坂本勇人が山田哲人らから聞いて取り入れた意識

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──4月に、中畑さんが毎週土曜日と日曜日に出演しているテレビ東京の『SPORTSウォッチャー』という番組を拝見しました。そのときに、坂本勇人(巨人)のドキュメント映像が放送され、坂本本人が自らのバッティングに対する考え方を語ったインタビューもありましたね。そこで話していた内容は、以前よりも手元まで引きつけて右方向へ打つイメージを持つということ。そして、スイングは「下から上へ」と振るように意識するようになったのが、今年の好調の秘密ということでした。あの考えについて、中畑さんの考えをお聞きしたいと思います。

中畑 いまの選手ってさ。みんな「下から上へ」と表現するんだよ。特に、山田哲人(ヤクルト)とか筒香(嘉智/DeNA)のような“いいバッター”と言われるような連中が言っている。坂本も侍ジャパンの試合で彼らとプレーしたときにその話を聞いて、自分のバッティングに取り入れたんだ。それで、今シーズンは右方向への長打が増えたそうなんだけど……。「下から上へ」というのは、あくまでもボールをとらえたあとの形のイメージなのよ。ボールをとらえる瞬間までは、絶対に「上から下」。そうでなければ、実際にボールを打つことはできないよ。

──なるほど、テイクバックのトップのところは、どんな選手でも肩のラインよりも上に位置していますよね。テニスプレイヤーが両手打ちするときのように物理的に「下から上」に打っているわけではありません。

中畑 そうだろう? そういうボールのとらえかたは、野球ではあり得ない。一番大事なことは、ボールをつかまえる瞬間まではある程度ダウンに入りながら、つかまえてからのフォロースルーのときに「振り上げていく」ということなんだ。そういうイメージを坂本はインタビューで言っているのだけど、前半部分の説明がないまま「下から上」と、結論だけ言っているところだけが放送されてしまったから、聞く人によっては、右バッターでいうと右肩を極端に下げた状態からしゃくりあげるアッパースイングをイメージしてしまうだろうと思ったんだよ。

──そういうフォームだと、どういう不都合が生じるんですか?

中畑 絶対的にハイボール(高目)に対応できない。ハイボールは逆にダウンスイングでバットのヘッドが立ったまま、極端な話、そのままスイングするくらいの軌道をイメージして振らないと対応しきれないよ。それは、野球におけるピッチャーの球威を考えれば当たり前のこと。それに、スローモーションの映像を見ればわかるけど、本当に最初から「下から上」に打っている選手なんて誰もいないよ。

──確かにそうです。

中畑 それは、坂本や山田も当たり前すぎて言っていないだけなんだけど、あのときのインタビュー映像ではしゃべったことをそのまま流してしまい、「ボールをとらえるインパクトまでの瞬間まではむしろ『上から下』なんだ」と説明していないから、「インパクトの前から『下から上』」と言っているようにしか聞こえなかった。

──坂本選手のドキュメント映像が流れている際、画面の端の方に小さく抜かれて映っていた中畑さんが、なにか強い語気で話していたのはわかったんですが、音声が絞ってあったので詳しくは聞き取れませんでした。そのことを話していたんですね。

軸回転の意識が「下から上」のイメージとなる

──「下から上」というバッティングについて、本来の考え方はよくわかりました。ただ、いま一番打っている山田や筒香が言うことです。坂本選手はそのイメージをうまく取り入れることができましたが、プロアマを含めて多くの選手に与える影響力は大きいと思います。中畑さんは誤解のないようにしてほしいということだったんですね。

中畑 そうなんだ。たとえば、梶谷(隆幸/DeNA)は実際の練習で、本当に「下から上」にスイングしているんだよ。だから、「自分が打っているときの映像を観てみろ。最初から『下から上』にスイングなんかしていないぞ。“入り”は『上から下』だろう? つかまえたあと、アッパー気味に『下から上』というイメージは悪くなけれども、それを前提として言わないとみんな勘違いするし、自分自身も勘違いしているんじゃないか?」と言ったんだ。そういうスイングを練習のときから追いかけすぎていた。

──あくまでも、トップからの始動は「上から下」と。

中畑 要は軸回転ということ。体重移動をあまり意識しないようにして、その場で回転するスイングだから「下から上」というイメージに感じられる。とにかく「スウェーしてはいけない」「軸足の上で回転する」という意識があるから、そういう表現を使いたくなるんだよな。

──ボールを遠くへ飛ばそうとすると、どうしても投手方向に大きく体重移動をして勢いをつけたくなります。そうすると、頭まで大きく動いてしまう。それが、いわゆる「スウェーしてしまう」ということですね。それをしないようなスイングをしなさいと。

中畑 そう。オレが選手だった頃はそうではなくて、「体重移動をするなかで軸を作りなさい」という教え方をずっとされてきたけどな。

──思い出してみると、中畑さんが現役時代の頃の打ち終わった直後のフィニッシュの形は、踏み出した左足のほうに体重が移っていて、そのまま走り出しそうな体勢であることが多かったですよね。一方で、筒香や山田のフィニッシュは軸足のほうに体が残っていて、そのために上に向けて打っているような残像になっています。体重移動に対する考え方がむかしといまではまったく違ってきているということですね。

中畑 いまは、さっき言った軸足の上に体重を残してそのままスイングするという“軸回転”の意識がすごくある。もちろん、少しは体重移動をしているので、そこも勘違いしてほしくないんだけどな。

──一流打者のスイングが、現在までに軸回転重視に変化してきたのはなぜですか?

