153センチと小柄な女子ボクサー 身長は「伸びないんだから、悩む必要はない」
――攻撃の豪快さに定評のある並木選手ですが、そのギャップと言うべきか、とても小柄ですよね。
「私は幼稚園時代からずっと、クラスで1番か2番目に小さかったんですね。みんな中学で一気に身長が伸びたとかあるじゃないですか。私には一度もなかったので……多分これからです(笑)」
――身長はコンプレックスと感じていないのでしょうか?
「できれば、モデル体型に生まれたかったかな(笑)。ボクシングをやる前の空手でもキックボクシングでも、背が高くて手足が長い選手が“恵まれた体格”って言われていたんです。自分の攻撃が届かない距離で、相手は攻撃を当ててくる。たしかに最初の頃は、対戦していて厄介だなって思いました。でも、そんな状況も慣れたら普通になるんです。今は、自分と同じくらいの選手と拳を交えたほうが、調子が狂います。背に対する結論は、“伸びないんだから、悩む必要はない”ということです」
――悩みすぎない。そんな精神力も並木選手の武器に感じます。
「図太いってことですか(笑)。たしかに、殴られること自体に恐怖を感じたことはないですね。強い相手と戦っているときに、負けることへの怖さを感じることはあります。でも、怖いほど私は前に出ています。中途半端に下がるのが一番危険なので、それで良いと思っています」
――これまで空手、キックボクシングを経て、そしてボクシングに移りましたね。
「ボクシングをやる前に、何もやっていない1年間があるんです。中学時代に、普通の女の子になりたくなったので(笑)。でも、しばらくしたら闘争心が抑えられなくなって、地元のボクシングジムに通い始めました。空手とキックボクシングはつながっていますけど、ボクシングはゼロからのスタートだったと思っています」
幼少の頃に始めた空手やキックボクシング “あと一歩足りなかった執念”
――それ以前の格闘技キャリアはボクシングに生かされていないのですか?
「空手時代の成績は教訓になっていますね。私は大きな大会でも小さな大会でも、2位か3位でした。“あと一歩足りない執念”を、ボクシングでは必ず持とうと思っていました。高校時代に5度出場した全国大会で、すべて優勝できています」
――空手とキックボクシングの仲間には、格闘技界屈指のスター選手となった那須川天心選手がいたんですよね?
「幼稚園の年長のとき、私が初めて出た大会の決勝で試合をしました。関東支部大会だったかな。試合内容は全然覚えていないんですけど、天心が勝ちました。天心は昔から仲間のなかで一番優秀で、いつも一つ上の次元を見せてくれました。それは、今でも変わらないですね」
――高校卒業後に自衛隊体育学校に入ることを選びましたよね。
「まず、オリンピックを目指すうえで、すでにオリンピックに出場した先輩がいる環境は励みになります。それに、体育学校ではバックアップ体制が抜群ですから。身体能力を科学的に管理するため、フィジカルとメンタルで別々の専門家がいます。頭と体をうまく使うための神経系トレーニングや、体のケアもしてもらえます。それに、選手引退後も国家公務員としての仕事が保障されます」
――現在、重点を置いている強化メニューは何ですか?
「ランニングです。オリンピックのボクシングは3分3ラウンド。その間に1分間のインターバル(休憩時間)が2回あります。この制限時間をうまく使うために、どんな距離をどのくらいの速さで走るのかを細かく指示されて、私はそれを守り続けています」
世界では金メダル3個だが日本では常に3位 “並木マニュアル”に対する攻略の糸口とは?
――国際大会にはこれまでに4回出場しています。そのうち3回で金メダルを取っていますね。日本の女子選手では、史上まれにみる勝率です。
「互いをよく知らない外国人選手のほうが、私は戦いやすいですね。国内の大会みたいに何度も手合わせをして知識が増えると、対策の練り合いになりますから。その練り合いで、私が弱い現状も無視するつもりはないですが……」
――並木選手はエリート(19歳以上の成年)になってから、まだ一度も全国大会で優勝できていませんね。
「世界で勝てて、日本で勝てない。国内では、これまでのすべてで3位でした。私に勝つためのマニュアルは、ほぼ確立されています。私が懐に潜り込んできたら、相手は“この状況では何もしません”って、レフェリーにアピールして離してもらうのを待つ。また、私の不得意な遠い距離から再開される。この点で外国人選手は、接近してからも手を出してくるんですよ。だから、こっちも動くことができます」
――“並木マニュアル”に対する攻略の糸口はありますか?
「最近試したのは、相手が動かないから私も当てるのをあきらめるのではなく、当てようと抵抗してみることでした。世界選手権の選考会では、その気迫が評価されたので、少し功を奏したのかなと思っています」
世界最高峰の“頂き”まで登りきりたい 小さな女子選手が懸ける東京五輪への大きな思い
――国際大会で唯一の黒星は、前回の世界選手権の準決勝でしたね。
「銅メダルでしたけど、悔しかったですね。思い返してみると、相手の懐に入る方法で無策だったかなって……。今は、入る前にフェイントをかけるとか、入るタイミング、プロセスを強化しています」
――世界選手権の出場目前で、東京オリンピックまで1年を切りました。最後にオリンピックへの思いを聞かせてください。
「格闘技が好きだからボクシングをやっていたら、その世界最高峰にオリンピックが現れました。意図的に目指そうと思っていた舞台ではなかったので、余計に遠い存在でした。けど、今は“この頂きを登りきろう!”っていうはっきりとした目標になっています」
(プロフィール)
並木月海(なみき・つきみ)
1998年生まれ、千葉県出身。空手、キックボクシング、ボクシングの順に格闘技キャリアを積んだ。花咲徳栄高校時代には、全日本女子ボクシング選手権選手権のジュニア(高校生)の部などに5度出場し、すべてを制覇して27戦27勝(15KO)無敗の成績を残した。2018年の世界選手権で51キロ級の銅メダルを獲得し、それ以外に3度出場した国際大会ではすべて金メダルを獲得している。