そこで日本バレーボール協会はトルコ出身のフェルハト・アクバシュ新監督を招聘。代表監督として14~16年に女子トルコ代表を、22~23年に女子クロアチア代表を率いた名将だ。17~18年には中田久美監督時代に女子日本代表のコーチを務め、17年アジア選手権優勝に貢献。協会関係者は「世界中のことをいろいろ知っている。日本のチームに向いている監督」と大きな期待を寄せている。
アクバシュ体制1季目の今季は「強い根」を意味する「STRONG ROOTS」をスローガンに設定。「スタッフと一緒になって強い根っこを張ったチームをつくっていこうと頑張っている。従来の日本のバレーボールを守りながら、若い選手の革新的なプレーを加えて根っこを強いものにしていきたい」。かねてアクバシュ監督が評価する女子日本代表の技術力を生かしつつ、海外勢にも負けないフィジカル面の強さ、スピード、適応力を磨いていく方針を示した。
そんな女子日本代表の主将に就任したのは東京五輪、パリ五輪代表で新エース・石川真佑(ノバラ)。学生時代から主将としてチームをけん引し、U20女子日本代表でも主将を務め、19年U20世界選手権では初優勝に導くなど、経験値はチームナンバーワンだ。石川のリーダーシップはチームメートも高く評価しており、U20世界選手権優勝メンバーの山田二千華(NEC川崎)は「ジュニアの時から一緒にやっていて、その時も主将をやっていたので、今も昔と大きな違いは別にないけど、やっぱり彼女の冷静さだったり、プレー面でもすごい頼りになる」と好印象を口にした。
今季の石川は世界最高峰リーグ・イタリア1部ノバラでプレーした。レギュラーシーズンでチームトップの344得点をマーク。プレーオフでは4強入りを果たした。CEV杯ではイタリア初タイトルを手にするなど、異国の地で存在感をアピール。イタリアという土地柄ワインなどのお酒と接する機会は多いが「付き合いで食事時に1、2口くらいは飲むことはあるけど、それ以外はほぼ飲まない」と自らを節制しながら己を磨き続けている。
石川にとってパリ五輪は「結果も含めて、自分の力を発揮できずに終わってしまった」ほろ苦い舞台だった。古賀さんがいない今、その穴を埋める大黒柱として君臨するには覚悟を決める必要があった。「やっぱり自分がいろんな経験をさせてもらっているし、チームが勝つために、強くなるために行動しないといけない、やらなきゃいけないことも増えてきた。やりたいというよりもやらなきゃいけない。これからどうなっていくか分からない部分もあるが、自分はロスに向けてやりたいし、結果を出したいなと思っている」と力を込める。
ロサンゼルス五輪でのメダル獲得には石川以外の活躍も必須となる。アクバシュ新監督は若手の育成もポイントに挙げており、積極的に声を掛けているという。チーム最年少で18歳の秋本美空、河俣心海(ともに姫路)にはスパイクを打ち切る重要性を繰り返し指導。河俣は「やっぱり美空と自分が一番最年少なのでたくさん練習でも求められるというか、指導されることが多い。攻撃面でどんなボールでも強く打つことを求められているけど、やっぱりちょっとトスが崩れると思い切り打てない時がある。その時にもっと『パワー、パワー』と言われる」と苦笑いを浮かべるも、新戦力の発掘にも余念がない様子が垣間見えた。
早くも若手選手を実戦で起用する場面もあった。ロンドン五輪銅メダルの大友愛さんを母に持つ未来のエース候補・秋本はVNL第1週カナダ大会のオランダ戦(4日=日本時間5日)でシニア代表デビュー。第3セットの終盤にコートへ立つと、ライトからスパイクを決めて代表初得点を記録した。「思っていたよりブロックが高くて、打ち抜くことができるか分からなかったけど、打ち抜くことができて良かった」。ドミニカ共和国戦(8日=日本時間9日)では代表初ブロックを決め「相手の方が身長が高いので、自分の手に当たってびっくり」と声を弾ませた。
アクバシュ新監督は「勝利と育成」の両軸に重きを置いている。今季はVNLと世界選手権を控えた1年。ロサンゼルス五輪まで3年あるとはいえ、勝利でしか得られないものがあるとの考えだ。「今年の夏に挑戦してぜひ花を咲かせたい。選手も大人数を集めてトレーニングしている。スタッフも含めて選手と一丸となって集中して練習をしている。ベストな結果を生み出したい」と意気込む。
思いは選手たちにも届いている。石川は「ロスまで時間はあるが、この1年目もすごく大事だと思っていて、自分たちの位置を把握できる大会だと思うし、試合ごとに成長していける大会にしていきたい」ときっぱり。今の自分たちはどこが長所でどこが短所なのか。海外の猛者たちと相まみえることで、五輪の表彰台へ向けた道筋を明確なものにするのが狙いの1つと言えるだろう。
ロサンゼルス五輪への初陣となったVNL第1週カナダ大会は4戦全勝と好スタート。VNL第2週香港大会はパリ五輪金メダルのイタリアと中国に敗れたものの、タイとチェコに勝利を収め、通算成績6勝2敗でVNL第3週千葉大会(7月9日開幕、千葉ポートアリーナ)を迎える。石川は「監督も変わって、チームが変わって初めて日本のみなさんの前でプレーできるのをすごく楽しみにしている。自分たちもいい結果をお届けできるようにチーム一丸でいい準備をしていきたい」と闘志全開。女子日本代表の逆襲劇は始まったばかりだ。
アクバシュ体制、始動 女子バレー代表“再構築”の現在地
2028年ロサンゼルス五輪でのリベンジへ――。バレーボール女子日本代表の新たな旅路が幕を開けた。24年パリ五輪イヤーは前哨戦のネーションズリーグ(VNL)で初の銀メダルを獲得。銅メダルに輝いた12年ロンドン五輪以来の表彰台に大きな弾みをつけたはずだった。しかし、パリ五輪は1勝2敗で1次リーグ敗退。21年東京五輪に続き、2大会連続で決勝トーナメントに進むことができなかった。さらにパリ五輪後にはエースで主将の古賀紗理那さんが引退。ロサンゼルス五輪を見据える上で、一刻も早くチームの立て直しが急務となっていた。

“STRONG ROOTS”を掲げて始動した女子バレー代表。会見で再出発への決意を見せた石川主将とアクバシュ新監督(右) (C)共同通信