パッキャオが打ち立てた数々の偉業については詳しく説明するまでもない。フライ級を皮切りにスーパーウェルター級まで6階級(8階級とする意見もあり)で世界チャンピオンとなり、強敵と幾度も名勝負を演じたエキサイティングなファイター。1990年代から4つのデケイド(10年間)で世界チャンピオンになった。こんな奇跡の選手はパッキャオのほかにいない。
生涯戦績は72戦62勝(39KO)8敗2分。世界タイトルマッチだけで26試合戦った。偉大なボクサーが表彰される「国際ボクシング名誉の殿堂」にも当然のように選ばれた。
ラストファイトは2021年8月のはずだった。ヨルデニス・ウガス(キューバ)とWBA(世界ボクシング協会)ウェルター級タイトルを争い、12回判定負け。持ち味のフットワークは鈍く、当時でさえ「年齢には勝てず」とずばり言われたものだった。試合後パッキャオは「グッドバイ・ボクシング」と語り、グローブを壁に吊るした。
「今までリングで戦ってきたのは、このスポーツに捧げる情熱があったからだ。家族は以前から『もう十分だ』と言っていた」
とも明かして引退していたはずのパッキャオ。そのパッキャオがプロボクシングに戻る気になったという。ボクシングにかける情熱が再燃したのか、まだ十分ではなかったというのか……。
体力は経験でカバーできるか
この間のパッキャオは抜群の知名度を生かし、2022年にフィリピンの大統領選挙に出馬して落選している。実現はしなかったがパリオリンピックへの出場意思を表明したこともあった。韓国と日本で格闘家とエキシビションマッチを行い、やはり衰えを嘆かれた。
パッキャオ復帰のニュースは今年の5月に報じられた。WBCのマウリシオ・スライマン会長に電話をかけてアピールしたのだという。元チャンピオンが一時引退からカムバックした際にタイトルマッチを要求できるという、WBCルールがあるそうだ。パッキャオがいきなり王者バリオスに挑むことになったのは、この規定を活用したわけだ。バリオスを下してウェルター級の最高齢王座奪取記録を打ち立てたいというのだ。
いつだってスター選手は喉から手が出るほど欲しい。しかし、当然ながらパッキャオを心配する良識的な声も業界にはある。46歳の年齢とアクティビティーの乏しさが不安視されているのである。
先ごろ鬼籍に入ったジョージ・フォアマンは1994年に45歳でマイケル・モーラーをKOし、20年ぶりに世界ヘビー級チャンピオンに返り咲いた。しかしそのフォアマンにしても、一度目の引退後10年のブランクを経て復帰してからは頻繁に試合をこなし、実戦感覚を取り戻していたのである。
パッキャオもそういった声を意識してか、現在のトレーニング動画をアップしている。ハンドスピードを速くシャドーボクシングを行い、「俺はまだまだやれる」と主張しているかのようだ。
練習の合間を縫って、6月8日にはニューヨーク州カナストータに向かった。国際ボクシング名誉の殿堂の殿堂入りセレモニーに出席するためである。殿堂選出はボクシング人にとって大きな栄誉だが、引退選手が対象のこの殿堂に選ばれた後に再び試合を行うのは異例である。
チャンピオンのバリオスは32戦29勝18KO2敗1分、アステカの異名を持つ30歳のファイターだ。暫定チャンピオン時代を含め、WBCウェルター級タイトルを1年10ヵ月保持している。
はたしてパッキャオはまたしても世界を驚かせることができるのか。戦前の予想ではバリオスが大きく優位と出ているが——。