存在感増すネット配信

 今大会、全試合を日本で放送できる権利を持つのはネット配信大手のNetflixだ。これまで大相撲の世界を描いた「サンクチュアリ」や伝説の詐欺事件を描いた「地面師たち」、時代を築いた悪役女子レスラー・ダンプ松本さんを主人公に描いた「極楽女王」など、ドラマの世界に新風を巻き起こしてきた。世界的に見ても、ドラマや音楽などいわゆるエンタメ系に強いという印象の配信会社が、WBCの独占的な権利を獲得したというニュースが飛び込んできたは、去年の8月だった。これまでにも2022年サッカーのワールドカップをAbemaが配信し、ボクシングのスーパースター・井上尚弥選手の試合はNTTドコモが提供するLeminoが独占で配信するなど、スポーツ界でもネット配信の流れがどんどん強まっていることを感じていた人は多いと思う。しかし、ワールドカップは地上波放送も並行してあった。まさか、いまや国民的行事ともいえるWBCがネット配信でしか見られなくなるとは…。多くの嘆き節を聞くが、そこにはそうならざるを得ない事情がある。

5倍に跳ね上がった権料

 報道によれば、今大会の日本の放映権料は約150億円といわれている。前回大会が30億程度といわれていることを考えると、わずか3年で5倍とは途方もない高騰である。正直、いま日本のテレビ局にここまでの金額を払えるところはない。もっとも資金力のあるNHKは受信料の値下げをして以降、一気に赤字体質となり、いまやスポーツ中継の予算を大幅に削っている。民放では、優等生の日テレやテレ朝、TBSでも到底手に届く額ではない。

 なぜ配信事業者はここまで高額な放映権料を払えるのか?その背景には、配信事業のビジネスモデルにある。放送事業者を見てみるとNHKは受信料で成り立つ。一方で、民放はCMで成り立つ。放送事業はこの二元体制が均衡を保ちつつ成り立ってきた。そこに割り込んできた配信事業は月会費をとる。これは受信料で成り立つNHKのスタイルに近い。その上で、CMを入れる。もちろんCMを入れない少し高額な契約を提供する配信事業者もあるが、毎月の負担を減らしたい視聴者の多くはCMを許容する。こちらは民放スタイルだ。これを両立させることで収益は格段に上がる。さらに、若者を中心にテレビより配信に重心が移っている。これにあわせて企業の広告費はより配信に流れる。こうして配信事業者はバブルとも言っていいほどの予算を持ち、一気に5倍ともいわれる放映権料を払えるようになったわけだ。

地上波からWBCが消える?? 大騒ぎだったテレビ局

 去年8月にNetflixの独占配信が決まってから、もちろんテレビ局のなかには、並行して地上波で放送できる権利、いわゆるサブライセンス権を取得しようという動きはあった。界隈では、日本ラウンドの興行権を持つ読売グループが必ず民放に権利を取らせるはずだという声があった。しかし、大会が近づくにつれ、日本でマーケットを広げたいNetflixにはその考えが毛頭ないことが伝わってくる。それと同時に、各テレビ局の担当者から聞こえてきたのは、報道番組や情報番組でWBCの映像を流すことができるのか?という不安の声だった。これまで放送事業者は、どの局が放映権を持ったとしても、報道番組や情報番組については期間を24時間などに限って多くの場合に無償で映像を融通しあってきた。それぞれに権利を持つからこそ成り立ってきた仕組みだが、配信事業者にとっては言ってしまえば「知ったことか」という話だ。だからこそ、放送事業各社は一切映像を使えなくなるのではないかという危機感を持つ。大会が近づいても映像を使用できるめどがなかなか立たず、「地上波からWBCが消えるのでは」という声さえ上がっていた。サマリー映像が分岐されると決まったのは、2月の末だった。

スポーツ中継の未来は

 かくして今回のWBCは、報道番組や情報番組では地上波でも見られることになった。しかし、これから先も安泰とは決していえないのが実情だ。配信事業者にとっては、独占で伝えることは加入者を増やすという意味では大きなメリットがあるからだ。それでも地上波放送には老若男女問わず、収入が高かろうが低かろうが、田舎だろうが都会だろうが、最低限の費用負担で広く伝えられるという底力がある。今回のWBCでよくよく見ておく必要があるのは、Netflixでどれだけの人たちが生中継を見るか、すなわち加入者がどれだけ増えるか。そしてこぞってWBCを取り上げるであろう地上波のテレビ局の報道番組や情報番組が、どれだけ国民の熱狂を駆り立てるかだ。私たちには現時点では、まだ配信事業者の力だけでは国民の熱狂までは生み出せないように思える。もちろんスポーツ中継を行う放送事業者も配信事業者もビジネスとして、それを行っていることは疑いない。しかし、配信と放送がうまく力を合わせれば、その効果は何倍にもなる可能性がある。その形こそスポーツが広く国民とともにある未来の姿と言えるかもしれない。


VictorySportsNews編集部

著者プロフィール VictorySportsNews編集部