文=平野貴也

2013年に始まった自衛隊女子フットサル大会

©平野貴也

 4年前を思い出して、目を疑った。明らかに素人の動きをしていた30代の女性が、足下で軽やかにボールを扱っていた。アウトサイドのタッチでボールをずらしてパスコースを作り、インサイドで味方の前方にパスを転がした。記憶の中の彼女は、横から来るボールに体を合わせることができず、距離を縮めて来る相手にプレッシャーを感じ、バタバタとしながらボールを止めるのに苦労していた。「随分と上手くなっているぞ……」と驚きを隠せなかった。同じような現象は、続けて起きた。みんな、上手くなっている……。4月下旬に行われた「第5回自衛隊女子フットサル大会」の話だ。

 自衛隊女子フットサル大会は、各基地、駐屯地で活動する男子サッカーチームの日本一決定戦「全国自衛隊サッカー大会」の女子版として2013年から行われるようになった。「女子の部」と呼称された当初は、わずか4チームでの船出だったが、正式に「自衛隊女子フットサル大会」に改称した昨年(開幕前夜に熊本で震災が起きたため、大会は中止)は、24チームが参加するまでに規模が拡大。今年は20チームが参加した。

 そして、大会では、女性自衛官のスポーツ適性力を見せつけられた。元々、運動が好きで競技に興味を持ったからプレーしているわけだが、教わる姿勢と実行力を仕事で培っているため、課題を乗り越えていく力が強い。今大会には、かつてスフィーダ世田谷でなでしこチャレンジリーグ(なでしこリーグの次のカテゴリーで国内2部に相当)でプレーした経験を持つ航空自衛隊松島基地の大崎愛海さんも参加。幼少期に祖父と羽田空港に出かけるほど飛行機が好きだったという彼女は、25歳で一度現役を引退して航空自衛官になった。「最初は、ボールの蹴り方も分からない人とやっても面白くないし、遊び程度でと思って始めたのですが、一緒に練習をしていて1年もしないうちにすごく成長する方がいて、未来があるなと感じました。自衛官は、運動能力が高いですね。ビックリしました。大会に出る度に楽しくて、昔の気持ちを思い出すというか熱くなれますし、(相手が初心者でも)リスペクトする気持ちも生まれて来ます」と大会の印象を話した。自衛隊フットサルには、彼女も認める力強さと成長力がある。

 もちろん、未経験者が多いため、未熟な部分は多い。会場の問題だがコートが狭く、ゴレイロ(キーパー)同士がドッジボールのように投げ合う場面が増えた点は課題だ。育成年代で設定されるような制限(ハーフウェーラインを超えたら無効など)を設けた方が良いのではないかと大会関係者が審判団からアドバイスを受けていた。ただ、そもそも女子フットサルは、日本代表チームの結成が10年前の2007年とまだ歴史が浅く、プレーする人、場所を増やしていかなければならない発展段階だ。当然、フットサルを入隊以前に経験している女性自衛官は少ない。サッカーを含めても未経験者がほとんどだ。わずか4年で200人以上が自衛隊の中でフットサルに触れるようになったことは、競技レベルの向上とは別の部分では、大きな意味があ る。

コミュニケーションの活性化目的で始まった自衛隊フットサル

©平野貴也

 海上自衛隊や航空自衛隊が、部隊内のコミュニケーションの活性化などを目的にフットサルを採り入れ始めたことが背景にある。元々、自衛隊では様々なスポーツが行われており、サッカーやバレーボールなどいくつかの競技では全国大会が行われている。サッカーの場合は大人数が必要になるため、業務の調整が難しいという課題がある。その点、フットサルの場合は部隊内で1チームを構成できるため、基地内での対抗戦などを行いやすい。海上自衛隊は、一昨年度に球技大会の種目として採用。航空自衛隊も昨年度にフットサル大会を行った。海上自衛隊では、入隊直後などに配属される教育隊の必須科目の一つとしてフットサルを採用した。

 自衛官ではないが、海上自衛隊佐世保基地のチームでコーチを務めていた井川江理子さんは、フットサルの仲間が増えていく喜びを感じている。サッカー経験者の彼女は、女性がサッカーやフットサルを楽しむ環境がまだ十分に整っていない実情をよく知っている。小学生時代は男子と一緒にチームで活動できるが、中学生になるとプレー環境がないために別の競技へ移る子どもが多いのだ。だからこそ、井川さんは、社会人女性がプレーする場所を得られる環境に価値を見出している。「最初は初心者ばかりで手探りでやっていて、基地の中で経験者がいないかという話で声をかけてもらいました。言ったことを本当にやろうとしてくれるし、すごく上手になります。私は、みんなにこの大会だけで終わってほしくないと思っています。例えば、出産や転勤などでチームを離れても、また続けてほしい。そのための知識を教えたくて、一緒にやっています」と話してくれた。

 自衛隊スポーツの中で生まれたフットサルチームは、各地域の大会にも参加するため、自衛隊以外のチームにとっても対戦相手が増えるメリットがある。競技に触れる大人が増えれば、子どもに教える指導者も増えていく。日本代表などトップレベルとは別次元の世界ではあるが、次々に仲間を増やしていく彼女たちの努力や勢いが、国内における競技の普及と向上に少なからぬ影響を与えることは間違いない。


平野貴也

1979年生まれ。東京都出身。専修大学卒業後、スポーツ総合サイト『スポーツナビ』の編集記者を経て2008年からフリーライターへ転身する。主に育成年代のサッカーを取材しながら、バスケットボール、バドミントン、柔道など他競技への取材活動も精力的に行う。