多方面でサポート
組織委が大手メディアと手を結んだのは、会長を森喜朗氏が務めていた頃だ。まず2016年1月、朝日新聞、毎日新聞、読売新聞東京本社、日本経済新聞がそろって「オフィシャルパートナー」として契約したことが発表された。これ自体が異例の形態だった。五輪のスポンサーは原則的に「1業種1社」。それが今回は、国内の機運を盛り上げる意味合いもあり、特例として全国紙4社が名を連ねた。
そのときの紙面では、各社が1面で華々しく告知。新型コロナ禍などない時期ではあるが、五輪は血税にも関わる一大事業だけに、メディアには適切に運営されるかを見張る役割を期待される。それなのに運営側を多方面でサポートする立場は奇異な構図に映る。組織委やIOCなどに不備があった場合、十分に踏み込んだ報道がなされないのではないかとの疑念が読者の側にあっても当然といえる。
続いて2018年1月、今度は産経新聞と北海道新聞が「オフィシャルサポーター」になった。国内協賛企業の位置づけは最高位の「ゴールドパートナー」、それに次ぐ「オフィシャルパートナー」、その下が「オフィシャルサポーター」の順。これまた「1業種1社」の原則を外れ、IOCの承認を得て特別に決めた。北海道新聞は五輪のマラソンなどが実施される札幌市に本社を置く道内随一の言論機関。押さえるべき新聞社は着実に押さえ、森氏は契約した際に「大変心強く思っています。ともに歩んでいけるものと期待しております」と歓迎のコメントを出した。
一貫性のなさ
コロナ感染が全国的に広がったさなか、社説で五輪中止に言及したのは長野市に本社のある信濃毎日新聞や福岡市に本社を置く西日本新聞といった東京以外の新聞社だった。同じ地方紙でも対照的に、北海道新聞では大会前から五輪用のページで大きく紙面展開している。
札幌市では感染拡大の局面にあった5月5日、マラソンの五輪テスト大会が開催された。鈴木直道知事はイベント終了を見計らったように、同じ5日に同市を対象にまん延防止等重点措置の適用を政府に要請した。その後も感染者は増加し続け、北海道として過去最多を更新するなど苦しんだ。マラソンの他にも競歩、サッカーの競技会場になっている札幌市。医療関係者や市民団体などが相次いで北海道での五輪開催の中止を求めるアクションを起こし、会見で「国民の命の方がずっと大事」などと切実に訴えかけていた。
全国紙では朝日新聞が5月26日朝刊の社説で「中止の決断を首相に求める」との論陣を張った。スポンサーのメディアから中止論が発出されたことで海外でも話題になったが、結果的に読者の側から見れば中途半端に映り、むしろ一貫性のなさが際立った。社説を掲載した5日後のスポーツ面には早くも、「メダル獲得を目標に掲げる日本」や「五輪代表に内定」といった文言が紙面に躍った。社説で中止を訴えておきながら開催前提の表現。しかも「オフィシャルパートナー」に居座っている。
挙国一致
組織委の橋本聖子会長は5者協議後「感染が抑えられない限り、無観客も覚悟しなければならない」と語ったものの、大会の取りやめについては「中止が提言にはなかった」と、ここでは都合よく専門家の意見を持ち出した。しかも開催時に感染が広がった場合、無観客実施に踏み切る客観的な基準は示されていない。パンデミック(世界的大流行)が続く中、空気感や勢いで突き進もうとする姿勢はよく太平洋戦争時の日本軍に例えられる。ミッドウェー海戦での敗北を転換期として戦局が悪化していったにも関わらず、事実を隠して戦いを続行した。新聞社も大本営の発表を垂れ流すばかり。国民の知る権利に応えられず、二度の原爆投下という悲劇を経て終戦を迎えた。
例えば1945年、日本に降伏を求める連合国のポツダム宣言が伝えられた際、7月28日の紙面では朝日が「多分に宣伝と対日威嚇」と報じ、読売は「笑止、対日降伏条件」と表現。まともに取り扱うには値しないとの論調だった。ちなみに朝日新聞はその数日前、特攻隊を引き合いに出しながら「本土決戦必ず勝つ」「敵近づけば思うつぼ」など戦闘に向けて国民を鼓舞するような記事を掲載。後年の検証では理解しがたい見解でも、国策で一つの方向を向いていた時代には堂々とまかり通っていた。〝挙国一致〟という点では、全国紙がこぞって五輪スポンサーになっている現状は確かに類似している。
今年に入っての世論調査で、五輪開催についての設問でいつの間にか「再延期」の選択肢をなくしたメディアもある。ある関係者は「再延期を入れると、中止の意見を加えて今夏の開催に反対の割合が増えてしまう」と声を潜めた。
お祭り騒ぎへ
感染症の専門家の意見や市井の人々の思い以外にも、著名な日本企業の経営者たちが声を上げた。5月、楽天グループの三木谷浩史会長兼社長が米CNNのテレビインタビューで、今夏の五輪開催を「自殺行為だ」と断じた。ソフトバンクグループの孫正義会長兼社長もツイッターで「変異株が蔓延し、失われる命や、GDP(国内総生産)の下落、国民の我慢を考えるともっと大きな物を失うと思う」とつづった。ワールドワイドな視点を持った両者の考察は、五輪について立ち止まって考える格好のチャンスだったが、メディアでの議論に生かされることはさほどなかった。
東京都は6月中旬、五輪期間中に海外から訪れる選手や関係者のうち、1日当たり7・7人の感染者が確認されるなどの試算を公表した。海外でワクチン接種が進めばさらに減る可能性があるとしているが、裏を返せば、いくら少人数でも五輪がなければ感染せずに済む人に広がる可能性を否定できない。加えて、変異株への世界的な脅威もある。死亡にはつながらないまでも、味覚障害や呼吸がしづらくなるなどの後遺症に悩まされる人たちも少なくない。そんな状況下でも、五輪が始まってしまえば新聞紙面上及びテレビ画面ではいつもの〝お祭り騒ぎ〟が待っているのは想像に難くない。
開会式まであと1カ月となった6月23日。オフィシャルパートナーの4紙を含め、各新聞社は当然のように特集を組み、機運の醸成を図った。森氏は女性蔑視発言の責任を取る形で2月に組織委会長を辞任。受け継いだ橋本会長ら残された面々が「安心安全」な五輪を訴えているが、制限を緩和して盛況な状態になればなるほど、結局は森氏の築いた礎のおかげということにもなりそうだ。