構成・文/キビタ キビオ 写真/下田直樹

ドラフト会議直前の打ち合わせに参加して当日の戦略を調整

──今年も10月20日にドラフト会議が開催されました。昨年までは、実際に指名する側として舞台に立っていただけに、大変だったと思います。

中畑 DeNAの監督に就任したのは2011年の12月。1年目のドラフトはすでに終わっていた。だから、オレは関与したドラフトは3回だな。指名はほとんどが即戦力を中心だった。チームの戦力としては、本当にバランスよく獲得することができたと思っているよ。

──2012年は、白崎浩之、三嶋一輝、井納翔一、宮崎敏郎。2013年は嶺井博希、三上朋也、関根大気、それと、育成指名で砂田毅樹。2014年は、山﨑康晃、石田健大、倉本寿彦といった多くのメンバーが、現在、一軍で戦力となっています。
中畑 いまや主力のほとんどが、オレが監督になってからの入団だろう? チームに必要な選手をしっかり獲得して鍛え、戦力にしたという点では胸を張れるよ。

──指名選手を絞っていくにあたり、中畑さんは球団やスカウトに対して、どの程度、事前に参加されていたんですか?

中畑 オレは会議直前の最終的な打ち合わせのときだけだったよ。全国の候補からスカウトが絞り込んでまとめた最終的な資料を見ながら、GM、スカウト部長、球団本部長、各担当スカウトなどと確認をしていた。このときに、他球団の動向を予想しながら、「もし、こういう展開になったら、ウチはこの選手を指名する」というような模擬想定をするのだけど、たとえば「今年は即戦力になり得るピッチャーを最低3人は確保して欲しいので、その線は外さないでくれ」とかさ。それも、先発タイプがいいのか中継ぎタイプがいいのか、あるいは、野手ならばキャッチャーを優先するのか内野を優先するのか、打てるタイプと足があるタイプでどちらが必要なのか、といった現場としての意見を出して調整していた。ドラフトというのは、その年のチームの順位や状況によって補強ポイントがその都度変わっていくものだからね。

──昨年までのDeNAのようなチーム状況の場合には、どういう考え方で指名すべき選手を絞っていったのですか?

中畑 ウチの場合は、基本的に戦力が乏しかったから、とにかく直接的に戦力になるという視点がメインだったな。それが第一だったよ。チーム編成というのは、1年間を通してトレードや外国人選手の獲得など、ほかにもいろいろするけれど、DeNAの場合、ドラフトは即戦力が中心。ただ、長い目でじっくり育てる選手の獲得も必要だから、そのバランスも考えて方針を固めていた。GMの高田(繁)さんが本当にいい仕事をされていたと思う。

──高校、大学、社会人、それぞれの日本代表が試合をするときなどに、高田GMがネット裏で視察している姿をよく見かけました。

中畑 うん。そういう試合は、すべて見に行っているよ。スカウト部長の吉田(孝司)さんと連携してね。アマチュアの試合を、よく見に行っていたよ。

具体的な選手の選定はGMとスカウトに任せる

──中畑さんは、事前にドラフト対象選手の映像を見ることはありましたか?

中畑 もちろん。最終的な確認の打ち合わせのときは、すべての指名候補の映像を見ながら、どのような特徴があるのか話をするのよ。「どのくらい速いの?」「球種は多いの?」とか、オレが質問をすると、担当のスカウトが説明してくれてね。それをこちらも消化して、チームに必要かどうかを考えてその場で調整していたんだ。

──中畑さんから「この選手を獲りにいこう」と、直々に英断したケースなどは?

中畑 全然ないよ。基本的にすべてスカウト部にお任せ。だって、その道のプロが1年がかりで見て絞り込んでいるのに、最後だけポッと入った人間がその流れを変えるようなことをいうわけにはいかないだろう? GMという役職もあるわけだから。補強やスカウトといったチームの編成はGMが権限を持って進めるべき仕事だよ。GMに要望は出すけどな。

──要望はいつ頃していたんですか?

中畑 それはしょっちゅう、というか1年中だよ。GMは公式戦のときには球場に来ているから、顔を合わせるたびにチームの現状についての話になる。それはつまり、いまのチームに必要な補強ポイントそのものだからさ。

──確かに、そういうことになりますよね。

中畑 GMとは会うたびに話をして、シーズン途中のトレードや外国人の補強なども含めて検討してもらっていた。すごくよくやってもらったと感謝しているよ。

DeNAのチーム作りは「育てる」こと

──GMに対する要望についてですが、監督になったばかりの2012年と、4年目の2015年とでは、その内容もチームの成熟とともに変わっていきましたか?

中畑 それは変わるよ。変わるというのは、つまり、チームのバランスを考えると、まず一番補強してもらいたいのはピッチャーなんだよ。どのチームだって、先発、中継ぎ、抑えのすべての役割で強力な方程式を身につけたいわけ。それさえ揃えばなんとかなる。あとは、野手の柱をしっかり作ったうえで、その前後左右でどのようにバランス良く選手層を拡げていくという流れだよな。ただ……。

──ただ?

