森喜朗が東京オリンピック・パラリンピック組織委員会会長の座から退き、橋本聖子元大臣が就任した。 今回の一連の騒動はコロナ禍で世界中の人がストレスを受ける中、そのストレスの捌け口としてメディアリンチにより掃いて捨てられたと言ってもいいだろう。新型コロナの問題とジェンダーの問題を意図的に混同させ、オリンピック中止に追い込みたい勢力が1本とった形だ。現に、組織委員会が入居しているビルの前では、森会長辞任せよ以外に、オリンピックを中止せよと書いた看板をもって抗議している活動家もいた。

サービス精神旺盛な”森節“

 女性蔑視と受け取られかねない発言について、すでに様々なところで議論が終わっているのでここでは議論しない。しかし疑問が残る。あえて言う必要もない組織委員会の女性理事の優秀さを語るために、他者の女性蔑視ととれる言葉の引用や、ラグビー協会でのもの知らぬ女性理事が疑問をぶつけるために会議時間が延びるといった問題をあえて引き合いに出した森氏は何が言いたかったのだろうか。森氏の過去の発言から今回の発言の意図を汲み取ると、女性の割合を決めて理事にするのはナンセンス。能力で決めるべき。その点組織委員会は優秀な女性ばかりで非常に素晴らしい、との趣旨だろう。当初はこの会合で森氏が挨拶をする予定はなく、急遽決まったため挨拶の尺を埋めるためのリップサービスだったのだろう。問題の1つになっていた「わきまえる」という言葉も、そもそも物事の道理をよく知っている、心得ているという意味なのだから、理事という立場だけではなく、社会人としても非常に重要な要素ということを言ったに過ぎない。

 オンラインでメディアにも開放していたこの発言が行われた会合の中で、関係者はいつものサービス精神旺盛な“森節”が始まったと笑っている人もいた。しかし、それも厳密には女性蔑視ととれる発言の部分ではなく、女性理事の人数を言い間違えた時で、あの大手新聞の指摘は当てはまらない。

 この”森節“は、国会議員時代から物議をかもし、常にメディアの餌食になっていた。以前に話題になった「日本は天皇を中心とした神の国」についても神道政治連盟の会合で発言した内容の切り取りであったり、首相動静の「うそを言っていい」発言も「起床、就寝時間はうそを言っていい」という発言の切り取り。とにかく数多く印象操作があり首相の座を追われている。

配慮の人

 なぜ森氏は発言を切り取られて叩かれるのをわかりながらきわどい発言をするのか。筆者は森氏のパーティーでの挨拶や講演など何度も立ち会っているが、必ずその場に合った内容で、話を盛り上げ笑いをとっている。そしてその場に立ち会っている人々を話術で自分のファンにさせる他人には真似できない”政治家“なのだ。

 一方で、勉強や理解の足りない記者に対してやあえて問題提起したい時に、意図をもって、高圧的に接することもある。かくゆう私も、以前ある件で係争中の案件だとわかっていながら、あえて単独取材を申し込んだことがあった。申し込んだ翌日の早朝なんと本人から「森ですが」と直接電話を頂き、状況を理解しているのかとしっかりと怒られ、恐怖も感じた。しかし最終的には他の話になりとても良い印象で電話を切った。さすが政治家。人たらしである。周りからは懐柔され情けないと言われることがあったが、今では少なくなった、「了承するときは秘書から、断るときは本人から」と、昔の政治家らしい姿勢で人としての魅力は素晴らしい。

ラグビーワールドカップ成功の立役者

 このような人柄だからこそ、特定の国家だけで開催されてきたラグビーW杯(以下、W杯)を、日本に招致できたのだろう。

 ここでW杯を振り返ろう。以前にこのVICTORYでも書いたが、森氏は日本ラグビー協会元会長でW杯を日本に招致した立役者だ。誘致から開催までの間、“新国立競技場建設での追加予算を含め赤字を垂れ流すだけ”、“ルールが難しいラグビーで集客できない”などと散々叩かれた。しかし森氏は「新国立のこけら落としにラグビーワールドカップを外したことを後悔するだろう」「ラグビーワールドカップ開催に文句を言ってる人達の99・9%は見たことない素人。チケットが余ることなんかない」などと発言してさらに叩かれていたが、結果をみればすべて森氏が正しかった。

