文/田澤健一郎
質の高いボールに加えて 大崩れがほとんどない安定感
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ある甲子園出場校の監督が、かつてこんなことを言っていた。
「高校生なんて、朝起きて顔を洗うまでその日の調子なんてわからないよ」
アマチュアとプロフェッショナルの違いはなにかと言われれば、そのひとつはアベレージ、つまり安定感だ。いつ、どのような条件でも一定の結果を出せること。「無事之名馬」という言葉は、今年のキャンプでイチロー(マーリンズ)の負傷がどんなに珍しいことかと報じられたことからも明らかだ。
その点で高校生は、冒頭の監督の言葉からもわかるように、各種トレーニングが発達した現代において、フィジカルや技術以上に、メンタルの部分でプロになるには時間がかかるのであろう。
前置きが長くなったが、ヤクルトの高卒ドラフト1位サウスポー・寺島成輝は、高校生らしからぬ安定感が際だった投手であった。
身長183cm、体重90キロの堂々たる体格、滑らかかつしっかりとしたフォームから放たれる140キロ台の速球に、小さく鋭く曲がるスライダー、チェンジアップにカーブ。それをペース配分も考えながら淡々と投げ込んでくる。大型左腕にありがちな制球難もなく、ニクいほどコーナーに決めてくる。「制球のいい左腕はそれだけで貴重」とも言われるが、これらの能力だけでも十分、ドラフト上位クラスだ。
そのうえでの抜群の安定感なのだ。高校最後の1年で、大崩れした試合は2年秋の大阪府大会3回戦くらい。センバツの切符こそ逃したが、敗戦した試合は大阪府大会準決勝の大阪桐蔭戦が1対2、3位決定戦の阪南大高戦が0対1と、本人の悔しさこそあれ、そのピッチング自体は責められるものではなかった。
甲子園に出場した2016年夏の大阪府大会は、4試合29イニングを投げて1失点43奪三振。初戦となった1回戦の関大一高を球場で観戦したが、1回裏に味方打線が7点を挙げ楽勝ムードになっても気を緩めず、1回表と変わらない姿、テンポで投げていたのが印象的であった。そして、その立ち振る舞いは後の夏の甲子園の1回戦、高川学園戦でも序盤屈指の好カードと言われた2回戦の横浜戦でも変わらなかった。力の差がある相手でも侮らず、強敵相手でも力みを見せない。言い方は悪いが、見方によっては「可愛げのない」マウンドさばき。監督にしてみれば、これほど心強いエースはいないであろう。
ただ、甲子園では、ついにアクセルを全開にしたボールや、最大ポテンシャルを感じさせるようなボールを見ることはできなかったようにも思える。5回出るつもりだった甲子園に手が届かず、ラストチャンスをつかむために自身の投手としての欲よりもなによりもチームの勝利を優先させたかのような夏。もちろん、一つひとつのボールはドラフト上位、高校屈指の投手にふさわしい質の良さなのだが、次なる相手はプロ。もう一段階、圧倒的な力をもつ球種、武器がほしい。それは秘めているだけなのか、それともこれから身につけるべきなのか。
ドラフト後のある座談会では、野球を専門にするライターたちの見解も少し分かれた。「1年目から十分に通用すると」いう意見もあれば「早くて夏場過ぎ、なんなら2年目からのデビューでもいいのではないか」という意見も。昨夏、寺島が全貌を見せなかったように感じたからこその意見の分かれのようにも思えた。
ケガはプロで飛ばしすぎたゆえ? 潜在能力のすべてを見せる日はくるか
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個人的には寺島は、「1イニング全力で投げろ」と言われれば、あっさり夏のマックスを超えるようなボールを投げられる潜在能力はあるように感じている。甲子園後のU-18の試合、打席で厳しいボールを投じられた際に見せた、勝ち気な表情。あれは甲子園ではあまり見られなかった寺島の姿であった。「あの顔をもしマウンドで見せたなら、寺島はどんなボールを投げるのだろうか」と感じた瞬間だった。
プロでも甲子園で見せた投球スタイルで挑み、一度、痛い目にあう。良い意味での出し惜しみをやめ、トレーニングをしながら甲子園時以上のボールを織り交ぜるスタイルを学習して再び一軍へ。そんな道筋が見えた気がしたのだ。聞いた話によると、寺島はまだ体に固さが残る部分もあるという。そういった点も改善されれば、ボールはさらなる進化を遂げるに違いない。
などと、思っていたところに、一軍キャンプで汗を流していた寺島が、左内転筋の筋膜炎で開幕一軍絶望。二軍でリハビリ、調整するというニュースが入ってきた。本人としては残念な結果だろうし、ケガ自体は心配である。
ただし一方で、「あの寺島も、プロ1年目という環境のなかで飛ばしすぎてしまったのかな」とも感じて、不謹慎ながら、少しだけ「おっ」という気持ちにもなった。プロの力を肌で感じた寺島が「自分の力をもっと引き出さなければ」とアクセルを全開にしようとした結果ではないかと。ついに全貌を現そうとした結果ではないかと。だからこそケガをしっかり治し、必要な力を身につけて神宮球場のマウンドに登ってほしい。「結果的にじっくりと力を蓄えられてよかった」と、このケガを振り返られるように。そうなったときの寺島のボールは、もう一段、レベルアップしているにはずだ。
それが超高校級であったメンタル、安定感と合わされば、ヤクルト投手陣が当分、先発左腕の心配をしなくてもよくなる可能性は、十分にある。
(プロフィール)
長谷川一秀
1975年生まれ。大学卒業後、出版社勤務を経て編集・ライターに。高校時代は控え捕手兼スコアラー。野球を中心としたスポーツの書籍・ムック・広告等の制作に携わる。