中畑 理想としては、1年目からいきなり柱になるような選手ばかりが入ってくればラクになるに決っているじゃない? だから、要望としては、毎年、そういう選手を望むことになるわけ。でも、DeNAというチームは、いろいろな条件として必ずしもそれができる事情ではなかったから、そのなかでもできるだけ可能性のありそうな選手を指名してもらって、プロで通用するように「育てていく」ということになる。

──巨人やソフトバンクのような、大きな資金を動かして大物を獲得するようなことは難しかったということですね。

中畑 そういうこと。それは、ドラフトだけでなく、FAなども含めたチーム全体の補強としてもだよな。だから、ウチのドラフト戦略は「育てていく」ことが前提で、なるべくお金をかけずにチームを強化していく方針だった。その意味ではわかりやすかったし、オレにとっては腕の見せどころ。指導者としての楽しみでもあったんだ。

──メジャーリーグにならう形で、日本のプロ野球にも、チーム補強を大規模なトレードによって敢行する球団が増えつつある傾向ですが、それとは一線を画するスタイルですね。

中畑 いまのプロ野球では、なかなかないだろう? 経営努力をしながら、何年か先に優勝を目指す方針でチーム作りをしていく。実際には、そう簡単にはいかない世界だけれど、DeNAは今年3位に入ってクライマックスシリーズに出場したからな。これだけでも、オレから見れば大前進だと思うよ。

すぐに使えるかどうかは実戦で見極める

──ドラフト上位で指名した選手のなかで、年が明けて実際に春のキャンプでプレーする姿を見て、当初の期待と大きなズレがあったケースというのはありましたか?

中畑 そりゃあ、一番は2012年に1位指名した柿田(裕太)だよ。即戦力でローテーションに入ってくると思ったけどな。あの年は2位の平田(真吾)も期待していたんだけれども、あのふたりがいまだに鳴かず飛ばずなのは残念だ。

──ただ、逆に4位の三上朋也が抑えで活躍しました。

中畑 そうだな。三上を抑えに回して1年間やってくれた。ただ、2年目以降は低迷してしまって、その後、セットアッパーとしてある程度はきちっと仕事をするようになるまでに復調してきたけれど、まだ、あの1年目ほどの安定感はないな。

──三上にしても、翌年の山﨑にしてもそうなんですが、いくら即戦力になりそうな選手に目をつけて獲得したとはいえ、プロ1年目となれば、キャンプの時点で足りないところは多々あったと思います。そのあたりは、どのようにして“戦力”となるところまで短期間のうちに引っ張ってきたのでしょう?

中畑 それは実戦でプレーさせればわかるって! ピッチャーについては、「ブルペンエース」なんていわれる者がいっぱいいるから、ブルペンだけではわかりにくいけれど、実戦になってバッターが立ったときのピッチングを何回か見れば、「これは使えるぞ」と、わかるようになる。というか、そこで見ないとわからない。

──やはり、そういうものなんですね。たとえば、現在、先発の柱になっている井納を1年目から先発でいけると見抜いた理由はどういったところでしたか?

中畑 井納はすべての球種において、それまでのウチの投手にない力があった。どのボールでも空振りがとれるというね。しかも、スタミナも十分。ただ、総合的なコントロールや組み立ては、アイツの能力にはなかったから、それさえうまく引き出せれば完投、完封できるという見込みだよ。それを補うには、リードに長けたいいキャッチャーがいれば、女房役に育ててもらうという手もあったけれども、ウチにはいなかったから、経験を積ませるしかないと思った。それで、1年目から先発で使ったんだ。

──それにしても、まだ実績ゼロの段階です。よく、見抜いたなと思います。

中畑 いや、ウチは根本的に戦力が乏しかったから新人に頼るしかなかったんだよ。迷っている暇なんかなかった。それは、昨年の石田(健大)、砂田(毅樹)もそう。このふたりも、「もう1~2カ月はファームで経験を積ませたいな」と見ていたのよ。でも、先発がバタバタ倒れてローテーションが組めなくなっちゃった。だから、オレが二軍監督に頼んで、前倒しで上げてもらって先発させたんだ。オレの4年間というのは、そんなことばかりだった。でも、楽しかったよ。若い連中が、上でプレーできるチャンスを得て必死になってさ。およばずながら多少なりとも結果を作ってくれたから、先が楽しみだった。

──先発ピッチャーであれば、最初は3回、4回であっても、それが少しずつ伸びていくわけですよね。

中畑 そうそう。しかも、一所懸命にひたむきにやってくれるし。そういう空気のなかで野球ができたことは、監督冥利につきるよ。選手づくり、それは、人づくりでもあるわけで、最終的にはチームづくりとなるわけだけど、「チーム作りはファンのみなさんにお願いします!」って言ったの、オレは。ファンのみなさんと一緒になってつくっていこうということでね。弱くても、一生懸命応援してくれたおかげで、選手が最後まであきらめないチームに成長してくれたよ。そういう空気がどんどん拡がって、今年のような結果になってくれたことは、本当に良かったと思っているよ。

──そして、来年以降はさらに上を目指すわけですね?

中畑 もちろん! チームとしてのさらなる成長を期待しているよ。

(プロフィール)
中畑清
1954年、福島県生まれ。駒澤大学を経て1975年ドラフト3位で読売ジャイアンツに入団。「絶好調!」をトレードマークとするムードメーカーとして活躍し、安定した打率と勝負強い打撃を誇る三塁手、一塁手として長年主軸を務めた。引退後は解説者、コーチを務め、2012年には横浜DeNAベイスターズの監督に就任。低迷するチームの底上げを図り、2015年前半終了時にはセ・リーグ首位に立つなど奮戦。今季から解説者に復帰した。

キビタ キビオ
1971年、東京都生まれ。30歳を越えてから転職し、ライター&編集者として『野球小僧』(現『野球太郎』)の編集部員を長年勤め、選手のプレーをストップウオッチで計測して考察する「炎のストップウオッチャー」を連載。現在はフリーとして、雑誌の取材原稿から書籍構成、『球辞苑』(NHK-BS)ほかメディア出演など幅広く活動している。


キビタ キビオ