 そもそもW杯を日本で開催すること自体が画期的なことだった。ラグビーは北半球のイングランドやフランス、南半球のニュージーランドやオーストラリアなど一部の伝統国・地域が強さを誇り、W杯も1987年の第1回大会以降、当該エリアで実施されてきた。誘致に一度失敗しながらそれでもあきらめず、再度招致のために世界各国にアジアで開催する意義を伝えながら働き掛け、2009年7月、世界三大スポーツの一つに数えられるビッグイベントの10年後の日本開催を見事に勝ち取ったものだった。

 アジア初開催となったW杯は、予想を上回るほど多大な注目を集めた。日本がロシアに勝利した開幕戦では、東京・味の素スタジアムに4万5千人以上が来場。南アフリカがイングランドを破った決勝では、横浜・日産スタジアムに7万103人の大観衆が集まった。同会場で2002年に行われたサッカーのW杯日韓大会決勝は6万9029人で、それを上回った。もし新国立競技場というシンボリックな建物で開幕戦や決勝を実施していたら、エポックメーキングな一場面として、今とは違う彩りも添えられて後世に語り継がれることになったかもしれない。大会のチケット販売率は99・3%の驚異的な数字に上った。各地の名産品なども楽しめる全国16カ所の「ファンゾーン」の入場者数は、トータルで約114万とW杯史上最多を更新。

 2019年W杯を振り返ったとき、新たなムーブメントを巻き起こした功労者として高く評価されるのは、森氏であろう。

自分を棚に上げるマスコミ

 森氏の後任選びについても迷走していた。川淵三郎氏については、女性ではない、男性で高齢だからよくないといった発言もあらゆるところで出ていた。これこそ森氏の発言が責められるのであれば同じく責められるべき発言だろう。メディアが煽ってまるで人気投票のような形になるのは、無能なトップや傀儡政権を生む可能性が高い。また透明性を求め、密室で決定するのは良くないというが、トップを決めるのに密室で決まらないことがあるのであろうか。私企業でも公的機関、スポーツ団体のありとあらゆる組織で、オープンな投票であっても、その前に誰が良いか特定のグループで話し合ったり、出馬に関して根回しをするだろう。

 極端に女性役員が少なく、密室でトップを決定し続けている大手メディアの記者はどのような思いでこの件を取材していたのだろうか。ちなみに、メディア業界団体の女性役員数は、日本民間放送連盟は45人中0人、日本新聞協会は53人中0人。個別だとフジテレビ、日本テレビ、毎日新聞、共同通信、時事通信などは女性役員0人だ。

開催に向けて

 橋本聖子組織委員会会長はこれから前途多難な難しい舵取りが求められている。努力ではどうにもならない新型コロナ問題、IOCの絶大な権限などのほかに、これほどまでに開催反対派が増えている現状をどうしていくか。

 日本国内だけではなく世界に顔が利く森氏を相談役に付け、メディアや世論の非難が森氏に向かっている間にやりにくいことをすべてやり、素晴らしい東京オリンピック・パラリンピックを開催してほしい。メディアに煽られがちな日本国民はオリンピック・パラリンピックが始まれば熱狂し、終わってみたらやってよかったとなるだろう。W杯ラグビーと同じように。

 あえて言う。森氏の考え方を時代遅れだ、古い、今では通用しないと斬るのではなく、そのような考え方の人もいると受け入れることが、今の世の中には必要だ。配慮と気配りでラグビーW杯を成功させ、東京2020もここまでまとめ上げることができたのだから。

 メディアに煽られず冷静に考え、様々な考え方を受け入れる土壌を作ることがレガシーとなるだろう。


VictorySportsNews編集部