大迫のコメントから読み解くマラソンへの姿勢

15年7月に5000mで13分08秒40の日本記録を樹立した大迫は、16年の日本選手権で5000m・1万mの2冠を達成。〝日本長距離界のエース〟と呼ばれる存在になった。マラソン挑戦後は、レースを走る度にタイムを短縮している。

初マラソンとなった17年4月のボストンは2時間10分28秒、同12月の福岡国際は日本歴代5位(当時)となる2時間7分19秒。昨年10月のシカゴでは、日本人で初めて2時間6分台の壁を越えて、2時間5分50秒を叩き出した。3レースはいずれも3位でフィニッシュしている。

初戦のボストンは、「トップ集団のなかでマラソンを経験したかったんです。高速レースにつくのは難しいので、速すぎないレースを探していました」と明かす。そして、「僕のなかでは、まだ2時間10分までしかイメージできていません。自分の走ったところまでだけです」と次のレースに向けては慎重な姿勢だった。

2戦目に福岡国際を選んだのは、「東京もいいかなと思っていたんですけど、今の僕にはペースが速すぎる。優勝争いをしたかったので」という理由だった。29kmで先頭集団に残った日本人ランナーはひとりだけ。大迫はペースメーカーがいなくなった30kmからの5kmを14分55秒とスピードアップして、当時の現役日本人最高記録をものにした。

3戦目のシカゴもレース展開を考えての選択だった。3週間前のベルリンマラソンには、中村匠吾(富士通)、佐藤悠基(日清食品グループ)ら有力選手が出場したものの、日本勢は先頭集団についていくことができない。超ハイペースで進んだレースは、エリウド・キプチョゲ(ケニア)が2時間1分39秒という驚異的な世界記録を打ち立てている。「ベルリンはちょっとペースが速すぎるので、身の丈にあったレースを選ぶことが大切だと思っています」と大迫のチョイスは絶妙だった。

シカゴの30km通過は1時間29分43秒。福岡より25秒速かったが、大迫は30kmからの5kmを14分31秒まで引き上げて、次の5kmも14分42秒でカバーする。5000m・1万mで五輪2大会連続の2冠に輝いたモハメド・ファラー(英国)のスピードには対応できなかったものの、欧州新となる2時間5分11でトップを飾ったファラーから遅れること39秒。大迫は日本新でゴールに飛び込んだ。
「もちろん日本記録や1億円はうれしいですよ。でも大事なのは勝負に絡むこと。その距離が前回よりちょっと伸びたのは次につながると思います」

これまで大迫を取材してきて感じているのは、彼は〝自然体〟でマラソンに出場していることだ。「タイム」は気象条件、レース展開など、自分では制御できない要素で大きく変わってくる。それよりも、「勝負」に徹することで、余計な感情を排除して、結果を残してきた。
「僕は出場する大会でしっかりと優勝争いができる選手になりたいんです。オリンピックや世界選手権、それからワールドメジャーズで結果を残そうと思ったら、そういう力をつけていかないといけません。タイムは後からついてくると思っています」

キャリア4戦目となるレースの舞台は東京だ。昨年7月のイベント時には、シカゴの次は東京に出場したい意向を示しており、今回は〝プラン通り〟の参戦ということになる。
「MGC(マラソングラウンドチャンピオンシップ)や東京五輪を意識してということは特にありません。僕が走りたいというのが一番の理由です。東京は僕の出身地ですし、特別な場所。そこを走ることで、モチベーションをキープできますし、東京で活躍できたらいいなという思いがすごくあります」

日本記録超えが出場理由ではない

大迫が東京を選んだ理由については、本人が話さない部分もあると思うので、もう少し考察してみたい。

まずは「ペース設定」が大きかった。正式なペースメイクは前日のテクニカルミーティングで決まるが、大会主催者側は日本人エースの〝快走〟を引き出すことを考えているようで、第1集団は1km2分57~58秒ペース(2時間4分30秒~2時間5分10秒相当)で進ませたいイメージを持っている。大迫もこれくらいのペースならついていけるという判断だ。

シカゴはペースがさほど安定しなかっただけに、大迫の状態次第では再びの「日本記録」も期待できるだろう。ただ、前述した通り、大迫はタイムを目標に走るようなことはしない。あくまでも、「勝負」を優先して、レースを進めるはずだ。なお第2集団は1km3分00秒ペースを想定しており、日本記録の更新を目指すとなると、やや遅い流れになる。

5000mと1万mの世界記録保持者で、世界歴代3位の2時間3分3秒を持つケネニサ・ベケレ(エチオピア)と2時間4分04秒のタイムを持つマリウス・キプセレム(ケニア)は欠場を表明している。目玉選手の不在は寂しいが、唯一の大会マルチ優勝者(14年、18年)であるディクソン・チュンバ(ケニア)ら2時間4分台が4名、同5分台も2名が出場予定。世界の強豪たちと競り合い、上位でフィニッシュできれば、当然タイムはついてくる。

プロランナーとして、当たり前のことだが、「出場条件」も参加を決めた理由だろう。数百万円といわれる出場料だけでなく、東京マラソンは順位による賞金やボーナスも用意されている。優勝が1100万円、2位が400万円、3位が200万円という具合で10位(10万円)まで支払われる。タイムボーナスは世界記録で3000万円、日本記録で500万円だ。加えて、実業団連合が主催する「Project EXCEED」から日本記録で1億円の褒賞金がでる。さらにテレビ出演、契約している企業のイベントなども〝収入〟として計算しているはずだ。また東京マラソンはMGCおよび、東京五輪と5割ほどは同じルートを進む。コース〝下見〟を兼ねている部分もあるだろう。

ただ大迫は予定していたハーフマラソンを欠場しており、シカゴほどの状態ではないかもしれない。しかし、大迫の目標はシンプルに、「自分の力を100%出す」こと。どんな状況でも、プロランナーとしてのパフォーマンスを発揮するはずだ。

「今までもそうなんですけど、ちゃんと自分のレースをすること。周りに惑わされない自分のレースをするのがマラソンでは大切かなと思います」

そう話す大迫は初登場となる東京マラソンでどんな走りを見せるのか。3月3日のゴールシーンが楽しみでならない。

(C)共同通信

酒井政人

元箱根駅伝ランナーのスポーツライター。国内外の陸上競技・ランニングを幅広く執筆中。著書に『箱根駅伝ノート』『新・箱根駅伝 5区短縮で変わる勢力図』『東京五輪マラソンで日本がメダルを取るために必要なこと』など。