取材・文/石塚隆 写真/櫻井健司
8月に起きた予想外のスランプ
プロ野球史上初、ルーキーイヤーから2年連続となる20セーブを記録している横浜DeNAベイスターズの山﨑康晃。いまや球界を代表するクローザーに育ちつつあるが、彼自身にとって、ペナントを戦う上で昨年との一番の大きなちがいは「怖さを知った」ことだと言う。
「1年目は怖いもの知らずで投げることができましたが、いろいろな経験をさせてもらったことで、僕自身、改めて野球の怖さを知ることができました。投球するなかで、果たして一番いい選択はなんなのか。ピッチングコーチやキャッチャーと話し合い、数多くの選択肢があるなか、間違えのないように1球1球を投げています。失敗は決して許されない怖さっていうんですかね……」

DeNAの絶対守護神として順調なシーズンを歩んでいた山﨑が、突如として調子の波を崩したのは8月2日の阪神戦だった。2‐2の同点の9回表に登板すると、自己ワーストとなる4失点で負け投手になる。翌日の試合では2点リードの場面で登板するとゴメスに本塁打を食らい1失点。セーブこそ挙げるものの、ボールに力がなく不安が残る内容だった。その懸念は的中し、翌日4日の試合では2失点、さらにその翌日の中日戦では3失点し、山﨑は4連投で10点を失う大スランプに陥った。8月1日に1.69だった防御率は3.73まで悪化した。
投球後、焦点を失いうつろな表情でベンチに佇む山﨑の姿は印象的だった。だが、負けず嫌いの“自称・楽天家”は、目線を落とさず、上を向くことを忘れない。
怖さの現実――自己ワーストの4失点を喫した翌日、山﨑は、平常心を保つかのようにこう語っている。
「プロ同士が対戦すればピンチというのは何度も訪れますし、その覚悟がなければこの世界ではやっていけません。抑えになってからは、失敗した次の日であっても、容赦なく9回に1点差での出番は訪れます。そのつもりで僕はユニフォームを着ているし、毎日準備しているんです。そういう意味では1日たりとも気の緩みは許されない。だからこそ、開き直って今日もマウンドに立ち、やり返すつもりです」
2年目の山﨑康晃が感じたチームの変化
ルーキーイヤーに活躍した選手につきまとう“2年目のジンクス”という迷信めいた現象。山﨑も8月前半の状況だけを見れば、そう言われても仕方がないが、実際のところは大崩れするまで防御率は1点台をキープし、8月20日現在、27セーブを挙げ、巨人の澤村拓一に次ぐリーグ2位のセーブ数を残している。
通常、他球団から投球に関する詳しい分析や研究がされたり、初年度からの疲れがどうしても表れてしまい成績が下降気味になってしまう2年目にあって、山﨑の働きぶりはクローザーという難しい立場を鑑みても及第点と言っていい。
「昨年よりも進化している部分ですか? あらゆる面で今年のほうが余裕はありますね。シーズンオフにトレーニングをしっかりやって一年間耐え抜く体を作って、いよいよ終盤というときを迎えている。昨シーズンはゴールデンウィークが明けたあたりで正直ヘトヘトだったんです。その状況から考えれば、精神的にも肉体的にも余力はあるし、これからが本当の勝負だと思いますね」
また今年は、昨年に比べブルペンの雰囲気がとても良いという。山﨑が不調にあえいでいた時期、試合の締めくくりを担っていたのは、三上朋也をはじめ、田中健二朗、須田幸太といったそれまで山﨑の前を投げていた面々だ。山﨑不調のなか、彼らから放たれる1球1球からは、「ヤス(山﨑)の分まで、頑張る!」といった苦楽をともにしてきた仲間に対する思いが溢れているような気がした。
「一生懸命やってくださるコーチの方々がいて、僕が不調のときに支えてくれるリリーバーの選手たちがいる。本当にみんな、コミュニケーションが上手くとれていて、ピッチャー同士、昨年よりも食事に行く機会が増えたんです。それから、筒香(嘉智)さんとも話すんですが、『昨年の前半、連勝していた時期は楽しかったよな』って。再びああいった流れを生むため、僕以上に考えている人がたくさんいるし、チーム全体でそういった『明るい雰囲気にしよう』って感じはありますね。厳しさのなかにも、ロッカールームでは笑いもあるし、ベンチは楽しい。ブルペンでは互いが声を掛け合って、本当にいい環境で野球ができているんです」
そこには当然、初のクライマックスシリーズ出場へ向けた思いと、また昨年前半戦首位から最下位へ転落した悔しさが多分に込められている。
「昨年、たくさんの人が悔しい思いをしたし『今年こそは』っていう気持ちは強いはずです。僕自身、そう強く願っているし、だからこそチームが苦しい場面で、もっと結果を出していきたい」
悲願のCS進出に向けた山﨑康晃の熱い想い

