【前編】「わからない」も立派な正解。しつもんメンタルトレーニング

30年ぶりに連勝記録を更新した将棋界の新鋭、14歳の藤井聡太四段の快進撃は日本中を沸かせた。スポーツの世界でも卓球の張本智和(13歳)、平野美宇(17歳)をはじめ、10代選手の活躍が報じられている。若い選手に希望を託すのはどの世界も同じだが、彼らのような天才少年・少女が登場する度に話題になるのが、彼らはいかにして育ったのか?という疑問だ。(文=大塚一樹)

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子どもに過剰な期待をかける“空の巣症候群”

子育てを終えた40代、50代の親に多く見られる精神の不調を「空の巣症候群」と呼ぶ。子どもにすべてを捧げた親が、子どもの自立、独立とともに文字どおり“すべて”を失い、言いようのない虚無感や孤独を感じ、精神のバランスを崩してしまう。

かつては、子どもの成績や良い学校への進学のために自分の人生をかける“教育ママ”、芸能界への夢を子どもに投影する“ステージママ”の行き過ぎた厳しさとある種の過保護ぶりを揶揄する向きもあった。だが少子化が進み、子ども一人にかける思いが強くなったからなのか、勉強、芸能、スポーツなどありとあらゆること、子育て自体に自分の存在意義を懸けているような入れ込みようの親が増えているという。

多くの場合、親本人はその状態に気づいていない。親が子どもを心配するのは当たり前だし、可能性があるならそれを伸ばしてやりたいと思うのは普通のことだ。うつ病治療を行っているクリニックに取材に行ったとき、スポーツが子どものうつ病の原因になるケースが増えていると聞いた。

「親が、子どもの様子がおかしいと連れてくるんです。たしかに子どもにうつの症状は見られる。でもそれ以上に、連れてきたお母さんの精神状態が不安定なケースが多い」

レギュラーから外されたことが原因で、子どもがスポーツを辞めてしまった。それからふさぎ込んでいる。異変を感じた母親の訴えはこうだった。しかし、別室で子どもだけに話を聞くと、「レギュラーから外れたこと」よりも「それをお母さん、お父さんが悲しんでいること」「それについて両親から言われる言葉」の方が辛いのだという。

心のどこにどんな負荷がかかっているかを知ることは、うつ病を含む気分障害の治療の第一歩だ。場合によっては、子どもより優先して両親の治療を行なわなければいけないケースもある。

入れ込みすぎる親の弊害は万国共通

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強すぎる思いは、子どもの成長を阻害する。しつもんメンタルトレーニング前編では、子どもたちとのコミュニケーション手段として“しつもん”がいかに有効かについて紹介した。子どもたちにしつもんをするのは、子どもたちのスポーツ、子どもたちの人生の答えは、子どもたちの中にしかないからだ。過剰に関わることの弊害は、多くの場所で語られているが、こうした親の問題は、何も日本に限ったことではない。

日本人は、海外の優れた教育法や、スポーツの育成法を金科玉条のごとくありがたがる傾向にあるが、海外でも問題は起きている。

今年3月、スペインの父の日に当たる休日に行われた12歳から13歳のカテゴリーのサッカーの試合で、観戦していた親同士がヒートアップして殴り合いのケンカに発展したというニュースが世界中に報道された。もちろんこれは恥ずべき事件だが、スペインにとってのサッカーは日本の比ではなくかけがえのないもので、親もサッカーをよく知っている。情熱的なラテンの血が、ヒートアップすることは珍しくない。

だからこそ、スペインの指導者は、その有り余るサッカーへの情熱をなるべくポジティブ要素に向けるための指導法を徹底して学ぶ。オランダでは、ライセンスを取得する際にサッカーの枠組みを徹底して学び、感情ではなく論理で指導する術を身につけることになる。アメリカでは、小学生年代ではスコアをつけない試合をこなすことで、勝利至上主義による過当な競争を避けている。

日本では、こうした仕組みの部分が「だから海外は素晴らしい」となって伝わってくるが、そこまでしないと指導者も保護者もヒートアップしてしまうから、必然的に制度やメソッドで抑制しなければいけないという側面もあることを知っておくべきだろう。もっと言えば、日本はその先のこうした事態を抑制するシステムや制度がまだまだ整備されていない。だからクラブや指導者によってかなりのバラつきがあるのが現状だ。

先日、本田圭佑選手がtwitterで、

とつぶやいた。「必要最低限のルールテスト」が何を指すかによるが、プレイヤーとしての実績と、指導者に求められる資質や技術は必ずしもイコールではない。それぞれが思い思いのコーチングを行った後に残るのは、どんな景色か。本田選手の真意をしっかり聞いてみたいとは思う。

決めつけや思い込みを捨て、子どもたちの真意を聞く

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さて、親である。しつもんメンタルトレーニングを提唱する藤代圭一氏によれば、スポーツをする子どもを持つ親の多くは、子どもの本当にやりたいことを把握していないどころか聞いたこともないという。

「たぶんこうだろう。こう思っているに違いないという思い込みで判断していることが多いんですよね。『サッカーがんばりたい、日本代表になりたいって言うからそれをサポートしているだけです』という親御さんも、なぜサッカーをがんばりたいのか?日本代表になりたい理由は何なのか?までをしつもんしている人はほとんどいません」

「たぶん」や「きっと」は明らかなNGワード。子どもの気持ちを決めつけて誘導しても、内発的やる気が生まれることはない。「自分で言ったことは最後までやれ」というのは立派な教訓のようだが、「自分で言ったこと」は変わるかもしれないし、そもそも自分の意志でその言葉を言ったのかについても考える必要がある。