中畑 それは“動くボール”が主流になりつつあるからだよ。バッターに近いところで微妙に変化するボールが多いから、少しでも引きつけて軸がぶれないようにして、ボールをギリギリまで呼び込んだなかでパーンと打ち返す。それを意識しているから、「下から上」というイメージになり、そういうバッティングが要求されているのだろうな。

──いつのまにか打つべきポイントをズラされてしまうので、勢いをつけるために動きの大きい打ち方をしていては、ミスショットばかりになってしまうわけですね。

中畑 その意味では、すごくバッティングが難しい時代だよ。オレがプレーしていた頃は、動くボールなんてなかったもん。ちゃんとした真っすぐだった。

筒香が復調しなかったら腹を切る!?

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──さて、今回話題に挙がったひとりの筒香について伺いたいのですが、大丈夫ですか? 以前に「WBC疲れから脱すれば大丈夫」という話はすでに聞いていますが、なかなかそのきざしが見えてきません。

中畑 うん。ただ、実際ね。本来のインパクトの強さというのは、オレから見るとまだいまひとつなんだよ。体のキレというかな。体全体がキレるようなスイングができていないんだ。体と腕のバランスがまだ悪いな。

──バットのヘッドの走りが悪いということですか?

中畑 それはつまり、体のキレが悪いからよ。ボディーバランスが悪い。アイツ、太ったんじゃないかな? 体が太くなったように見えない? スイングするときに体が邪魔しているような感じがするんだよ。

──どうでしょう? パッと見た目はあまり変わっていないように思えますが……。

中畑 あるいは、筋肉をつけすぎてしまっているのかもな。

──確かに、昨年ほどは引っ張りきれていない気はします。

中畑 まあ、徐々に引っ張れるようにはなってきているけどな。その基準としては、引っ張って強い打球のファウルがあるかどうか。それがたくさん出てくるようなら安心できる。

──ただ、追い打ちをかけるかのように、股関節痛により2試合欠場するということもありました。なかなかきっかけがつかめない感じです。

中畑 ポン、ポン! と、何試合か続けてホームランが出れば、オレは変わってくれると思っているよ。それがまだ出ないからな。

──それと、昨年よりも打球が上がらないことが多いのも気になります。

中畑 だから、そこも体のキレの問題なんだよ。

──いずれにせよ、もう少し様子を見るということですね。

中畑 オレは開幕前から「筒香は5月スタート」と言ってきたからな。それが少し遅れているというのは確かに認めるよ。ただ、復調は必ずする。もし、しなかったら切腹するよ。

──ええ!?

中畑 いや、もちろん冗談だよ(笑)。ただ、きっかけひとつで、近いうちにまた昨年のような筒香を見ることができるということは、自信をもって言うよ。ベイスターズファンの人は、もう少しだけ待ってあげてほしい。心配はいらないよ。

(プロフィール)
中畑清
1954年、福島県生まれ。駒澤大学を経て1975年ドラフト3位で読売ジャイアンツに入団。「絶好調!」をトレードマークとするムードメーカーとして活躍し、安定した打率と勝負強い打撃を誇る三塁手、一塁手として長年主軸を務めた。引退後は解説者、コーチを務め、2012年には横浜DeNAベイスターズの監督に就任。低迷するチームの底上げを図り、2015年前半終了時にはセ・リーグ首位に立つなど奮戦。2016年から解説者に復帰した。

キビタ キビオ
1971年、東京都生まれ。30歳を越えてから転職し、ライター&編集者として『野球小僧』(現『野球太郎』)の編集部員を長年勤め、選手のプレーをストップウオッチで計測して考察する「炎のストップウオッチャー」を連載。現在はフリーとして、雑誌の取材原稿から書籍構成、『球辞苑』(NHK-BS)ほかメディア出演など幅広く活動している。

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中畑清
1954年、福島県生まれ。駒澤大学を経て1975年ドラフト3位で読売ジャイアンツに入団。「絶好調!」をトレードマークとするムードメーカーとして活躍し、安定した打率と勝負強い打撃を誇る三塁手、一塁手として長年主軸を務めた。引退後は解説者、コーチを務め、2012年には横浜DeNAベイスターズの監督に就任。低迷するチームの底上げを図り、2015年前半終了時にはセ・リーグ首位に立つなど奮戦。2016年から解説者に復帰した。

キビタ キビオ
1971年、東京都生まれ。30歳を越えてから転職し、ライター&編集者として『野球小僧』(現『野球太郎』)の編集部員を長年勤め、選手のプレーをストップウオッチで計測して考察する「炎のストップウオッチャー」を連載。現在はフリーとして、雑誌の取材原稿から書籍構成、『球辞苑』(NHK-BS)ほかメディア出演など幅広く活動している。


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