今シーズンは相手に研究されていることに加え、その日のコンディションによってストレートの球威と制球にバラつきがあったり、あるいはツーシームの落ちが甘かったりと、不安定な面が目に付いていたが、それでも悪いなりにバッターのタイミングや呼吸を読むなど駆け引きをして抑えるといった老練さが身に付いてきた。
とはいえ、こと8月に限っては、11日に復活をし巨人戦でセーブを挙げるも、翌日12日の広島戦では9回同点の場面でホームランを被弾し負け投手になってしまう。そう簡単には“苦しい時間”からは逃れられない。
だが、かたくなに厚い信頼を寄せているのが指揮官であるラミレス監督だ。1勝、1敗の重みが増していく後半戦にあって救援失敗が続いていても、「うちのクローザーは山﨑だ」と明言し、決してブレることはない。
「シーズン前からクローザーだと言われスタートしているので、しっかりと期待に応えたいですし、どんな状況だろうが常に準備はしています。ラミレス監督とは話す機会も多く、意志の疎通はしっかりととれています。とにかく、選手が意見を言える環境を作ってくれているし、結果を出さなければって……」
8月20日の中日戦、山﨑は12日以来となるマウンドへ上がった。2‐1でリードの9回裏、一死1、2塁という緊迫の場面、山﨑は堂上直倫に対し、外角のツーシームでセカンドゴロに切ると代打の工藤隆人を迎える。
抑えるか、打たれるか――山﨑に対戦するのが楽しみなバッターについて尋ねると、個人名を挙げることなく「代打ですね」と答えた。
「代打の選手は打つ気持ちが伝わってくるので楽しいし、考えることは多いですね。単に力と力の勝負になるとバッターが勝るので、僕は昨年の経験からどんな手札を切ればいいのかを考える。そこで頭をひねるというのが、僕にとっては面白いことなのかなと」
まさにクローザー向きの強心臓。山﨑は工藤に対し、2球連続でツーシームを投げ、センターフライに仕留めると、勝利の雄叫びをあげた。

残り試合も30試合を切った。当然、DeNAがクライマックスシリーズ圏内に残るには良好なコンディションを保った山﨑の存在が不可欠だ。
「とにかくいまの状況より良くなっていくことを追い求め、勝利を引き寄せる力があることを信じて投げていきたい。いろいろ失敗もしてきましたが、成長するチャンスだったし、この経験が生かせるようにしたいですね」
絶対はないし、失敗だってするのが人間だ。苦しみのなか、立ち止り自分自身を見つめることの多い2年目。山﨑康晃は、持ち前の前向きな気持ちで今日も進化を続けている。
(著者プロフィール)
石塚隆
1972年、神奈川県出身。スポーツを中心に幅広い分野で活動するフリーランスライター。『週刊プレイボーイ』『Spoltiva』『Number』『ベースボールサミット』などに寄稿している。