「子どもたちは大人が思っている以上に優しいし、いろいろなことが見えているんです。それにお父さんやお母さんが好きなんです」

藤代氏によれば、子どもたちは親の顔色をうかがいながら、親が望む答えを一生懸命考えていることが多いという。

親が思うより子どもは優しい

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「これからもサッカーを本気で続けて行きたいと思ってるんだろ?」

これは誘導尋問。お父さんのなかに明確な答えがあって子どもにそれを言わせたいだけ。

「お父さんは続けて欲しいと思っているけど、おまえが嫌なら辞めても良いよ」

一見選択肢を与えているようだが、これも尋問の類だろう。ほとんどの子どもたちはお父さんの続けて欲しいという気持ちを尊重するのだ。

しつもんメンタルトレーニングの“しつもん”は、ただ子どもに問いかければいいと言うわけではない。大人の側にすでに答えがあって、それを復唱させるだけの問いかけはしつもんとはいわない。しつもんとは、それを聞くことでこどもたちが考え出し、自分の内面にあるものを口に出すきっかけ、行動を変えるきっかけになるものなのだ。

子どもを持つ親なら、子どもたちへのアプローチには気をつけているはずだが、しつもんの聞き方ひとつで、目に見えて子どもの答えや態度が変わる。もっと言えば、まったく同じしつもんでも、それを発する親の心理状態によって子どもへの伝わり方が変わるというのだ。

自分が満たされなければ、子どもが満たされることはない

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「シャンパンタワーの法則というのがあります。親、つまりあなたの心が満たされていなければ子どもたちや家族の心を満たすことはできません。シャンパンタワーの一番上のグラスがあなたの心、上から注がれたシャンパンがグラスになみなみ注がれて初めて、下に積み重ねられたグラスにもシャンパンが流れていくんです」

空の巣症候群で紹介した、子育てこそすべて、子どもの人生こそすべてという人の子育ては、往々にしてうまく行かない。それは子どものためにすべてを犠牲にしてその時期のリソースをすべてそこに突っ込むために、仮にうまく行かないことが出てきたときに、子ども以上に「こんなに尽くしたのに」「いろいろ犠牲にしたのに」という思いが込み上げてくるからだ。

その思いが子どもを追い込むのは間違いないし、子どもにとってはその言葉が呪詛となり、スポーツだけでなくそれからの親子関係にも大きな影を落とすことになる。

「お父さん、お母さんたちに言っているのは、自分のために何かをしましょうということです」

藤代氏は、自著の中で、親に向かって「最近自分のために何をしましたか?」と問いかける項目を用意している。「子どもをなんとかしたい」と思っている親にとっては戸惑うしつもんだが、「子どものために!」と目をサンカクにしている状態では、どんな言葉も子どもたちの中には入ってこない。

子育てを行う上で、○歳までにこれをやっておかないともう遅い! できる子どもはここが違った! のような情報が溢れているいま、愛する子どもに「何かしてあげたい」「できることは何でもしてあげたい」と思うのは当然のことだが、自分の方ばかり向いている親を見て、子どもはその姿から何かを学べるだろうか?

必要以上に甘やかさないために、必要以上に厳しくしないために、知らず知らずのうちに追い込まないために……。子どもたちのことを大切に思うなら、自分のこと、自分のためのことのプライオリティを上げるべきだ。親が心の余裕を持つことが、子どもたちとのコミュニケーションの質を激変させる大きなヒントになる。

ちなみに、子どものうつ病が増えているという話には続きがある。うつ病の傾向がある子どもたちは、総じて肩こりや腰痛を訴える。本来筋肉が柔らかいはずの子どもたちの背中がガチガチに硬くなっている。身体と心はつながっていて、相互に影響し合っているため、心配事は即ちスポーツのパフォーマンスにも影響を与えるのだ。

親は完璧である必要はなし、子どものためにすべてを懸ける必要もない。ちょっとしたことでも自分のために何かをしている親の方が、子どもとコミュニケーションが取りやすい。

「今日どうだった?」

不機嫌そうな顔、ネガティブなニュアンスを含んだしつもんは、「別に」をはじめとする会話を終わらせてしまうクラッシャー単語でクローズされてしまう。同じ言葉でも笑顔で、何の予断も持たずに、興味を持ってしつもんした「今日どうだった?」には、前向きな対話、子どもたちの気持ちを知ることができる発言がどんどん引き出せるはずだ。

子どもの問題は子どもだけの問題にあらず。子は親を映す鏡と言うが、むしろ親の接し方、過ごし方、充実度が子どものやる気や能動的な行動につながっていく。

<了>

「わからない」も立派な正解。しつもんメンタルトレーニング前編

30年ぶりに連勝記録を更新した将棋界の新鋭、14歳の藤井聡太四段の快進撃は日本中を沸かせた。スポーツの世界でも卓球の張本智和(13歳)、平野美宇(17歳)をはじめ、10代選手の活躍が報じられている。若い選手に希望を託すのはどの世界も同じだが、彼らのような天才少年・少女が登場する度に話題になるのが、彼らはいかにして育ったのか?という疑問だ。(文=大塚一樹)

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大塚一樹

1977年新潟県長岡市生まれ。作家・スポーツライターの小林信也氏に師事。独立後はスポーツを中心にジャンルにとらわれない執筆活動を展開している。 著書に『一流プロ5人が特別に教えてくれた サッカー鑑識力』(ソルメディア)、『最新 サッカー用語大辞典』(マイナビ)、構成に『松岡修造さんと考えてみた テニスへの本気』『なぜ全日本女子バレーは世界と互角に戦えるのか』(ともに東邦出版)『スポーツメンタルコーチに学ぶ! 子どものやる気を引き出す7つのしつもん』(旬報社)など多数。