンたちの心をつかんだが、皇室からも思いが寄せられた。皇后さまが12月9日の誕生日に際し、宮内庁を通じて公表された感想で、安青錦に触れられたのだ。「大相撲では、九州場所で安青錦関が初優勝し、祖国ウクライナの戦乱を逃れて日本にやってきた高校生が、一心に稽古を重ね、日本の伝統である大相撲で大関まで昇進したことに感銘を受けました」。スポーツ界では米大リーグ、ドジャースの大谷翔平らの活躍と合わせての言及だった。

 2025年は相撲協会100周年を記念するように特別行事が目白押しだった。8月に大阪・関西万博会場内で巡業を行い、10月には平安時代の古式相撲を再現した東京・両国国技館での「百周年場所」と34年ぶりのロンドン公演。12月23日には国技館で100周年記念式典が催され、伝統文化としての存在感が示された。

 神事でもあり、国技として親しまれる大相撲は以前から皇室との関係が深い。幕内優勝力士に天皇賜杯が授与される他、例えば昭和天皇は相撲が大変お好きだったことで知られ、たびたび観戦のため足を運ばれた。国技館が特別な雰囲気に包まれる天覧相撲は近年、初場所での実施が多い。直近では新型コロナウイルス禍前の2020年初場所14日目、天皇、皇后両陛下と長女愛子さまをお迎えしたのが最後。今回の皇后さまの感想は、角界にとっても貴重だった。八角理事長(元横綱北勝海)は100周年記念式典でこうあいさつした。「次の100年に向けて、さらなる精進を重ねてまいります」。さまざまな期待を背負い、2026年は未来への第一歩を踏み出す。

大の里の課題と朝乃山の人柄

 初場所のチケットは早々に完売し、2026年も大相撲人気は継続することが必至。6月にはパリ公演と引き続いて国内外で話題を振りまきそうな中、まず注目されるのが大の里。2025年九州場所で左肩鎖関節脱臼により千秋楽を休場という異例の事態に陥り、初土俵以来初めて休場した。武器の一つの左おっつけに影響が残るかどうか。加えて、馬力を前面に出した取り口で最高位に駆け上がっただけに、ある横綱経験者は専門家の視点でこう指摘する。「これまでは馬力で勝ってきて、細かい技術をあまり覚えることなく上がってきたように見える。だから勝つときと負けるときの内容の差が激しい。このままだと今後は案外苦労して、優勝回数にも影響してくるかもしれない」。時折出てしまう安易な引き技を避け、攻めの幅を広げることが大横綱への道につながるとの見方だ。肩の負傷を機に下半身などをしっかり鍛えて自らを見つめ直し、何か開眼することがあれば〝けがの功名〟になるかもしれない。

 上位陣に引けを取らない歓声を浴びるのが元大関の朝乃山。新型コロナウイルス禍でキャバクラに通うなどして6場所出場停止の厳罰を受け、大関から三段目まで転落した。再起し幕内へ戻ったが、2024年名古屋場所で左膝に重傷を負い、長期休場でまたもや三段目に転落。2025年春場所で復帰すると順調に番付を上げ、初場所で幕内に返り咲いた。「落ちるところまで落ちたので、あとはやるだけ」との悲壮な決意が結実。幕内から三段目に落ちて2度再入幕を果たすのは史上初の復活劇だった。

 立派な体格で右四つの本格派。30歳を超えてのひたむきな姿が人々を魅了している。「気は優しくて力持ち」という力士像を体現しており、実際に人柄の良さをにじませる出来事もあった。2025年秋場所後の10月。浅香山部屋の幕下以下の力士たちが朝乃山の所属する高砂部屋へ出稽古に通った。その際、朝乃山は浅香山部屋の若手に分け隔てなく稽古をつけた。広く若手を育てることにもつながり、ある浅香山部屋の幕下力士はこう感謝した。「うちの力士にまんべんなく胸を出していただき、とてもありがたかったです。オーラを感じました」。貴重な体験にうれしそうだった。

 この他、横綱として初優勝を狙う豊昇龍や新入幕の2025年名古屋場所で優勝争いを繰り広げた新鋭の義ノ富士、首の大けがで番付を大きく落としながら奮闘している小兵の元幕内炎鵬の相撲など見どころは多彩。もちろん、右の相四つの大の里と朝乃山の初顔合わせが実現すれば、大きな楽しみの一つとなる。


高村収

著者プロフィール 高村収

1973年生まれ、山口県出身。1996年から共同通信のスポーツ記者として、大相撲やゴルフ、五輪競技などを中心に取材。2015年にデスクとなり、より幅広くスポーツ報道に従事